岩壁を伝って
屋上
「……は、ははっ」
波斗はあまりの驚愕に笑みを零す
己の足下から創造された巨大な岩壁を見上げ、腰を抜かす
「これが……、俺の能力……?」
自分の手から出血はしていない
それはつまり、これほどの能力を無条件で発動させたという事
「凄ぇ…!」
「自惚れてんじゃねぇよ」
「おうわっ!?」
階段から上がってくる雅堂
急に声を掛けられたので、波斗は支えていた手を離して頭を地面に打つ
「ぐぅ……!おっ……!!」
「何してんだ……」
「オラ、酒場に帰るぞ」
「む、向こうに行くじゃなかったのかよ」
雅堂は苦々しく表情をしかめ、眼前に聳える岩壁を見つめる
足下の少年が自分を不思議そうに見ているのに気付き、踵を返す
「酒場に言ってから話す」
「ここじゃ、何処から狙われるか解らない」
「…わ、解った」
酒場
「先生!蒼空!!」
嬉しそうに出迎える樹湯に雅堂は手で合図をする
樹湯はへいへい、と苦笑いしながら酒棚を漁る
「樹湯、酒」
「飲み過ぎだろ……」
呆れている波斗を無視し、雅堂は樹湯から酒を受け取る
グラスに金色のビールが注がれて雅堂の喉に流し込まれていく
「……で、だ」
「本来は俺が東の連中の半分以上を潰すはずだったんだが」
「潰す!?」
「二割は潰したがな」
「そんなこと言ってなかっただろ!?」
「言ってどうなる」
雅堂の冷淡な眼光に波斗は言葉を詰まらせる
波斗の前に水が出され、彼はそれをゆっくりと口元に運ぶ
「……何で、止めたんだよ」
「執行人が出てきたからだ」
「執行人?」
「あぁ、奴等ですか」
「よく無事でしたね」
「野郎共如きに後れを取るか」
不機嫌そうにグラスを傾け、樹湯に酒を注ぐよう催促する
酒がグラスに注がれ、再び雅堂は喉に流し込む
「執行人って何なんだ?」
「…執行人ってのは、ここの治安維持者だ」
「治安維持?」
「この街は無法地帯だろ」
「違う」
「脱獄者をぶっ殺すためのな」
「先みたいに異常な事態の場合は出てくる」
「強いのか?」
「No相当だ」
「…まぁ、奴等には劣るだろうがな」
「……!」
「だが、計画は変わらない」
「東の連中を殲滅し、続行するまではな」
「なぁ、おい」
「何だ」
「その、計画を教えてくれよ」
「俺も知らずに協力するのは面倒だろ?」
「今は知らなくて良い」
「後で知ることになる」
「……そうかよ」
波斗は拳を握りしめ俯く
カウンターに空になったグラスが置かれ、雅堂は席を立ち上がる
「予定変更だ」
「東の殲滅は俺がやる」
「お前は西のボスに会ってこい」
「…西の?」
「奴に鍛えて貰え」
「少しはマシになるだろ」
「奴って…」
雅堂はそれだけ言い残し、酒場から出て行く
残された波斗は訳がわからず、ただ呆然としている
「……あの」
「樹湯さん?」
「何だ?」
「西のボスって…、何処に居ます?」
「西のボス、か」
「案内して貰えませんか」
「い、行くのかぁ!?」
「な、何かマズい事が?」
「い、いやぁ…」
樹湯は気まずそうに波斗から目をそらす
思い悩むように頭を掻いたあと、波斗に視線を戻す
「…危険な人物だ」
「会うのは勧めらんねぇ」
「いや、会いますよ」
「だけどよ……」
「…雅堂は、正直ムカつく奴です」
「俺の頭を酒瓶でブン殴るし、説教垂れるし、酒飲みだし、無茶な注文してくるし」
「だけど強い」
「それだけは解るんです」
「アイツが会えば強くなれるって言うんだ」
「俺は、会います」
「……そこまでして強くなりたいのか?」
「守る物があるのか?」
「はい」
波斗の決意の眼差しが樹湯に向けられる
「…」
眼前の少年は余りに真っ直ぐだ
真っ直ぐすぎるほどに
誰かを守りたいと願っている
曾ての
俺の仲間のように
「……守る物がある、って良いな」
「え?」
「何でもない!」
パンッと手を打ち付け、樹湯はカウンターを乗り越える
波斗の肩に手をかけ、耳元で囁く
「良いか?案内はする」
「だけど、俺は西のボスには会わない」
「な、何でですか…」
「…一応、俺はしがないバーの店主って事になってる」
「だが、先生の情報で俺は西のボスのアジトを知ってるんだ」
「アジトの情報は極秘…、一部の人間しか知らない」
「だから、俺はしがないバーの店主で居続けたい」
「情報収集のためにも、先生の酒のためにもな」
「つまり…、解るな?」
「姿がバレたくない…、って事ですか」
「そういう事だ」
肩から手が離され、樹湯はカウンター裏からフードの付いたマントを取り出す
波斗にそれを投げ、自分も同じ物を着用する
「それを着ろ」
「逆に目立つんじゃ…」
「大丈夫だ」
「こんな場所だぜ?別に珍しくないさ」
「…解りました」
二人はマントに身を包み、フードを被る
樹湯は酒場の扉に鍵をかけて二、三度揺らし閉まっているか確認する
「行こうか」
「…はい」
十字路
波斗の創造した岩壁を伝うように二人は進む
分断された十字路には薬に狂った人間や、奇っ怪な笑い声を上げる人間が渦めいている
「酷いな……」
「こんな物さ」
「先刻、先生に「飲み過ぎだ」って言ってたけど、あれはマシな方だぜ」
「酷い奴なんかは文字通り浴びるほど飲んでる」
「酒は少量じゃ薬、多量じゃ毒なんて言いますけど…」
「まさにその通りですね」
「……少量じゃ薬、ね」
「?」
「中身は違うって事だ」
「ウチのは俺の能力で看守を操ってマトモなのを回してるが……」
「他の所はどうだろうな」
「どういう事です?」
フードで表情こそ見えないが、樹湯の声は苦々しく重くなっていく
彼の足取りが重くなり、やがて岩壁にもたれ掛かるように足を止める
「ここは、上の人間からすれば危険であるほど良い」
「その為なら手を加えるってワケだ」
「…まさか」
「酒にも毒が入ってるのさ」
「……本当に、腐ってやがる」
岩壁に拳が打ち付けられ、鈍々しい音が鳴る
振り払うように拳を岩壁から離し、再び樹湯は歩き始める
「悪い、熱くなった」
「……樹湯さんって、正義とかに拘りますよね」
「何か理由が?」
「…デルタロスを結成した理由がそれだから、かな」
「デルタロスはさ、始めは学校サークルみたいなモンで」
「まず来栖っていう仲間が能力に目覚めてよ」
「軍から接触があって…、それから俺達も軍入りしたんだ」
「結果はあれだけどな」
樹湯は苦笑し、歩を進める
今まで黙って聞いていた波斗は次第に歩みを遅らせ、やがて止まる
「……っ」
「…だけど、さ」
「良いんだよ」
「理由も、意味もないけれど」
「解ってるんだ」
「…樹湯さん」
「…さ、そろそろ着く」
「あれだ」
彼等の眼前にそびえ立つ、周囲の建造物よりも黒く古びたビル
入り口には数人の男達が座り込んでいる
「……俺はここまでだ」
「決して深入りはしない方が良いぞ」
「…解りました」
「……俺もさ」
「酒場であぁは言ったけど」
「死んだら元も子も…」
「誰かを護れる強さなら喜んで手に入れます」
「例え、それが苦しみの中でも」
「……そうか」
「気を付けろよ」
「…はい」
読んでいただきありがとうございました