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秋鋼  作者: MTL2
417/600

脱獄の内通者

ロシア支部


地下5F


監獄街



「……っ?」


「気付いたか」

「再生に丸一日……」

「やはり、傷の多さが再生の早遅に関連する様だな」

「思っていたよりも早い」


目を伏せた牙は石段から腰を浮かせ、立ち上がる

彼の眼前に居る少年の衣服は紅く染まっているが、少年自身に傷はない


「うわっ…、服ベトベト」


「貴様自身の血だ」

「替えの服は用意せんぞ、無駄だからな」


「……俺、何回死んだ?」


「四十と六回だ」

「先刻は一度、躱せたぞ」


「四十回以上死んで、やっと一回かよ……」


「それでも進歩だ」

「単純的に計算するならば、あと三百六十回死ねば良い」


「……冗談だろ」


「何、俺は五十と数を指定した」

「ならば残りは四回だ」


安堵の息をつき、波斗は膝に手を突いて項垂れる

牙は笑い捨てるように槍を構え、波斗も構えるように促す


「俺は五十回と言った」

「だが、一度とは言ってない」


「えっ!?」


波斗の眼前で金属の光沢が輝く

咄嗟に彼は足を崩し、地面へとへばり付く


「よく躱した」


「お、お前!!」


「何、貴様が十回躱せば良いだけのこと」

「簡単だろう」


「[簡単]な事で四十六回も死ぬかよ!!」


否応なしに突き出される槍

波斗はその軌道を見極め、頬を擦らせながらも回避する


「二回目」

「コツを掴めば簡単だろう?」


「頬に擦ったけどな……」


もう、布地すら解らなくなった袖で血を拭う

赤黒い布は、さらに赤く上書きされる


「さて、八回」

「躱せよ」


閃光


人工太陽の光を反射した槍の突きが波斗の拳を擦る

肉を切り裂いた刀身が打ち上げられ、方向を歪曲させる


「むっ……!?」


「弾いちゃ駄目、なんてルールはなかっただろ?」


一筋の汗を流しながらも、波斗は得意げに笑む

血が滴る拳を、片方の掌で圧迫しながら鋭い眼光を牙へと向ける


「後、七回だ」


牙は成長を見守る者の様に優しく微笑み、槍を構える

瞬発的に突き出された槍は空を切る

さらに間髪入れずにもう一撃が繰り出される

切っ先は波斗の腕の半分を切り裂くが、それでも直撃にはならない


「二連撃も躱すか」


「慣れりゃ、こっちのモンだ」

「何発でも躱してやる」


「……良い意気込みだ」

「では、こうしようか」


牙の被毛が変化する

彼の犬歯が鋭利に肉を噛み千切る形へと変貌し

掌が獲物を押さえつける形へと変化する

全身に被毛による縞々の模様が浮かび上がる


「これで避けてみろ」


先と何の変哲も無い構え

波斗は疑問に思いながらも、牙の一挙一動を警戒する


「行くぞ」


突き出される槍の切っ先

速度は変わらず、ただ波斗へと突貫する


「ーーーーっ!?」


容易い

先刻よりも、むしろ速度が下がっているほどだ


避けられる

これならば、簡単だ


「愚か者め」


槍が波斗の顔面側部を通過していく

走馬燈の如く超高速の世界で、彼の顔は槍へと吸い寄せられていく


「何ーーーーーーーッッ!?」


振り抜かれた槍

その切っ先は波斗の半面を抉り取り静止する

半分を失った顔面は力無く項垂れ、血の海へと沈んでいく


「高速回転による物質の引き寄せだ」

「肌先でも擦れれば、そのまま巻き込まれていく」

「傲慢は戦闘では死に直結する」

「覚えておけ」


槍を振り払い、牙は波斗を見下ろす

血の海に沈淀する少年が視界に映る


「……聞ける状態ではないだろうがな」


深くため息をつき、再び牙は石段へと戻っていった




古建のビル


「脱獄とは言え、どうする気だ?」

「外壁は渡れねぇし執行人共も居る」

「楽じゃねぇぞ」


「あぁ、解っている」

「だからこそ、貴様に東西間の闘争を起こすように頼んだ」


「……序でに蒼空のも、ってか」

「随分と合理的だな」


「合理的と言えば聞こえは良いがな」


バムトは机上に新しいグラスを出す

雅堂の前にそれを差し出し、雅堂は不機嫌そうに眉をしかめながらも、それを受け取る


「そもそも、岩壁が囮と言う事を執行人共もロシア支部長も気付かないはずがない」

「最後は強行突破となるだろう」


「……執行人に真正面から、か」


酷く苦悩する表情を浮かべ、雅堂はグラスにビールを注ぐ

バムトは椅子に深く腰を沈め、顎を浅く引く


「蒼空や俺、そしてお前は心配なんだろう」

「そもそも死ねん」


「…あぁ、そうだろうな」

「だが、死ねなくても牢の中に逆戻りという事もあるんじゃねぇのか」


「そうだ」

「だからこそ、内通者が居る」


「内通者…、か」

「どうやって作った?」


「作ってなどいない」

「向こうから協力を申し出てきただけだ」


「……信用できるのか」


「して欲しいんだけど-、的なぁ」


机に両肘を付いて掌を顎に当てる女

嬉しい事があった少女のように足を揺らし、微笑みを雅堂とバムトへと向けている


「誰だ?」


雅堂の掌が塵を纏い、女へと突き付けられる

女は依然として微笑みを崩すことなく足を揺らす


「やめろ、雅堂」

「彼女は協力者だ」


バムトの声に反応し、雅堂の視線が彼へと向く

静かに手を下ろすと同時に女は立ち上がり、雅堂の隣へと腰掛ける


「私は西締 酉兜」

「よろしくー!的なー!!」


元気に挨拶する西締は嫌悪するかのように雅堂は椅子の端へと寄る

それを逃がさないと言わんばかりに西締も端へ寄っていく


「……近いんだが」


「親睦を深める的なぁ?」


「止めろ」


「断る!的な!!」


「……バムト」


「何だ」


「この女を、ど」


「諦めろ」


「……」


言葉を遮られた雅堂は静寂の怒りを露わにする

彼の眼光から逃れるようにバムトは会話を開始する


「再度言うが、彼女が執行人にして協力者の西締だ」

「元暗殺特務部隊隊長らしい」


「再度よろしく的なぁ~」


「……離れろ」


「照れてるぅ~?的なぁ」


雅堂の表情がさらに険しくなる

遂には能力使用でビルを崩壊させそうなまでの殺気を放っているが、バムトは気にせず話を進める


「彼女と共に、執行人のシーサー…」

「いや、貴様には言わなくても解るか?」


「アイツか…」

「隻眼の執行人」


「その[隻眼]は嫌ってるから、言わない方が良いと思う的な」

「怒ったら怖いしー?」


「……チッ」


「ま、私も今、君が仲間って知ったワケだし的な」

「あの時のは無しで!」


「別に掘り返すつもりはねぇよ」

「どっちかが死んだワケでもねぇ」


「それなんだけどー」

「解ってるでしょ?的な」


その一言が雅堂とバムトの眼光を変化させる

重々しく沈んだ二人の目を見て、西締は微笑みを表情から消し去る


「ここから犠牲無しに出るなんて不可能的な」

「君達と蒼空君はともかく、私や…、あの三人」

「そして樹湯とか言う人だって」


「解っている」

「牙、翼、鱗は納得してくれた」


バムトはグラスに注がれた金色の水面を眺める

己でも信じられないほど情けない男の歪んだ顔がそこにはあった


「……どうせ、樹湯の野郎も納得するだろうよ」

「[そういう事]なんだろ?」


表情に影を落とし、雅堂はグラスを強く握る

西締は彼等の顔を見て静かにため息をつき、頷く


「……良い?的な」


「あぁ、構わん」


「同じくだ」


二人の返事は淀みなく、迷い無く

ただ真っ直ぐと唇から吐き出された





読んでいただきありがとうございました

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