監獄の酒場
酒場
「……酒臭っ」
「黙れ」
「ここじゃ、殺しと飯とギャンブルが娯楽だ」
雅堂は椅子を引き、カウンターに立つ男に指示を送る
男は酒棚からビールを取り出し、雅堂のジョッキに注ぐ
「…雅堂、だよな」
「五眼衆の…、憤怒の…」
「…何だ、覚えてたのか」
「いいや、覚えてて貰わなきゃ困るがな」
酒を飲み干した彼はジョッキを机に置く
椅子を回転させ、波斗の方へと向く
「外の状況が知りたいんだってな?」
「…どうして、知ってるんだよ」
「そこの男」
雅堂はカウンターで佇む男を指さす
男は蒼空を睨み付けるが、ため息をついてカウンターへともたれ掛かる
「…俺を覚えて」
「ねぇ…、よなー…、そりゃぁ」
「え、えっと…」
「…樹湯だ」
「デルタロスの樹湯 永だ」
「すいません…、知らないです…」
「…当然、といえば当然か」
「コイツの能力は精神を移した物体を操る事だ」
「看守を利用して、お前に接触させていた」
「そ、それだ!」
「ここじゃ能力を使っても…」
「…お前、馬鹿か?」
雅堂は呆れたと言わんばかりに深くため息をつく
慌てている波斗を尻目に樹湯は酒棚を整理している
「…何で牢獄があると思う?」
「本来は、軍を裏切った人間は全て即抹殺だろう」
「あっ……」
「殺せない人間」
「若しくは殺すことが出来ない人間が収容されるのさ」
「…殺せない、って」
「俺達のような人間だ」
「ま、こりゃ希少例だがな」
「ならば、殺すことが出来ない人間とは?」
「簡単だ」
「情報を握ってる人間だ」
「情報?」
「軍に有益な情報だ」
「それを喋らなければ命は保証されるワケだな」
「だが、何処かから漏れた時には知らんが」
「…だけど」
「こんな所に居たんじゃ…」
「…解らないのか?」
「ここは死刑場でもあるのさ」
雅堂は立ち上がり、窓を開ける
そこから見える街の光景は残酷な物だった
「っ…!」
「表向きには、ここは囚人達が暮らす監獄街だ」
「各囚人達が共同生活を送り心身ともに更正する、という目的のな」
「だが本来は違う」
「看守が薬を流し、街の内部から破壊を行う地獄だ」
「その地獄に耐えられずに情報を吐けば、精神系統能力者に心を壊されて街に送られ」
「吐かなければ、一生を地獄で過ごす」
「そんなの…、どのみちじゃないか」
「当然だ」
「それほどの情報を持っている、という事なんだからな」
「も、もし!だ」
「情報を持ったまま死んだら…」
「死なんさ」
「その程度の奴が情報を得ることは、まず無い」
「精神系統能力を乱す事も出来る程の奴なんだからな」
「乱す?」
「…知らないのか?」
「あれは精神を集中していれば大抵は防げるぞ」
「し、知らなかった…」
「話を戻す」
「ここじゃ能力を使ってもバレない」
「そもそも、監視の目がない」
「な、無いのか?」
「…お前は首切りギロチンに監視カメラをつけるのか?」
「い、いや…」
「……いや、元からバレても良い」
「俺達が先の様な奴等を殺せば看守共にしても都合が良いからな」
「先刻は言わなかったが、何も軍の存在を知る人間だけが来るワケじゃない」
「ここは監獄」
「無論、各国の手が付けられない犯罪者も来るさ」
波斗の脳裏に、先刻の出来事が蘇る
全身を悪寒が走り抜け震える
「貴様は甘いな」
「何処まで手加減をすれば気が済む?」
「さ、先刻はなぁ!」
「能力を使って良いかどうか、迷ってただけで…」
「能力を使っても勝てたかどうか、だな」
「うっ…」
「奴等はそこそこ有名な殺し屋集団だ」
「だが、戦闘力は能力者に遙かに劣る」
「…どういう事か解るな?」
「…いや?」
「ここは修行場だ」
「無限コンティニュー&無制限のな」
「…何、言ってるんだ?」
「お前、外の状況が知りたくないか」
その一言に波斗は急速に反応する
目を見開き口で空気を食む程に
「……知ってるのか」
「こっちに詳しい人間が居るだけだ」
「なぁ?樹湯」
「えぇ!そりゃぁ、はい!!」
「先生に救っていただいたご恩は忘れてませんよ!!」
「…先生?」
「アイツが勝手に呼んでるだけだ」
「さて、取引と行こうじゃねぇか?蒼空」
雅堂は楽しげに笑い、波斗にジョッキを向ける
ジョッキの縁についた泡がこぼれ落ち、地面に音を立てて着地する
「この監獄街にゃ2つの派閥がある」
「西と東の勢力だ」
「今は微妙な拮抗状態を保っていて、この街に双方が君臨している」
「だが最近は動きがあってな」
「この拮抗が崩れつつある」
「そこで、だ」
「お前には東の勢力を潰して欲しいんだが」
「は、はぁ!?」
「勿論、俺達も協力するさ」
「そうすれば外の情報を教えてやる」
「何で潰すんだよ!」
「そんな事する必要なんてないだろ!?」
「あるんだよ、それが」
「まぁ、今のテメェには教えらんねぇがな」
「なっ…!」
「だったら!俺も協力できない!!」
「お前達だけでやれば良いだろ!!」
「本当に、良いのか?」
「外の事を知らなくても良いのか?」
「ッッ……!!」
「俺は構わんがね」
再びビールがジョッキに注がれる
金色の光が雅堂の喉に流し込まれていく
「何を戸惑う?」
「潰せ、と言っても殺すワケじゃぁない」
「反抗されれば殺すがな」
「それに、お前自身の鍛錬にもなる事だ」
「何かお前に不十分な条件があるのか?」
「…無い、けど」
「人を殺すこともあるんだろ…」
「だったら…、俺……」
「……」
「…樹湯、ビール」
「え?あぁ、はい」
樹湯は酒棚から新しいビールを取り出す
しかし、雅堂はそれに対して首を振る
「違う、ビールの空瓶だ」
「か、空ですか?」
「なんで…」
「良いから」
「寄越せ」
雅堂より発せられる圧倒的な圧力
樹湯は気後れしながらも、彼にビールの空瓶を渡す
「蒼空」
波斗の頭を裂く瓶の破片
割物音と共に波斗の頭がカウンターに叩き付けられ血を吹き出す
「せ、先生ぇ!?」
「立て、クソガキ」
雅堂は波斗の胸ぐらを掴んで無理矢理、立たせる
血にまみれて、だらんと力無く項垂れた波斗の頭
彼の眼光だけが血の赤色の中で動いている
「解るか?一般人なら今ので死んでる」
「俺達は人間じゃねぇんだよ」
「俺達はバケモノだ」
「死なないんじゃねぇ」
「死ねねぇんだよ」
「解るか?クソガキ」
「解るか?解るか?解るか?」
「このまま、ここで」
「何もせずに死んでいきたいのか?」
「お前は逃げてるだけだ」
「勇気?道徳?正義?」
「ンなもん糞くらえだ」
「俺達は殺戮のために作られた兵器だ」
「アニメや漫画みたいな道徳心は捨てちまえ」
「何も考えず人を殺すのが当然なんだよ」
「だが、それが嫌だって言うんならテメェの好きな様に殺せ」
「首を折り手首を裂き目を抉り喉を切り落とし腹を千切れ」
「それが出来ねぇならここで死ね」
「闇の中で死ね」
胸ぐらを話され波斗はカウンターにもたれ掛かる
雅堂は酒瓶を持ったまま酒場を後にする
「…お、おい」
「大丈夫かよ……」
心配そうに差し伸べられた樹湯の手を、波斗は振り払う
「…大丈夫ですよ」
「血で汚れちゃいます」
「だ、だけどよぉ」
「一日あれば…、こんな傷は治りますから…」
「大丈夫…、大丈夫です……」
そうだ
何を言ってるんだ
俺はもう
人間じゃないんだ
読んでいただきありがとうございました