絶望の淵
「…まさか、貴方が来るとはね」
「反抗期の息子が改心して帰ってきたんだぜ」
「少しは喜べよ」
「…まさか」
「復讐に来た子を歓迎する親が居ますか?」
「何処かには居るんじゃねぇの?」
ゲラゲラと笑う祭峰をコヨーテ、モルバ、スキュラが包囲する
祭峰は笑うのを止め、視線を彼等へと向ける
「……無型を体内に入れてるなァ」
「能力の発動条件だけを無視させる為か…」
「卑怯くね?」
「実験の成果だ」
コヨーテが手を掲げると、祭峰の右腕が弾き飛ぶ
だが、祭峰は何も無かったかのように凝然としている
「……所詮は、餓鬼」
「調子に乗るなよ」
骨、血管、筋肉、皮膚
恐るべき速度で祭峰の腕が再生する
「……流石に強い、が」
「俺が一人で来ると思ったか?」
「…何だと?」
「コヨーテさんっっっっ!!!」
コヨーテの背後で凄まじい火花が散る
金属と金属が擦突する音が響き渡る
「……」
黒衣の男の脚撃をスキュラが防ぐ
彼が手に持つ刀剣は砕かれるが、素早く次の刀剣を取り出し男へと投擲する
黒衣の男は俊敏に後退し、刀剣を弾く
「油断してくれるな」
「…助かった、スキュラ」
「その男を視界に入れて安堵とは」
「随分と悠長だねぇ?」
祭峰の悪性な笑い声
それにコヨーテとスキュラが反応した瞬間、二人の眼前には拳が迫る
「させぬ」
その拳撃をオシリスが身を挺して防受する
黒衣の男は拳を引き、急速に後退する
「侵入者め」
彼が引いた先にはセクメトの姿が在った
黒衣の男へと掌を伸ばし空間を歪める
「……!」
黒衣の男は咄嗟に伏せるが、身につけた黒衣を引きはがされる
「…これは、驚いた」
引きはがされた黒から除く眼光
拳を地に突き立て、男は立ち上がる
「生きていましたか、ゼロ」
「……テメェ等が俺を利用ししやがるから、帰れなかっただけだ」
「いや、それでも裏切っただろうがな」
ゼロは黒衣を脱ぎ捨て、首を慣らす
周囲を見渡し、怪訝な表情を浮かべる
「随分と見事に利用してくれたな、糞野郎共が」
「俺が最上級犯罪者ァ?笑える冗談だな」
「利用、などと人聞きの悪い」
「有効活用ですよ」
「有効、か」
「総督殺しが有効?」
「総帥にあるまじき発言だな」
「総帥ではありませんよ」
「今は総督です」
ゼロの背後に衝撃が走る
咄嗟に体を捻り反応するが、衝撃は殺しきれない
「がっっ……!!」
「…暫くの演技、お疲れ様でした」
「白月」
「…いえ、神無様の仰せのままに」
「テメッ…!白月ィ……!!」
「そうか…!そういう事かよ…!!」
「総督を殺したのはッ……!!」
「…元No,3」
「貴方は神無様の弊害となる」
「ならば、ここで殺します」
「…ちっ」
「熱くなるなよ、馬鹿が」
ゼロの背後に祭峰が降り立ち、黒翼を広げる
彼の手には織鶴が抱え上げられている
「目的を忘れたか?」
「…目的は」
「火星を殺す事、だったんじゃないのか?」
「……仕方ねぇだろ」
「まさか、アイツに適正があるとはな」
「…テメェの誤算だろうが」
「口喧嘩は後でしようぜ」
「何より、分が悪い」
「元老院直属部隊だけでも悪いってのに…」
「火星…」
「……いいや、憑神が居る」
「逃がしませんよ」
彩愛の声と共にゼロと祭峰の頭上が封鎖される
彼等が入って来た穴はゲートによって封鎖
さらに、二人には幾千の銃口が突き付けられる
「……彩愛」
「お前が、何でそっちに居る?」
祭峰は彩愛を鋭く睨み付ける
彼女は冷淡な目で祭峰を見つめ、小さく言葉を零す
「…裏切り、です」
「もう裏切られるのは散々ですから」
「……馬鹿が」
「俺は昔っから、お前のそういう所が嫌いだ」
「私も」
「自分の都合だけで何も考えず動く貴方が嫌いでした」
「……離縁だな」
「えぇ、こちらからお願いしますよ」
祭峰は激しく地面を蹴り上げ、飛翔する
封鎖されたゲートに向かって一直線に上昇していく
「突き破る気ですか?」
「その鋼鉄のゲートを」
「無理だろうなァ」
「だから、抜ける」
「何を……」
駆動音を立て、ゲートが開門され始める
「なっ!?」
「はっはァ!!高い金払って雇った甲斐があったぜ!!」
「良い仕事しやがる!!」
祭峰はその数mの間を縫い進み、地下街へと脱出する
しかし、天へと飛翔する彼を影が覆う
「憑神ィ!?」
優に50m以上の上空に憑神の姿はあった
ただの一度の跳躍により、その距離を跳ね上がってきたのだ
死の紅い眼光が祭峰達を映す
「やばっ…!!」
両手が塞がり、更に飛翔している祭峰は防御の態勢など取れない
振りかざされた陰陽の槍が祭峰の顔面へと向けられる
「させるかよ」
憑神の顎が跳ね上がり、槍は祭峰から照準を外す
槍の刀身に手を突く男は隻眼を見て小さく舌打ちする
「……俺を殴って正してくれるんじゃなかったのか」
空中で態勢を崩した隻眼の腹部に衝撃が放たれる
地面まで急激に落下し、穴を穿つ
「……」
憑神は何もなかったかのように立ち上がり、空を見上げる
地下街に空いた巨大な穴
太陽と重なった翼に乗る、二人の男が視線へと入る
「……」
「…チッ、ありゃぁ情報やだなァ」
「確か上級犯罪者だったか?」
「雑魚共が侵入してやがったか」
不機嫌そうにモルバは空を見上げる
ゲートが完全に開門し、日光が演習場へと差し込んでくる
「…追ってください」
「彼等を逃がさないように」
神無の指令に、元老院直属部隊全員の視線が向く
「それと、彼等の関係人物も消してください」
「後々、厄介になる」
「「「了解」」」
神無の命令に従い、シヴァと憑神、そして彩愛以外の元老院直属部隊員達が階段を祭峰達の後を追う
憑神は槍を消滅させ、神無の前へと膝を突く
彩愛は頭上を見上げ、何かをボソボソと呟いている
シヴァは周囲を見渡し、神無に声を掛ける
「…計画は成功、ですか」
「…余りにイレギュラーな出来事が多すぎます」
「ですが、こうして憑神は完成した」
神無の目には己に服従した完全品が目に入る
つい先程まで己と話していた男ではない
望みに望んだ、憑神だ
「最早、彼は」
「蒼空 波斗は不要でしょう」
「こうして陰陽兼ね揃えた完全品が生まれた」
「抑制剤としての役目もない」
「……しかし、彼に接触している人間は多い」
「厄介な起爆剤になる前に消えて貰った方が得策でしょう」
「…しかし、奴は死なない」
「えぇ、解っています」
「ならば、世界から追放してしまえば良い」
「…如何なさいますか?」
「処分が出来ないのならば」
「彼を、あそこに投獄してください」
「…了解しました」
「あぁ、それと」
「何でしょうか」
「隻眼も不要です」
「軍の優先事項を移行し、隻眼の排除を」
「丁度、卯琉さんと防銛さんが居るでしょう」
「彼女らに連絡してください」
「…了解」
シヴァは深々と頭を下げ、その場を去って行く
神無は酷く頬を歪ませ、惚悦にも似た笑みを浮かべる
「全てが終わり」
「全てが…、始まる」
「我が手には隻眼とクォーター」
「そして屈強なる戦士達」
「全てを、創生の元に」
憑神は神無を見上げ、再びその目を地へと向ける
彼の紅眼に映った男の姿は
悪魔の如く、悪歪んでいた
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