九華梨湾にて
軍病院前
「…っ」
朝日が目にしみる
今まで薄暗い病室に居たんだから当たり前か
自身の顔に触れる波斗
数日前に貫かれた眼球は完全に再生
他の傷跡も無かったかのように治癒している
「…化け物だな、もう」
「蒼空君ーーーーー!!」
「あぁ、火星さん」
「良かった良かった!探したよ」
「どう?調子は」
「えぇ、良好です」
「寸前で避けられたみたいで」
「良かった~!重傷だ、って聞いてたから」
「あははは、軽傷ですよ」
「火星さんこそ怪我は大丈夫なんですか?」
「俺はほら、相手が念力系統の精神系能力者だったから」
「内面の戦いだよ」
「せ、精神面の方は…?」
「それを、俺に、聞くかい?」
「…ですね」
「あぁ、そうだ」
「鉄珠を見なかったかな」
「鉄珠さんですか?」
「いや…、知らないですけど」
「そうなんだ…」
「軍病院にも万屋にも軍本部にも居なくてね」
「また何処かでナンパでもしてるんでしょ…」
「そうかなぁ…」
「アイツもアイツで傷が酷いだろうに」
「…うん?」
「どうしたの?」
「…何故、俺と鉄珠さんの傷が酷い、と?」
「それについても話しておかないとね」
「実は九華梨テーマパークの監視カメラをチェックしたんだ」
「途中で切れてたけど、2人の姿が映ってたから」
「…えっ」
「織鶴もブチ切れてたよ」
「「命令無視だ」ってね」
「…」
「…」
「…俺、ちょっとまだ傷の具合が」
「軽傷なら大丈夫だよね」
「連れてかないと俺が殺られるんだけどナ-?」
「俺のために犠牲になれ」
「断る」
「行こうか」
「嫌ぁああああああああああああああ!!」
九華梨湾
「…はぁ」
海面へと垂れた釣り糸が波風に揺れる
ぼんやりと空を眺めたクォンは深くため息をつく
「何か、釣れますか?」
「…何してんだ、神無」
「元老院総帥は護衛も付けずに、こんな所に来るのか」
「護衛なら居ますよ?ほら」
横目で背後を確認するクォン
積み上げられたコンテナの上には刀を携えた1人の女性が座っていた
「…アウロラ、だったか」
「えぇ、そうです」
「最強の無能力者を連れて、随分と良いご身分だな」
「これでも一応、総帥なのですが…」
「…そうだったな」
「で?その総帥様が何の用件だ」
「私の部下について、です」
「…馬鹿弟子か」
「彼女を慰められませんか」
「無理だな」
「解ってるだろう?」
「アイツは忠義に生きる人間だ」
「己を捨てても、な」
釣り糸がぴくりと揺れ、海面が揺らぐ
「俺は確かに六天崩拳を奴に与えた」
「だがしかし、俺は六天を教えなかったんだよ」
「何故です?」
「六天の[白鈴華]は己を守護する技だ」
「それは己しか護れない」
「…彼女は、自分以外を護る技しか身につけなかったのでしたね」
「お前に預けられた時から、そういう性格だった」
「まるで己の命すら感謝の品として差し出すような」
「滑稽な性格だ」
「大恩に生きる人間ほど死に近い人間は居ない」
「…彼女は」
「私が拾い、貴方に預けた」
「孤児同士、何か共感する物があったのか?」
「…そうかも知れませんね」
「情けだったのか、私の自己満足だったのか」
「それは解りません」
「だがしかし、彼女を見捨ててはおけなかった」
「結果として、奴を修羅の道に放り込んだワケだ」
「えぇ、そうなりますね」
「この世界に入り、忠義を誓った人間を失い」
「さらには己の存在価値すら危ぶまれるのならば…」
「いっその事、貴様に拾われずに死んだ方が良かったんじゃないのか?」
釣り糸が切れ、海面が割れる
クォンに頸動脈を刈切るように当てられた刀身
「無礼者が…!」
「神無様に何たる口のきき方をッッ…!!」
「…やるか?小娘」
「止めておきなさい、アウロラ」
「例え無能力者最強の貴方でも、彼相手には無事では済まない」
「し、しかし」
「良いのです」
「彼と私は古い友人」
「多少の無礼は馴れ合いですよ」
「…はい」
アウロラは刀を納め、再び目に見えぬ疾速で位置へと戻る
「…白月はもう駄目だな」
「捨てろ」
「そういうワケにはいきません」
「彼女ほど有能な部下もそうそういない」
「居るだろう?元老院直属部隊が」
「彼等は優秀に違いはありませんが、単独行動や命令無視が多めです」
「もう少し命令を重視してくれると有り難いのですがね」
「…フン」
「ともかく、俺は無理だ」
「他の奴に頼め」
「貴方以外、誰が居ると言うのですか」
「誰でも」
「お前だって、昔のツテという理由だけで俺にアイツを預けたんだろうが」
「だったら今のツテで誰にでも預ければいい」
「それだけで、預けたのではありませんよ」
「それが貴方もよく解っているはずだ」
「……」
「お願いできませんか、クォン」
「友人などというツテではなく、元老院総帥として貴方に頼みたい」
「…どうして、あの娘に拘る」
「他の奴等を育成すれば良い」
「他の人は彼女ほどには成り得ない」
「お願いします!クォン!!」
「どうか、彼女を立ち直らせてあげてください!!」
「…神無」
「俺は出来ない頼みを聞くのは趣味じゃねぇんだ」
「…どういう事です?」
「アイツを立ち直らせるのは不可能だ」
「布瀬川を失った時点で、もう無理なんだよ」
「な、何故ですか!」
「忠義心に生きる奴は、一度誰かを失っただけでもう駄目なんだよ」
「例え、誰かに忠義心を変えてもな」
「失った時の光景がフラッシュバックしちまう」
「もう、使い物にはならん」
「しかし!!」
「諄い」
「ッッ…」
「……立ち直らせるのは不可能だ」
「こればっかりは如何ともし難い」
「何か、何か手はないのですか」
「ない」
「……そう、ですか」
「…神無」
「お前は何かに対して愚直すぎる」
「回り道ってモンを知らねぇ」
「そんなに遠回りしている暇はありませんよ」
「だからこそ、だ」
「人は時には愚直すぎて過ちを犯す」
「それ故に回り道をするモンだ」
「…私は」
「例え愚直でも、愚かでも」
「真っ直ぐに突き進まなければならない」
「過ちを犯してでも、私は平和を目指さなければならないのです!」
「…どうして、そこまで平和を目指す」
「確かに平和は望ましい事だ」
「だが、決して貴様がそれをやらなければならないと言う事ではない」
「だけれど、誰かがやらなければならない」
「そうでしょう?」
「……貴様は」
「何を目指し、平和と呼ぶ?」
「え、えっとですね…」
「そこまで深く考えた事は…」
「……うーん」
「正義のヒーロー…、じゃ駄目ですか?」
「…はぁああぁああーーーー…」
「そ、そこまで深くため息をつかなくてもいいでしょう!?」
「…馬鹿弟子は何処だ」
「え?」
「白月は何処だ、って聞いてる」
「ち、地下街の遺体安置所ですが」
「…そうか」
クォンは釣り竿を背負い、立ち上がる
呆然と驚く神無を後に九華梨湾を立ち去っていった
「…はぁ」
「本当に手間の掛かる師と弟子ですね…」
読んでいただきありがとうございました