監獄街
地下5F
監獄街
「ここは…?」
「監獄街だ」
不格好な街
しかし、様々な建物が建っているそこは明らかな街だった
大きな空間の穴に存在するその街は巨大
優に一街ほどはありそうな規模だ
無機質で、廃墟のように灰色をむき出しにしたビルが乱立し摩天楼を作り出している
道々には蟻のように小さな人々が見える
空には多くの光
恐らく、太陽代わりの役割なんだろう
波斗達は街の壁となる外壁の頂上から下を眺めている
彼等の足下に続く一本の階段道
これこそが外壁を伝う道なのだろう
「…先刻は、あぁは言ったがな」
「ここに入ると命を保証することはできない」
看守は苦々しく言葉を漏らす
波斗の両手両足の鎖は解かれ、ガシャンと音を立てて地面に落ちる
「選択するのは君だ」
「私は看守長であるゴルドン様より指令されている」
「君がここに入るのならば止めないし、この拘束具は外そう」
「だが行かないというのならば、あの牢獄に再び入ってもらい、さらに拘束具もつける」
「選びたまえ」
「君は選択する権利がある」
「……選択、か」
「決まってますよ、そんなこと」
「もう、あの闇には戻りたくない」
「…そうか」
「解った」
看守は檻の鍵を開ける
遙か下に続く階段道に波斗は足を踏み出し、息を呑む
後ろでは檻が閉まる音がし、下では叫び声にも近い何かが聞こえる
「…行くか」
遙か地下の街に足を踏み出す
罪人達の街へ、と
「…流石ァ」
「素晴らしい」
看守は口を裂ける程に歪ませ、笑い声を漏らす
片手で口を押さえ笑みを押さえるが、漏れる声はごまかせない
「先生ェ、アンタの読み通りだ」
「コイツはこの通り動くってなぁ」
暫くの抑笑の後、看守は笑みを止める
ばたりとその場に倒れ込み、静かに寝息を立てる
酒場
「戻りましたぜ、先生」
酒場のカウンターにもたれ掛かる男
彼の手には大きなジョッキと、それに注がれた金色のビールが輝いている
「…あぁ、奴は?」
「先生の読み通りに!」
「…そうか」
男は満足そうに酒を飲み干し、立ち上がる
足下に転がった数十人の者達を蹴り除けながら
「さて、迎えに行こうか」
「蒼空 波斗を」
十字路
「……っ」
荒廃した街中
腐敗臭やペンキの匂いが充満している
道端には口から涎を垂らし、俯く人々が居る
彼等からは狂った笑い声も聞こえる
明らかに普通の人間ではないのだろう
「…れよぉ」
「えっ?」
肩に手を置かれ、振り返ると頬が痩せこけ顔色の悪い男がいた
男は目の焦点はずれ目と鼻からは体液を垂れ流している
カタカタと小刻みに震える手を、波斗は反射的に弾く
「ッ…!?」
「くすりくれよぉ!!」
「うわぁっ!!」
飛びかかってきた男を押し倒し、波斗は走り逃げる
去りゆく風景の端に、先の男と同じような男達が多く映る
「はっ…!はっ…!!」
息を切らし、やがて速度が落ちていく
今の今まで闇の中で鎖に繋がれていたのだ
急に動け、という方が無理がある
「げほっ!ごほっ!!」
「…っっはぁ…、はぁ」
膝に手をつき、酸素を急速に吸い込んでは吐く
自分でも驚くほどに体力が衰えているのだ
「くっそ…!っ……!」
「ひひっ」
「!」
建物の影に銀の刃が見える
気付けば、眼前には数人の男達がいたのだ
「獲物だ…」
「獲物が来た…」
「ボスに届けるか…?」
「いや…、殺そう…」
「こんなの使えやしない…」
「殺そう…」
「殺そうぜぇ…」
「さぁ…!」
狂気の血眼で、男達は銀の刃を持つ
波斗が突き飛ばした男とは違う狂気
波斗の全身を悪寒が走り、体温が急速に下がっていく
「…ッ!」
波斗は足を引き、後退ろうとするが彼の背後にも銀の刃を持つ男達は居た
再び前を向いたときには男達は飛びかかってきていた
「殺せぇえええええええええ!!」
そのかけ声と共に背後の男達も飛びかかってくる
波斗は周囲を見渡し指の皮膚を噛み千切る
「ッッッーーーーーーーー…!!」
待て
使ってもいいのか?
刹那の気の迷い
だが、銀の刃が波斗の背中を傷付けるのには充分すぎる間だった
「がぁっ!?」
「ギャハハッハハハッハハッハハッハァ!!」
波斗の背中や腕が次々と切りつけられていく
彼自身も殴打などで応戦するが、アッサリと両腕を押さえつけられてしまう
両肩がナイフで抉られ、血を吹き出す
太ももにナイフを突き刺され、足が崩れる
「どうする?声残す!?」
「騒がれるとうるせぇ」
「昨日の酒が残ってんだ」
「じゃぁ、切ろうぜ」
喉元に冷たい感触が伝わる
一瞬の間の後、急激に熱くなる
「んん゛んん゛ん゛ん゛ん゛ーーーーーーーーッッッッ!!!」
眼前の男達が紅く染まる
激痛が全身を駆け巡り続け、意識が遠のいていく
「まァだ眠るのは早いだろぉ!?」
脇腹に突き刺さる刃
激痛により意識が引き戻される
「ん゛ぁッッ!!」
「そうだそうだァ!!」
男がナイフについた血を舐め取り唇を歪ませる
唾液に塗れたナイフを振り上げたその時、男は銀の刃を地へと落とす
「っっっか……」
「おい?どうした?」
「か」
「ぎゃぁかかっっかヵあああああああああああああああああああ!!!!」
男は顔面を掻きむしる
鼻腔と眼球から出血し血を吐いてのたうち回る
「くがあががぁあああがっがっがががぁああああ!!!」
ナイフを己の喉に突き立て、何度も何度も突き刺す
血が噴出しようと骨が抉り出されようと、その手を止めることはない
「くぎっ」
白目を剥き、血管をナイフの柄に絡ませて
男は頭部を地面に打ち付け絶命する
「ひ、ひぃっ……!!」
周囲の男達は恐怖し波斗に対する手を止める
死してなお痙攣する、余りに悲惨な死体を見て恐れたのだ
「何をしやがったぁ!?くそがきぃ!!」
「ん゛っ…!?」
喉を裂かれた波斗が返答できるはずも無い
だが、彼の代わりに返答した者が居た
「[無型]を舐め取り、体内に取り込んだんだ」
「そりゃぁ、そうなるだろうよ」
声に反応し、振り向いた二人の男達の顔面を掌が多う
「塵滅」
煙を風が噴き上げるように塵が周囲を舞う
掌に覆われていた顔面が消滅した体は、やがてその存在すらも塵と化す
「……寄って集って」
「一人のガキを…、まぁ…」
「テメェ等、いい趣味してんじゃねぇか」
「の、能力者か…!」
「悪いが、俺はそのガキに用がある」
「渡してくれねぇかなァ?」
「ふっ、ふざけんなァ!!」
「俺の仲間を二人も殺しやがって!!」
「…そりゃぁ、邪魔だったからだろうが」
男はため息をつき、周囲を見渡す
「ここなら、多少は大丈夫か」
「なん」
「塵滅地獄」
男の周囲が半円を描くように塵と化す
男達もナイフもビルも地面も
波斗を除いた全てが塵と化して風に吹き去られる
「よぅ、具合はどうだ?」
波斗へと近付いてくる男
喉を切り裂かれた波斗は声が出せない
その代わりに視線で男の顔を確認するが、その表情は驚嘆に満ちあふれる
「っ…!?」
「久しぶりだな」
「ウチの馬鹿は元気か?」
「っ…?…!!」
「声が出ないのか」
「何、こうすればいい」
男は波斗の喉元に手を当てる
波斗の傷が修復され、喉の肉が繋がる
皮はなく生傷を剥き出しにしたままだが
「っはぁ!」
「これで話が出来るだろ?蒼空」
「な、何でお前が居るんだよ…!!」
「雅堂ッッ…!!」
読んでいただきありがとうございました