表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秋鋼  作者: MTL2
413/600

鉛弾と人

「なばぁっっ!?」


眼球が飛び出るのではないかと思うほど急激に跳ね上がる樹湯

隣に座っていた鱗が振り返り、彼の頭部を強く打つ


「うるさい」


「…痛い」


「…どうなったんだ」


鱗の視線は樹湯から広場を走周する波斗へと映る

翼に追いかけられて死にものぐるいで走る彼を退屈そうに見つめている


「どう、って…」


「…情報」

「何の為に貴様の体を守っていたと思っている?」


「あ、あぁ、そうか」

「執行人達が岩壁について調査を始めてる」

「壊すか壊さないかで議論されてたな」

「……だけど、遂にバレた」

「いや、もう既にバレてたのかも知れない」


「厄介だな…」

「情報収集は、もう不可能か」


「…いや、可能だ」

「だけれど、大部分に踏み込むのは……、もう」


「構わない」

「警備を強化してくるのならば突破するだけだ」


「お前は戦闘型だから良いかもしれないけど……」

「…って言うか、蒼空は何してるんだ?」


「ランニングだ」


「ランニングの速度じゃないだろ…」

「あ、転けた」


翼は転けた波斗を立ち上がらせ、上にのし掛かる

ぐったりと潰れた波斗の頬を引っ張って、腕立てを開始させる


「追いつかれたら腕立て?」


「そうだ」


「うわぁ……、キツそう」


「やってみるか?」

「少なくとも明日は動けなくなる」


「…遠慮しておくよ」


苦笑する樹湯を見て、鱗は少し目を細める

歯を食いしばるように口元をつり上げて鋭い歯を覗かせる


「楽しそうだな」


「ん?」


不思議そうに鱗を見る樹湯

彼の目には苛ついたような鱗が映る


「まるで、親しい者の子を見るような目だ」


「……何か違うけど間違ってはない、かな」


照れくさそうに樹湯は苦笑し、頬を軽く掻く


「何て言うかさ、弟…、とは違うかな」

「放っておけないんだよね」

「危なっかしいっていうか何て言うか」


「俺には解らん感情だ」

「そんな人間、存在しないからな」


「あの、牙とか翼とかは違うのか?」


「一心同体、と言った所か」

「家族や仲間などと言う次元ではない」


「そこまで行くと他人分みたいな感情は起こらないのか?」


「…起こらん、な」

「痛みも悲しみも、嬉しさも何もかもが同一だ」

「俺達は共にあの方に着いて生きている」


「ふーん…」


感心するように樹湯は深く頷く

怪訝そうに彼の行動を鱗は凝視し、再び問いを投げかける


「貴様には、そういう感情はないのか」

「雅堂という男と共に居たのだろう」


「…ない、な」

「確かに先生には大恩があるけど、それとは話が別だ」


「…解らんな」

「蒼空、貴様、雅堂は会って間もないのか」


「あぁ、そうだよ」

「俺と先生はともかく、蒼空と会ったのは数日前だ」


「それなのに、あの様な感情が湧くのか」


「んー、だな」

「初めて会うけど、初めてじゃないんだ」


「…どういう事だ?」


「昔、さ」

「俺はデルタロスっていう組織に属してた」

「小さな組織なんだけど、それのリーダーである群麻って奴が居たんだ」


遠い過去を見据え、樹湯は静かに目を伏せる

優しく儚い笑顔を浮かべて両手の掌を合わせる


「蒼空とは全く違うんだけど、目的の為には歩く道を選ばない馬鹿だったんだ」


「非道手段、という事か」


「いいや、そうじゃない」

「歩く道は選ばない癖に、手段だけは拘るんだ」

「山道をスキー靴で歩くようなもんさ」


冗談っぽく笑い、彼は視線を広場で翼に潰されている波斗に向ける


「だけど、それでもアイツは歩くのを止めなかった」

「愚直に、ただただ愚直に」

「正義と信念を貫き通す為に」


「…それが、その者の生き様か」


「あぁ、そうだ」

「敢えて言うのなら、お前の言う一心同体の感情もアイツには感じたかも知れないなぁ」


「その者は強いのか」


「あぁ、強いよ」

「少なくとも俺の数倍は」


「是非、手合わせ願いたい物だ」


「……あぁ、無理だ」

「もう死んじまった」


胸を抉られるように、樹湯の表情は酷く悲しさを浮かべる

鱗は口を噤み肩を落とす


「…すまん」


「何、別に気にしてないさ」

「昔の事だ」


「悲しくはないのか」

「仲間だろう」


「悲しい」

「だけど、幾ら泣いても叫んでも……、群麻と来栖は戻ってこないから」

「だったら前を、上を向くしかないじゃないか」

「真の太陽を見るためにもな」


「…解らんな」

「解らん、貴様は解らない」


鱗は銃を愛おしそうに眺めて、回転させる

弾丸が発砲され、太陽に一点の陰を作る


「弾丸は止まらない」

「空へと向かい飛翔し、やがて届くことなく落ちる」

「まるで人の生き様ではないか」

「夢に届かず、落ちるしかないなどと」

「人のようでは無いか」


「それは違う」

「鉛弾と人は違う」


「違う、か」


「あぁ、そうだ」

「俺達は生きてる」

「鉛弾みたいに一定の距離しか飛べないことも、真っ直ぐにしか進めない事もない」

「俺達は自分の意思で進む事が出来る」


「光には、届くのか」


「届いちゃったら熱くないか?」


ぽかんと恍ける樹湯

彼を見て鱗は唇から息を漏らす


「くっ……」

「はっはっはっっはっはは!!」


鱗は腹を抱えて笑う

吃驚と目を丸める樹湯を横に彼の声は大きくなっていく


「……面白いな」

「全く、貴様等は面白い」


樹湯の足下に弾丸が落下

金属音を立てて鱗の腰元へと転がって行く


「鉛弾、か」

「道理で、道理で」


うんうんと頷きを繰り返し鱗は嬉しそうに笑みを零す

突然の出来事に樹湯は硬直し、絶句している


「…蒼空に言った」

「貴様の生きる意味は何だ、と」

「奴は答えた」

「解らない、と」

「全く持って奇っ怪」

「全く持って異質」

「全く持って面白だ」


あふれ出す笑みを抑え、鱗は顔面を掌で覆い隠す

それでも溢れ出る笑みを彼は抑えきれない


「久方ぶりだ!ここまで笑ったのは」

「くくく……!はは!!」


光を飲むかのように大口を開けて、人工の太陽へと向ける

止まらぬ笑いを止めようともせず、ただ彼は笑い続ける


「くっくく…!!」


「そ、そんなに面白かったか?」


「いや…、貴様の洒落自体は然程…」

「だが、良い」

「良いな…!」




広場に聞こえる程の笑い声

翼は気付いたかのように石段を見上げる

彼の目には腹を抱えて笑う鱗が映っていた


「……」


「どうしたんです?翼さん」


自分の下敷きになった少年が不思議そうに見てくる

頭をくしゃくしゃと撫でると、彼は照れくさそうに目を瞑る


「何ですかー、もー」


嬉しそうに笑う彼を見て、翼は小さく呟く


「……止まったから五十回追加」


「えっ」


何かと言って、最も鬼畜なのは翼だと知った波斗であった



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ