番犬
「……」
波斗は堂々と古びた建物へと向かう
階段近くに座り込んでいた男達が顔を上げ、波斗に視線を向ける
「……帰れ」
「ここに居る人間に用がある」
「…帰れ」
「帰らない」
波斗の首筋に当てられる白刃
同時に後頭部に銃口が、左胸に槍が突き付けられる
「命を捨てるか」
「帰らない」
「……帰れ、小僧」
「帰らない」
波斗の急所を貫く白刃、弾丸、長刃
男達の衣服に返り血が飛び散り、波斗はその場に崩れ去る
「……処理しておけ」
血にまみれた残骸に背を向け、男達は元の位置へと戻っていく
しかし、手足を引きずるような音に彼等は再び視線を戻す
「…待、て」
「……どういう事だ」
男達は驚愕に目を見開きながらも、再び武器を構え始める
波斗は立ち上がり、自身の傷口を押さえる
「……俺は、西のボスに会いに来たんだ」
「アンタ等と戦いに来たんじゃない!」
「…不死?」
一人の男の言葉に、周囲の男達は急激に反応する
ある者は目を見開き、ある者は絶句する
「貴様…、何者だ…?」
「名は何だ!?」
「…蒼空 波斗」
波斗の眼球に映り込む刃
瞬間、視界が分断される
「え」
縦に割れた世界に闇が入り込み、首のない己の体が見える
獣の如き牙を有した男の刃が刹那、己の体を斬り裂いて眼球へと向かってくる
男達の怒狂の絶叫が耳に入った頃には視界の半分は消え去っていた
酒場
「……あの野郎」
「せ、先生…」
雅堂は不快感を露わにして片足を揺らす
おろおろと忙しなく動く樹湯を睨みつけると、樹湯は蛇に睨まれた蛙が如くぴたりと動きを止める
「……もう、連絡が取れなくなって3日」
「流石にヤバいんじゃぁ…」
「…奴の居るビルに入るまでは見たんだな?」
「え、えぇ…」
「…そうか」
もし、蒼空が奴と接触したなら確実に俺に情報が来る
それがないと言う事は……
「…番犬共にでも殺られたか」
「ば、番犬って……」
「…奴等相手にゃ、蒼空でも勝てん」
「能力を使う前に殺されんだろうがよ」
「最近の犬は投げた輪すら返さねぇのか」
「……どうします?」
「行くしかねぇだろう」
「……ったく、アイツは何処まで俺の計画を引っかき回せば気が済むってんだ」
雅堂はカウンターに手を置いて気怠そうに立ち上がる
出口まで歩を進めて、立ち止まる
「……何してる?」
「はい?」
「お前も来るんだよ、樹湯」
「はへぁぁああああああああああああ!?」
「何だ、うるせぇな」
「お、俺は嫌です!!」
「俺に反抗するとは珍しいな」
「だ、だってアイツですよ!?」
「曾て歴史に名を刻んだと言う……!!」
「良いんだよ、俺の知り合いなんだから」
「最悪でもテメェの命ぐらいは保証してやる」
「え、えぇ……」
乗り気無く樹湯は立ち上がり、マントを手に取る
「五体満足とはいかんがな」
「えっ」
樹湯は思わず後退るが、雅堂は逃がさないとばかりに彼の首襟を掴む
「嫌だぁああああああああああああ!!」
「行くぞ」
古建のビル
「居たか」
不機嫌そうに目を細め、雅堂はビルの入り口へと向かっていく
ビルの入り口には前と同じく三人の男達が居る
「や、やっぱり……」
フードをいつもより深く被った樹湯は怯え、雅堂の影に隠れている
それにも構わず雅堂はビルへと向かう
「……」
一人の男が立ち上がり、雅堂達の行く手を塞ぐ
彼の手には蒼い長槍が握られている
「退け」
「…断る」
「退け、と」
「言っている」
男を圧する殺気
彼の全身から冷や汗が吹き出し、眼球が眼前を目視することを拒絶する
「……」
雅堂の喉元に突き付けられる白刃と銃口
膝を折って地面に着いた男の左右の男達が雅堂に威嚇しているのだ
「何も戦いに来たワケじゃねぇんだ」
「退けや」
「……断る」
「あの人の元には行かせぬ」
膝を突いていた男は立ち上がり、雅堂へと槍の切っ先を向ける
頑として動かない三人を前に、雅堂はため息をつく
「……もう良い」
「なら、蒼空を何処にやった?」
「ッ!!」
三人の男達の眼光に殺意が灯る
獣が如く牙を剥き、全身の毛を逆立たせる
「止めろ、牙、翼、鱗」
小さく、だが確かに聞こえた声
三人は渋々、刃を納めて雅堂達に背を向ける
「……着いてこい」
「あの方がお呼びだ」
牙と呼ばれた男が先頭に
翼と鱗と呼ばれた男は雅堂と樹湯の後部につく
彼等は一列に並び、古くさい階段を上り始める
「番犬共」
「蒼空を何処にやった」
「…さぁな」
翼は不機嫌そうに雅堂の問いに返答する
雅堂は彼を睨むが、再び視線を前へと戻す
「ま、貴様等が奴を見てタダで置くとは思ってなかったが」
「わ、態と行かせたんですかぁ!?」
「当然だろうが」
「コイツ等の反応も楽しみだったしな」
雅堂の眼球に突き付けられる切っ先
牙は前を向きながらも背中越しに雅堂に槍を突き付けている
「黙れ」
「冗談の通じねぇ野郎だ」
「別段、昔の話だろうがよ」
「…だが、俺達の人生は間違いなくあれのせいで狂った」
「決して認許できる事ではない」
「狂う、か」
「金で売られた安い魂にも思考はあるんだな」
雅堂の頭部を貫く弾丸と白刃、そして槍先
樹湯のマントが血で赤く染められる
「先生ぇッッッ!!!」
「うるせぇ、耳元で騒ぐな」
「……だが、やっと確認が済んだ」
槍と白刃が崩れ、塵と化す
雅堂は皮膚から垂れた血を拭い、槍と刀の切っ先を握り潰して灰と成す
「…お前等は、化獣か」
「虎、鷹、鮫だな?」
「……黙ってくれ」
牙は槍から手を離す
階段を棒きれが音を立てて転がり落ちていく
翼と鱗は酷く複雑な表情で腕を下げる
「ど、どういう……」
一人話について行けない樹湯は、混乱している
しんと静まった周囲を見渡して一人慌てている
「貴様にも話しただろう、樹湯」
「創世計画についてな」
「は、はい」
「その時、計画と平行されて行われた実験の犠牲者共なんだよ、コイツ等は」
「処理施設が天之川に破壊されて、処理できなかった分をここに放り込んだワケか」
「随分と合理的だ」
「じゃぁ……」
「…奴は貴様等を見つけ、手元に置いたのか」
「同情するような人間じゃねぇだろう」
牙は歯を噛み締めて、再び階段を上り始める
長い長い階段を上りきったとき、一筋の光が差し込む
「よぉ」
光を背に背負い、闇を作り出す男
雅堂を見て小さく笑い、立ち上がる
「来たか」
男の足下には波斗が転がっており、意識はない
雅堂は安堵したようにため息をつき、男へと語りかける
「連絡ぐらいしやがれ」
「俺が鍛えているわけではない」
「それに、貴様と話すべきだと思ってな」
「……面倒な事しやがって」
「そう言うな」
「昔からそうだ」
「テメェは変わらねぇよ」
雅堂は男の前に進み、椅子に腰掛ける
男も対する様に椅子に腰掛け机の上の酒を注ぐ
「…なぁ」
「バムト・ボルデクス」
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