友
軍病院
院長室
「~~~♪」
陽気な鼻歌を歌いながら、院長は卑猥な本を読んでいる
彼の机には様々な資料や色々なジャンルの卑猥な本が散乱している
「最近は巨乳もマンネリ気味だなぁ」
「なんつーか、新ジャンル開拓を……」
「院長!」
「おい!入るときはノックしろ!!」
「いえ、開いてたので……」
「あ、そう?」
「そ、それよりも!!」
「神無総督がお見えです……!!」
「……神無か」
「おい、お前等」
「は、はい?」
「全員、荷物纏めて出て行け」
「はいぃ!?」
驚愕する職員の肩を叩き、院長は彼の端から出て行く
何かを言おうとした職員の顔面に卑猥な本が投げられる
「ぬわっぷ!?」
「次に俺がその席に座るまでに、それ以外のジャンルを開拓しとけ」
「じゃ、ジャンルって…」
「巨乳以外な」
「SMも無しで」
「え、ちょっと!?」
「んじゃーねー」
手をぶらぶらと振り、院長は職員の視界から姿を消す
職員は仕方無いと言わんばかりにため息をつき、卑猥な本を院長の机に放り投げた
蕎麦屋
「美味ぇ」
麦色の蕎麦を美味そうに食む院長
そんな彼を神無は微笑んで見ている
「久しいですね、ここで食事をするのは」
「全くだ」
「況してや、テメェと二人きりとはな」
「クォンも居りゃ同窓会だぜ」
「……彼は」
神無は暗く表情に影を落とす
院長は悪びれる様子もなく、蕎麦を啜っていく
「解ってんだろ」
「何でアイツが裏切ったか」
「…No,6に着いていったからでしょう?」
箸を置き、院長は周囲を見渡す
見渡すのが飽きたように再び箸を手に取り、蕎麦を掴む
「監視カメラはねーぞ」
「……っ」
「お前、俺に隠し事出来ると思ってんじゃねぇよな?」
神無は湯飲みを眺め、茶を飲み始める
室内には院長の蕎麦を啜る音だけが鳴り響く
「やはり、叶いませんね」
「藤登には……」
「……馬鹿が」
「どうして、こんな事になっちまった」
「どうして、ですか」
「どうしてでしょうね?」
神無は苦笑して、湯飲みを置く
院長の鋭い視線を眺め、悲しく微笑む
「理由はなんでしょうか」
「絶望、苦肉、悲哀」
「違う、違います」
「いつしか、何故だか」
「私は道を踏み外した」
「いや、踏み正した」
「正す?」
「そう、正す」
「この道を間違いとは思えない」
「……お前、歪んでんなぁ」
「そうでしょうか?」
「間違いなく」
神無は笑みを零す
口元を手で隠して、ゆっくりと目を閉じる
「藤登、私は間違っていますか?」
「あぁ、間違ってる」
「ですが、私はこの道を行く」
「戻ることはありませんよ」
「……戻ることはない、か」
「どうしてお前はそうなっちまった?」
「悲しい過去も恨む人間もいない」
「お前は普通一般の軍人間として生きてきたはずだ」
「だからこそ、なのでしょう」
「普通一般だからこそ解ってしまった」
「見えてしまった」
神無の頬を伝う涙
驚愕の眼差しで院長は神無を見る
「悲しくはない」
「だけれども、この世界が間違っている事だけは解ります」
「あぁ、そうだろうな」
「だが、その間違いを正すために誰かを殺しても良い事にはならねぇ」
「テメェを慕ってた少女を殺しても良い事にはならねぇ」
「化け物を生み出しても良い事にはならねぇ」
「幾億の人々を犠牲にしても良い事にはならねぇ!!」
院長の叫びを聞き、神無は頬の涙を拭う
箸に手を付けて、麦色の蕎麦を掴む
「藤登」
「きっと、貴方は私を咎めるのでしょうね」
「私は貴方に咎められるのでしょうね」
「解っています、解っているのです」
「ですが、それでも」
突如、彼の言葉を遮るように電話が鳴り響く
箸を置き、頭を下げて神無は電話を取る
「もしもし?」
「……あぁ、はい」
「解りました」
「間違いは?」
「……………そう、ですか」
「ご苦労様です」
神無は何かを言おうとするが、諦めたように目を伏せて唇を閉ざす
「では」
携帯を閉じ、神無は懐へとしまう
それと交互するように銃を取り出して院長へと向ける
「何のつもりだ?」
「軍の、データベースにアクセスしていた人間を全て洗い出しました」
「末端の末端から細部に至るまで」
「全て」
「情報流出の内通者を搾るためか」
「えぇ、そうです」
「そして、結果的に……」
「俺が残った」
「……はい」
「ちっ、やっぱ防壁が甘かったか」
「データ系は専門外だ、ってのに」
「…否定、しないのですか」
「事実だ」
「否定しても、どうせすぐに解るだろ」
茶を啜り、他人事のように離す院長
神無の手が小さく震えるが、やがてその震えも止まる
「貴方は、どうして」
「友の悪行を正すほど、俺は出来た人間じゃない」
「だが、友の滅び行く姿を見捨て置くほど腐った人間でもない」
院長は懐から黒き銃を取り出す
神無へと向けられた銃口は歪むことも震えることもない
ただ、真っ直ぐに向けられている
「きっと、そうなんだろう」
「俺はここでお前を殺すべきだ」
「世界の為を、友の為を思うなら」
「俺はお前を殺すべきなんだろうよ」
「藤登っ……!」
「さぁ、決めようぜ、神無」
「俺が引き金を引くのが早いか」
「お前が引き金を引くのが早いか」
「俺はどっちでも構わねぇ」
「なら、運命を天に任せるとしようじゃねぇか」
「それで良いのですか、貴方は」
「私を殺さなければ、きっと」
「いや、間違いなく貴方の思うとおりの未来になる」
「それでも良いのですか」
「それで貴方は良いのですか」
「さぁな」
「俺は気楽にエロ本が読める世界なら、どこでも良い」
「巨乳と貧乳に囲まれてりゃそれで良い」
「でかいケツと小さいケツに囲まれてりゃそれで良い」
「淫乱と清楚な奴に囲まれてりゃそれで良い」
「年上と年下の女に囲まれてりゃそれで良い」
「それが、俺の人生だからな」
銃は歪むことは無い
ただ真っ直ぐに
親友へと銃口を向ける
「……藤登」
「それが、貴方の答えですか」
「おう、そうだ」
親友達はそれぞれの人生を生きた
何処で道を違ったのか
それは彼等にも解るはずは無い
だが、違ってしまった
二人の道はいつしか違ってしまった
もし、もしも
違えることがなかったのなら
今、二人は仲良く杯を交わしていたのだろう
居ない友を交え
居ない友人を交え
四人で杯を交わしていたのだろう
三人の男と一人の女の笑う姿が神無の脳裏に浮かぶ
自分自身と親友達と部下と
彼等は親友だった
違うことなき親友だった
「なぁ、神無」
「何です?藤登」
「……ばーか」
「貴方こそ」
銃声が鳴り響き、頭を撃ち抜く
血が障子に飛散し紅い絵を作り出す
「……馬鹿は、貴方です」
「銃弾……、入ってないじゃないですか」
神無は微笑み、親友の遺体を抱きかかえる
静かに、力強く彼の遺体を抱きしめる
別れを惜しむように
己の過ちを悔いるように
彼は、銃を置いた
読んでいただきありがとうございました