武器の利点
「はぁっ!はぁっ!!」
「槍は遠距離でもないし近距離でも無い」
「中距離の武器だ」
波斗は広場を全力疾走で周回している
背後からは無言で翼が追いかけ回し、波斗はそれから全力で逃げながら走ってるのだ
「中距離武器は威力よりも集中力を要する」
「体力は勿論、針穴に糸を通すよりもそれは必要となる」
牙は石段に腰を掛けて本の文字を目で追う
肩に立てかけた槍が光に反射してビルの窓に光場を作り出している
「相手を刺すのは武器としての基本」
「なぎ倒しなども可能だが、相手の武器を破壊や打ち上げなども出来るのが利点だ」
「貴様が槍を使うと言うのならば、それぐらいは覚えておけ」
「はぁっ…!はぁっ…」
波斗の速さが段々と落ち始める
彼は実質、数時間以上走っているのだ
だが、波斗の行為に対して翼は速さを増す
「翼に追いつかれる度に腕立て百回だ」
鱗の声が波斗の耳に届く
「ぬっ…!ぐぉおおおおおおおお!!」
それに反応し、彼は速度を上げる
「そうだ、それで良い」
楽しそうに鱗は笑い波斗の姿を眺める
牙は本から視線を外して鱗に向け、再び本に視線を戻す
(……奴が笑ったのは、何年ぶりか)
静かに微笑んで牙は本を閉じる
光輝く太陽を見て、彼は思いを馳せる
「…武器?」
「そうだ」
「戦闘に置いて、武器は必須だ」
「素手で戦ってる人も……」
「それは相当の武術家だろう」
「それに、能力者は当然だが能力を多用する」
「素手とは言えんな」
「お、俺も能力者だろ!?」
「能力を使って出来るのは地面突起だけだ、と聞いているが」
「う……」
「貴様の能力はそれだけには終わらん」
「物質形状変化の能力に置いて、最大の利点は何だ?」
「…落とし穴」
「貴様の想像力は猿並か?」
「相手の内部破壊は勿論、盾や武器製造も可能だ」
「武器製造って言ったって…」
「やってみろ」
「剣でも槍でも盾でも何でも良い」
波斗は己の指を噛みきろうと口を近づける
しかし、牙はそれを制止する
「能力発動条件は無効だろう」
「……そうだったな」
波斗は地面より刀剣を生成する
刃は不揃いで柄は不格好
オマケに全体が真っ直ぐすぎて棒きれにしか見えないという悲惨な状態である
「…何だ?これは」
「…刀」
「誰が棒を生成しろと言ったよ?」
「刀だってば……」
「…槍」
同じく不格好な棒きれが誕生
しかも、今度は持ち手の部分が円形にねじ曲がっている
「……銃」
何処かのプラモデルか粘土の像景品か
はたまた子供の玩具か
「……」
「……」
「…既存の武器、という選択肢もある」
「何が良い?」
「武器って言っても、子供の頃に玩具使ったぐらいだし…」
「……あ、銃は撃ったことある」
「銃は止めておけ」
「能力に適した物でもないなら、使わない方が良い」
「威力は銃が高いし、遠距離だし」
「銃の方が良いだろ」
牙は呆れ顔でため息をつき、肩を落とす
鱗を呼びつけて耳打ちし、二人は直線上に並ぶ
「……例を見せてやる」
「例?」
牙は槍を、鱗は銃を構える
互いの眼光が空間に静寂を生みだし、無音と成す
「俺達は能力者では無く、獣」
「だがしかし、それ相応の力はあるという事だ」
鋭い爪と黒黄の被毛
鋭利なる牙を有する異形の獣
対応するかのように、全身を鮫鱗で多う化獣
黄褐色の眼球を蠢かせ、背に黒き尾鰭を生む
「もし、獣に人間並みの知能があれば食物連鎖は逆転すると言われている」
「それは何故か?」
「答えは至極簡単」
合図を受けたかのように、鱗は牙へと突進する
その速度は海水を裂く捕食者が如く
牙は槍を鱗へと直線的に向ける
右手肘に左手の甲を添え、右手首を下げる
「獣の能力故に、だ」
人知を越えた瞬発力
鱗を迎撃した槍は一瞬のうちに三カ所を斬り刻む
「斬ーーーーーーーーーーーッッッ!?」
「案ずるな」
しかし、槍の切っ先は宙を舞う
波斗の足下に突き刺さった切っ先は切断面の様に綺麗な断面で折れているのだ
「!?」
波斗の視線は刹那、折れた切っ先へ
再び牙と鱗に戻した時には、既に勝負は付いていた
「能力では遠距離も近距離もない」
「武器は手段」
「決定物ではない」
牙の顎元に突き付けられた黒き銃口
波斗は驚愕のあまりに絶句し、目を見開く
「…凄ぇ」
「槍を追って……」
驚愕の表情で、波斗は心震する
武器による攻防では無く、彼等の能力に
一瞬、一瞬だ
殺し合いではない、模擬戦
然れど、刹那の攻防
凡人の技は見飽きる
名人の技は感心する
達人の技は魅了される
超人の技は絶句する
「防御が高すぎて武器を破壊したのか……?」
「お、俺にはそんなこと出来ねぇぞ!?」
「当然だ」
「今の鱗の戦法は正しいとは言えない」
「だが、それでも見て置いて欲しかっただけだ」
「…どうしろ、ってんだ」
「武器、関係ねぇじゃん」
「本当にそうか?」
「武器は手段だ、と言ったはずだ」
「それは攻撃のための手段だけではない」
「弱点を補う事でもある」
鱗は銃口を牙の顎より外し、腕を降ろす
彼の手から銃がずり落ち地面へと落下する
「…?」
「痺れて動かん」
鱗は化獣の状態を解除する
人の姿へと戻った彼は腕を波斗へと向ける
「見ろ」
「……真っ赤に腫れてる」
「槍で打たれた」
「こんな手で銃を撃てるか」
「打っ……、って」
「いつだよ…」
「二撃目で槍が折れた」
「牙はそれを察知し、三撃目で銃を持つ手を打っただけだ」
「だけ、って…」
「状況への対応だ」
「俺は斬撃への防御力は高いが、打撃には弱い」
「だから打った、それだけだ」
鱗は銃を拾い上げ、懐へと仕舞う
牙も姿を戻して槍を肩へと掛ける
「武器の役割は千差万別」
「今の攻防だけでも三通りの使い方があった」
「解るな?」
「三通り?」
「攻撃だろ、防御に武器破壊か」
「そうだ」
「攻撃は説明は不要だろう」
「無論、防御としては盾や鎧の方が性能としては上だ」
「だが攻撃に転じる事はできない」
「武器破壊は技術があれば、かなり役立つ」
「貴様の甘ったれた論理も貫ける」
牙は冷悪な表情で皮肉に笑う
波斗の視線が鋭く彼を睨み付けるが、牙は手を振ってそれを拒絶する
「見返したければ、極めろ」
「道具も場所も相手もある」
踵を返し、牙は石段の上へと腰掛ける
懐から本を取り出して開け、栞を抜いて読み始める
「お、おい!?」
「手始めに広場を三十週だ」
「やれ」
「はぁ!?」
「別に監獄街一週でも良いぞ」
「確実に距離は短い」
「……じゃ、じゃぁ」
「ただし、途中で薬に溺れた変質者との戦闘付きだ」
「死んでも迎えに行かんから、玩具にされても知らんぞ」
「…三十週か」
「だけ、では詰まらんな」
「翼」
翼は波斗の後ろに立つ
刀剣を構え、走行の態勢を取る
「翼に追いつかれる度に腕立て百回だ」
「頑張れよ」
「は」
「はぁあああああああ!?」
「……始める」
翼の静かな声と共に地獄のトレーニングは開始された
そして現在
地面に伏した波斗の上には刀剣を携えた翼が座っている
欠伸をしている翼に対して、波斗は息を切らし枯れた吐息を漏らす
「…後、八十一回」
「……無理」
地獄のトレーニングは始まったばかりである
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