一年
暗い世界の中
手足に繋がれた鎖の感覚も、もう慣れた
目が慣れて周囲を見渡す余裕が出来てきた
転がる骨々
多分、人の物だろう
長い月日のせいか、原型は留めていない
見えるのはその骨々と自分を繋ぎ止める鎖
光は差し込まない
時々、監視に来る看守が除く窓からは、少しだけ
ほんの少しだけの光が差し込んでくる
「……ぁ」
死ねない
喉が渇いた
手足の感覚もなくなり、脚はあるのかどうかすら解らない
動くのは眼球だけ
喉から枯れ果てた声は出るが、無理に出そうとすると激しい痛みが伴う
生きている理由すら怪しい
俺は、何の為に生きているんだろう
カタンッ
あぁ、光だ
何時間?何日?何週間?何ヶ月?何年?
いや、もう時など解らない
だが、光だ
光がこれほど恋しい物などとは解らなかった
まだ、普通に生活していた頃には
「……」
何だ…、声がする
聞こえない
「……ろ」
「…」
何だ?何か置かれた
……揺れてる
「…め」
「…す……み…め」
……水?
水!!
鎖に繋がれた男は、巨大な鎖を物ともせずに容器に飛びつく
首を一筋の水が滴り、男の喉へ水が流し込まれていく
「っっっぷはぁ!!」
「…飲んだか」
「来い、面会人だ」
巨大な鎖が外され、代わりに鉄球が付けられる
重く、とても持ち上げてる事ができない
引きずりながら進むしか無いのだろう
「…行くぞ」
あぁ、外だ
眩しい
よく見えないが、聞こえる
憎悪と苦痛、そして混沌の声が
面会室
「…入れ」
「…時間は十分だ」
看守は男を椅子に固定し、部屋から退出する
両腕を封じられ、男は身動きを取ることはできない
ただ、白く塗られた壁が動き、ある人物が入ってくるのを見ているだけだった
「…変わっちまったなぁ」
「たった一年だぜ…」
ある人物は悲しそうに男を見る
ガラスで遮られ、触れる事は敵わない
だが、ある人物はガラスに手を沿わせ、男に触れようとする
「……ウェスタさん」
「久しいなぁ、蒼空」
「ゲッソリ痩せちまって…、まるで別人だ」
男はガラスから手を離し、着席する
無機質な椅子が音を立てて引かれる
「……一年、って言いましたか」
「俺が、この監獄に入れられてから」
「一年…?」
「…あぁ、そうだ」
「…一年、ですか」
あまりに、長い時間
頭の中を織鶴さんや火星さん、委員長や蔵波
他にも色々な人達が駆け巡る
「どうして…、俺が監獄に?」
「…ここじゃ、言える事じゃねぇ」
「いや、言わなくてもお前だったら解ってるんじゃないのか」
「……ですよね」
「…ゴルドン」
「看守長の奴に、幽閉場所を変えて貰うように頼んでおいた」
「少しはマシになるだろう」
「…ありがとうございます」
「…すまねぇな」
「俺には、これぐらいしか出来ねぇ」
「この面接だって、無理矢理に頼んで許可して貰ったモンだ」
「本来は出来るもんじゃねぇ…」
「いえ…、充分です」
「充分すぎる程ですよ」
「…そう、か」
波斗の目に映る男は、酷く疲弊している様に見えた
無精髭が生えており、何日も寝ていないのか目に隈さえできている
「…あー」
ボサボサに乱れた髪を掻き分け、ウェスタは煙草を取り出す
「すまんな」
「吸わねぇとやってらんねぇんだ」
「…ウェスタさん」
「寝てます?」
「…寝れるかよ」
「こんな状況で……」
「俺が言うのも…、変な話ですけど」
「無理はしないでくださいね?」
「…はぁ、そうだな」
「あぁ、ベルアとクロルが心配してたぞ」
「あははは…、大丈夫、って伝えてください」
「…大丈夫、ではないだろ」
「幾ら大変でも…」
「男が女に心配かけるのだけはやるな、って知り合いが言ってましてですね」
「…随分と男らしい野郎も居たもんだ」
ウェスタは苦笑し、波斗も微笑む
煙草に着いた灰がぼろりと地面へ落ちる
「…ウェスタさん」
「何だ?」
波斗は笑みを無くし、深く息を吐く
汗ばんだ拳を握りしめ、小さな声で問う
「外は…、どうなりましたか」
「九華梨町は…?」
「……外、か」
ウェスタは酷く眉をしかめる
波斗の問いに答えることは出来ず、依然として立ち尽くしている
「…ウェスタさん?」
「…九華梨町、は」
彼の言葉を遮るようにベルが鳴り響く
耳障りなまでに大きな音と共に扉が開き、看守が入ってくる
「…時間だ」
波斗は椅子から解放され、その代わりに手足に鉄球の着いた鎖を付けられる
彼は諦めを含んだ笑顔でウェスタに微笑みかけ、席を立つ
「蒼空!!」
ウェスタの叫声が蒼空の耳に届くことはなかった
波斗は先に部屋から出され、看守が扉を閉めようと手をかける
「……看守!」
「何だ?」
「…頼むぞ、そいつを」
「……罪人は罪を犯した人間だ」
「だが、ここに居る限りは命を保証しよう」
「牢獄は死刑場じゃない」
扉が閉められ、部屋には無音が訪れる
ウェスタの咥えていた煙草から灰がこぼれ落ち、やがて火が消える
「……畜生が」
ウェスタは椅子を蹴り上げ、煙草を踏みつける
「畜生がぁッッ!!」
彼は己の無力を悔いるようにガラスに拳を殴りつけた
ロシア支部南東
轟々と吹雪きが吹き荒れ、視界が白く染まる
数m先も見えない豪雪の中、ウェスタは1歩1歩を慎重に進んで行く
「…あった」
彼の目には一台の黒車が映る
雪を掻き分けて車まで進み、ドアをノックする
「おい!開けてくれ!!」
ガチャンッ、とロックが解除される
ウェスタは手袋をはいた手でドアノブを握り、素早く車内へと入る
「お帰りやがりましたか、支部長」
ハンドルを握る一人の女性
鍵を回し、エンジンをかける
「待たせたな、ゼイル」
「敷地内で遭難するかと思ったぜ」
「何やってやがるんですか」
「急いでくださいよ、幾ら雪国用の車とは言えども長時間の豪雪内での放置は……」
「あぁ、解ってる」
「出してくれ」
「…了解しました」
タイヤが雪を跳ね上げ、車は発進する
ガタガタと音を立てて揺れる車体に雪が当たっては溶けていく
「……蒼空に、会えた」
「どうでしたか?」
「…酷く衰弱してたよ」
「もう、死にかけな程にな」
「…そうですか」
「ベルアちゃんとクロルちゃんが心配してたって伝えやがりましたか?」
「あぁ、伝えたよ」
「「大丈夫だ」と」
「……全く、自分の置かれてる状況を考えて嘘をつけよ」
「虚勢にしか聞こえんだろうが」
「男ってのは、女に対してそういう嘘しかつけないんですよ」
「女なら、どんな嘘でもつけるがな」
「……っと、悪い」
「電話だ」
「あぁ、はい」
「もしもし?」
『ウェスタ』
「……お前か」
『どうだ?やってくれたか?』
「あぁ、出来た」
『…助かるぜ』
「…いや、俺は俺が正しいと思ったからやっただけだ」
「お前みたいに、信条だ信念だで動いてねぇよ」
『…そうかよ』
『まぁ、何はともあれご苦労だったな』
『後はこっちですませる』
「…おう」
『お前は自分のトコを護れよ』
『じゃぁな』
電話が切られ、ウェスタは携帯を耳から離す
携帯を閉じて懐に入れ、椅子に深く腰を沈める
「……何で」
「こんな事になっちまったんだろうなぁ…」
「……私が知るはずがないでしょう」
「どうでも良いので、少しは寝やがってください」
「…体に触ります」
「…そうか」
「すまん…、少しだけ…、寝る」
深い微睡みに沈み
ウェスタは瞼を閉じた
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