改変
軍本部
30F大会議室
「皆様、お待たせしました」
暗室に足を踏み入れる神無
大卓に座す者達の視線が彼の方向へと向く
「議長役が遅刻って、どうなん?」
陽気な声が暗闇の中を突き抜ける
神無は声の主へと微笑みかけ、静かに椅子に腰掛ける
「申し訳ありませんね、一斑君」
「思ったより仕事が多くて」
「アンタの仕事量やったらハンパないんろうなぁ」
「にしても、白月さんと防銛ちゃんは居らんのか?」
「えぇ、彼女らには別の仕事を」
「今は卯琉さんが……」
「居らんけど?」
「あ、あれ?」
「また個別行動を取ってるんでしょうか…」
「アンタ、部下ぐらいしっかり監視せんかいな」
軽快な笑い声をあげて、一斑は周囲を見渡す
彼の目には神妙な趣の面々が映る
「ははは、痛いお言葉だ」
神無は苦笑し、モニターのスイッチを入れる
画面には数多くのデータやグラフが映し出される
皆がそれを見て目を細め、神無へ視線を移す
「では、会議を開始しましょう」
「まずは隻眼の移動地です」
神無の指が彼の手元にある画面上を走る
巨大なグラフが表示され、周囲からは驚嘆の声があがる
「世界各国やん!」
「そうなんです」
「移動時間も数分、と有り得ないレベルですから……」
「……情報撹乱か」
重々しく口を開く女
神無の視線が彼女を捕らえ、静かに頷く
「その通りです」
「昨年の元No,4である織鶴 千刃の追跡時にも情報撹乱を受けました」
「内部に裏切り者が居る事は認知しているのですが…、どうにも炙り出せない」
「情けないのぅ」
「あれやろ、一片全部片付けてもうたら良ぇんや」
「貴方は軍を壊滅させるつもりですか……」
あきれ果てて、神無は深くため息をつく
一斑は「冗談や、冗談」と軽く笑い流している
「さて、それともう一つ」
「隻眼についてです」
その一言に全員が反応し、顔付きを変える
神無も呼応するかのように深重な眼光を光らせる
「昨年の件時、私は隻眼を取り逃がしました」
「前戦から退いた上に身を隠した彼ならば……、と踏んでいたのですが」
「まさか卯琉さんと防銛さんから逃亡するとは思いませんでした」
「今の足取りはどうなっとる?」
「駄目ですね」
「流石は[闇夜に潜む影]と呼ばれただけはある」
「戦闘力自体は然程でも無いんやろ?」
「ほな、見つけたら終いやな」
「流石の余裕ですね」
「No,3?」
「まぁ、これぐらいで無かったらのぅ」
「ほれに俺よりも昕霧さんの方が強いし」
「何でほんなにNo,4に拘るんかが解らん」
一斑は横目で昕霧の顔を確認する
不機嫌そうに舌打ちする彼女を見て、彼は気まずそうに謝罪する
「ほれはほうと、やっぱ当面の問題は隻眼になるんかいな?」
「えぇ、そうですね」
「No,1にも動いて貰いますが、彼だけでは些か難しい」
「No,1かぁ」
「そう言えば、ここ一年でNoも大きぃに変わったなぁ」
「まずNo,1が裏切って、新入りがNo,1に」
「No,2の空席にも新入り」
「双方新入りとは言え、神無総督の推薦着きやから誰も文句は言わんかったしなぁ」
「ほんでNo,3に俺やろ?」
「No,4に昕霧さん」
「んー…、Noの座は三つも減ってしもうたなぁ」
しみじみとした声で、一斑は目を細める
卓上の冷水を手に取り口元へと運ぶ
「ほなけど神無さんよ」
「焦点を隻眼に当てるにしても、やる事は意外と多いんちゃう?」
一斑は器越しに神無を眺める
水に反射して揺れる神無の姿を彼は面白そうに見ている
「隻眼は勿論、No,6の残党狩り」
「No,6が裏切った時に大量に湧いてきた奴等やし、数は多いやろ」
「肝心のNo,6は逃がしたけどな」
「……一斑」
静かに怒りを含んだ声が一斑へと向けられる
昕霧を見て一斑は口を噤むが、再び気まずそうに動かし始める
「ほれと、織鶴さんやらも追跡せなアカン」
「元No,3もそうやしNo,6直属部下もそうや」
「先も言うた残党狩りに祭峰の件も有れば…」
「軍内の裏切りモンの件まで」
「吃驚する程あるなぁ」
「全てを一度に片付けるワケではありません」
「まず最優先事項としては隻眼です」
「時点としては祭峰ですね」
「彼を残しておくのは厄介すぎます」
「りょーっかい」
神無の言葉に返答したのは一斑のみ
No,2と昕霧は依然として閉唇したままである
「本日の会議は以上で終了します」
「お疲れ様でした」
「何や、終わり?」
「いつもより短ぁない?」
「確認だけでしたからね」
「大凡の判断は貴方達に任せますよ」
「解ぁった」
「元老院直属……、って今は違うんか」
「総督直属部隊はどうしとる?」
「各地の残党狩りや隻眼の捜索ですね」
「残党はともかく隻眼は一般兵ではとても太刀打ちできませんから」
「ふぅん」
「ほな、俺も残党狩りに行くかいなぁ」
「えぇ、お願いします」
一斑が離席すると共に、昕霧も席を立つ
No,2の男だけが依然として席上と腕を組んでいる
「行かんのか?No,2」
「……」
男が答える事は無く、一斑はため息をついて退出する
その後ろに着いていくかのように昕霧も退出
部屋にはNo,2と神無だけが残される
「行かないのですか?」
神無は資料を整えながら、男に背を向ける
資料を何度か机に叩いて揃え、ピンで留める
「…解らんな」
男の低重な声が神無の耳に届く
神無は男に背を向けたまま返答する
「解らない?」
「貴様の目的とやらは達成されたはずだ」
「紅眼たる隻眼の上位種を生みだし、命を生成するというな」
男の声はさらに低く、重く
怨恨を喰らうかの如き声へとなっていく
「いえ、まだですよ」
「生成できる命は不完全な上に、憑神自身も異様に体力を消耗してしまう」
「……不完全、か」
「えぇ、そうです」
「貴方に様に……、ね?」
神無は振り返り屈託の無い笑顔を男へと向ける
苦笑するように笑い、男は席から立ち上がる
「俺も残党狩りに向かうとしよう」
「助かります」
男は扉に手をかける
それを引こうとしたとき、再び神無の方へと振り返る
「……俺の前は」
「どんな人間だった」
「無い記憶は詮索しないのでは?」
「……あぁ」
「そうだったな」
扉が開かれ、男は退出していく
神無は彼の後ろ姿を口が裂ける程の笑みで見送っていた
1F受付
「にしても、何やなぁ」
「昕霧さん、元気ないんちゃうかいな」
「……」
「…やっぱり」
「ユグドラシルの事が気になるん?」
昕霧の殺意を孕んだ眼光が一斑を睨み付ける
一斑は彼女の視線を手で遮り顔を遠ざける
「いやいや、ホンマに」
「俺が言うんも何やけど、気にせん方が良ぇと思うで?」
「ユグドラシルは秋鋼との関係性を疑われただけや」
「隻眼を匿っとった秋鋼は軍全体からの標的になったんやし」
「あの時、ユグドラシルの雨雲さん達が行方を眩ませたんは正解やと思うで?」
「ほうでもせんかったら、何されるや解りゃせぇへん」
「現に彩愛さんやって総督秘書になっとるけぇ無事なんや」
「ほうでもなかったら、どうなっとるやら」
一斑は呆れるかのように首を左右に振る
昕霧は彼から視線を外し、前へと向く
「……ユグドラシルは何にも行動は起こしとれへん」
「ほとぼりが冷めたら出てくる思いますけど」
「……随分と気楽そうじゃねーか」
「ん?」
「テメーの師匠が最上級能力犯罪者に認定されてるってのによ」
一斑の表情から気楽さが消え、深海の様な暗さに覆われる
怒りにも似た苛つきを露わにして地面に目を落とす
「あれの処理は俺が付ける」
「軍裏切ったんや……」
「俺の人生ひん曲げた癖に自分だけ逃げおった」
「許さん、絶対に許さん」
「一発殴らな気が済まんわ」
「……そうかよ」
昕霧は歩を進める速度を上げ、本部の門を出る
一斑は慌てたように彼女の後を追いかけて、同じく門を潜る
「いやぁ、ほなけど変わったなぁ」
曾て、乱立していたビルは一直線へと建て直されている
軍本部の門へと通じる一本の道が唯一の出入り口であるゲートへと直結
百華桜乱の華々しさは消え失せ、地下街は無機質な街へと変貌している
「なんか無機質」
「良いんだよ」
「これで、な」
「……ま、気にせんようにしようや」
「ほな、俺は先に」
一斑の周囲に大量の護符が出現し、彼を覆い尽くす
乱散した札が地面に落ちた頃、彼の姿はない
「…歪み」
「いや……、歪みは円を成す、か」
昕霧は壁に覆われた世界を見上げ、誰が聞くでもない言葉を発する
無機質な世界で放たれた言葉を耳にしたのは彼女自身だけだった
読んでいただきありがとうございました