雷雲去る
「天之川ァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
波斗の怒号
振りかざされた拳が天之川の頬を打つ
「ぐっ…」
「……どうした、そんな物か」
「まだまだァッッッ!!」
連撃が天之川を捕らえる
決して鋭くも重くもない拳撃
ただ少年が拳を振り回すだけの拳撃
「ごっぁ…ッ」
だが、ノアとの致死たる決戦のダメージが天之川にのし掛かる
本来ならば立って居る事など不可能な状態なのだ
片目が抉れ、片腕が失せ、臓腑が破裂している
それでも、彼は立つ
「っ…!」
「…どうした?」
「来い、蒼空」
「貴様の眼前に君臨するは敵」
「貴様の全てを奪い去る敵だ」
「来い、来い、来い」
「俺を殺して見せろ」
「…断るッ!!」
頑なに波斗は天之川の問いを退ける
彼の選択肢に[殺す]の文字はないのだ
「何故、貴様はそうまでして俺を生かそうとする」
「それが、貴様の自己満足だとも解らずに」
「理由なんざねぇよ…!」
「ただ、俺がそうしたいだけだ!!」
「それが後悔を生むとしても、か」
「構わない!」
「俺はNo,5のノアと茶柱という女を殺した」
「あれはお前の仲間だろう」
「…あぁ、そうだ」
「大切な人達だ!」
「お前を許せるか、と聞かれたら俺はNOと答える!!」
「だけど!それでもお前を待ってる奴が居るんだよ!!」
「俺は最上級能力犯罪者だ」
「歴史に残る程の、咎人だ」
「知った事かッッ!!」
「…貴様も、そうだ」
「俺が何者か」
「お前が何者か」
「解っているんだろう」
「俺達は化け物だ」
「それが何だよ!?」
「俺は!友達を連れ戻しに来ただけだ!!」
「いつまで、甘ったるい戯れ言を言う?」
「俺は…、もう戻れない」
「あの日々と同じ日々を過ごすことは叶わない」
「それでも良い!」
「黙って蔵波に一発殴られて来いッッ!!」
「…貴様は」
「どうして…」
「全ては」
「「!!」」
「無に帰す」
「全てが始まり…」
「…全てが終わる」
「…貴様は」
「久しいな、天之川 夜空」
「そして蒼空 波斗」
「13人目よ」
灼熱の大地が炎を停止させる
肖像物と化した炎の上を1人の男が闊歩する
「…シヴァ」
「まさか、あのノアを降すとは思ってもみなかった」
「障害を取り除いてくれた部分としては感謝したい」
「あの男はあまりに厄介だった」
「貴様が…、どうしてここに居る…」
「解らないのか?」
「戦いは終わったのだ」
「刻 海渉、ハアラ・パピヨン、虚漸が死亡」
「響 元導は逃亡したがな」
「奴も上級能力犯罪者入りだ」
「…そうか」
「皆…、死んだか」
「こちらの被害はNo,5とNo,5兼No,4直属部下の茶柱 栗東のみ」
「上々の結果だ」
「笑わせる…」
「…ちょ、ちょっと待てよ」
「死んだのか…?船村も…、大家さんも…!!」
「そう、言っている」
シヴァは懐から鉄の塊を取り出す
鉛球の込められたそれを天之川の額へと突き付ける
「これで、終わりだ」
パンッ
体を大きく仰け反らせ、天之川は水面へと落ちていく
「熊たーーーーー……ッッ!!」
波斗は叫ぶと同時に手を伸ばす
だが、その手が届くことは無かった
「…もう戻れ」
「任務は終了した」
「ご苦労だったな」
「どうして…ッ!!」
「どうしてッッッ!!!」
「もし、あのまま…、貴様が天之川を懐柔させてみろ」
「貴様も同じく裏切り者扱いだ」
「ッッ……!!」
「割り切れよ、小僧」
「貴様は甘すぎる」
「いつまでも貴様の決断を誰かが代替わりしてくれると思うな」
「お、俺は!!」
「…貴様の言い分など、どうでも良い」
「時は近い」
シヴァは鉄骨を下り、瞬時に消える
ただ、波斗は灼熱に囲まれた残骸鉄骨の上で静かに佇んでいた
入り口門前
「火星!」
「…あぁ、織鶴、彩愛」
「いや、俺は大丈夫だ」
「あそこで倒れてるのはハアラ・パピヨンですね?」
「そうだ」
「…死体、葬ってやってくれ」
「…解りました」
「皆はどうなってるんだ?」
「雷柱が消えた事で、全員が突入したわ」
「だけど、もう戦闘は終わってるみたいね」
「今は各部隊が後処理に翻弄してる」
「…そうか」
「解った」
「…火星」
「怪我はないのね?」
「まぁ、大丈夫だよ」
「少し手足をやったけどな」
「…ま、約束は破ってない事にしてあげるわ」
「ははは…、助かるよ」
軍病院
特別治療室
「…」
「気が付いたか?蒼空」
「…院長」
「ここに来んのも久々だなァ、おい」
「常連入りか?」
「…いえ」
「…聞きたいんですけど」
「んぁ?」
「もし…、友を殺す事になったら…、どうしますか」
「友達を?」
「随分と難しい質問してくんのな…」
「すまんがノーコメントで」
「…ですよね」
「俺に聞いて良いのはヤる時の体位と胸サイズのはかり方、セクハラの仕方」
「んでもって、エロ本の選び方だな、あぁDVDも含む」
(この人に聞いたのが間違いか…)
「…聞いてるぜ」
「友達を見殺しにしたんだってな」
「ッ…!」
「ま、仕方がない事だっただろうが…」
「それでも事実は変わらねぇよ」
「……そうですよね」
「俺は…、熊谷を……」
「…だがな」
「お前の友達がNo,5と茶柱を殺したのも事実だ」
「今…、No,4がどうなってるか知ってるか?」
「昕霧さんが…?」
「織鶴に協力して抑えて貰ってる」
「あの傷で暴れられたんじゃ、洒落にならん」
「…そうですか」
「無気力だことで」
「…ノアの死はマズいぞ」
「軍全体が揺らぐ」
「なんせ、失った柱の代替わりすらも無くなったんだからな」
「それも立て続けに、だ」
「…知った事じゃないですよ」
「俺は…、何をして良いか…、解らないです」
「友達殺して…、何しろってんですか…」
「…俺に聞いてくれるなよ」
「専門家に聞け」
扉が開き、院長と入れ違いに森草が入ってくる
酷く悲しそうな彼女は、波斗の隣の椅子に腰を下ろす
「じゃ、ごゆっくり」
扉が閉まり、深とした空気が張り詰める
静かに森草が手をあげ、近くの花瓶の花に触れる
「…話、良い?」
「…あぁ」
病室外
「…はぁ、若いってのは手間がかかる」
「全くだなァー?」
ゲラゲラと嫌しい笑みを浮かべる男
煙草を吹かし、白煙を漂わせる
「…セクメトか」
「元老院直属部隊が何の用件だ?」
「13人目に会わせなァ」
「奴に用件がある」
「残念ながら、面会時間は終了だ」
「諦めろ」
「知った事か」
「こっちは元老院だぜ?」
「知った事か」
「こっちは院長様だぞ」
「はぁ?」
「用があるなら明日にしろ」
「今は別の奴が来てる」
「急がなきゃならねぇんだがな?」
「諦めろ、って言ってんだろ」
「お前の耳は節穴か?」
「…チッ」
「チョーシ乗ってんじゃねーぞ?オイ」
「テメェ…、立場解ってんのか」
「エロくて偉い院長様だろ?」
「ハッ!よく言うぜ」
「テメェには内通の疑いがかかってんだ」
「あまりチョーシ乗ってっと…、消すぜ?」
「へいへい、ご自由に」
「俺は秘蔵のエロ本達が無事ならそれで良い」
「…ケッ」
「覚悟しとけよ」
「テメェは消す」
「勝手にしてろ、カメレオンみたいな肌の色しやがって」
「野菜を食え」
殺意を放ち、院長に背を向けるセクメト
院長は汗に濡れた拳を彼に感づかれないように拭き取った
読んでいただきありがとうございました