天之川 夜空
観覧車
「…熊谷ッ」
炭の塊と化した男を見つめる波斗
曾ては親友だった少年は、敵となり
そして目の前で死んでいるのだ
「馬鹿野郎が…」
「何でだよ…、どうして…」
「……間に合わなかったのか」
「畜生っ……」
「ノアさん!!」
「…茶柱、か」
拳が粉砕され、血を噴出している
最早、使い物にならないであろうそれをノアは悔諦そうに見つめる
「やはり…、強かった…」
「小僧め、手加減という物を知らんのか…」
冗談っぽく笑うノアだが、その表情は苦痛に満ちている
茶柱は己の服を千切ってノアの腕を縛る
「止血はコレで大丈夫なはずです!」
「急いで治療しないと!!」
「…無駄じゃ」
ノアが残った腕で胸元を押さえる
そこには、雷撃で付けられた物ではない傷があった
「あの時の傷がッ…!!」
「やはり…、無理をしすぎたかのぅ…」
泥々と赤黒い血が垂れ流れる
茶柱の目が見開かれ、嗚咽を漏らす
「わ、私のっ…!!」
「…今更、じゃ」
「気に……」
ドッッ
「…え?」
波斗の眼球を貫き
茶柱の首元を貫き
ノアの心臓を貫き
雷弾は湾境の海面へと着弾した
「…ノ」
「アさ…ん」
茶柱は唇から致死量であろう血液を吐き出す
鉄骨の上で膝を突き、そのまま落下していく
「茶柱……」
地面に広がる赤い輪
中心に倒れた女性を囲むように、輪はだんだんと広がっていく
「…熊、谷」
「俺を…、その名で呼ぶな」
波斗の全身を貫く雷針
鉄骨に頭を打ち付けて落下し、ゴンドラの残骸へと引っかかる
「…ノア・ゼルディギス」
「老害めが…!調子に乗ってくれたな…!!」
天之川の雷腕からこぼれ落ちる弾丸
純金製の弾丸が鉄骨に音を立てて落ちていく
「避雷針で作った弾丸で俺の雷を収束しッ……!!」
「そして、己に取り込んみ撃ち返したッッ…!!」
「恐るべき程の経験則が生む芸当だ…!!」
雷腕が発光し、凄まじい電撃を発する
大きく広げられた手から電撃が天之川の体に達し、覆っていく
「雷神電鎧!!」
「これで!貴様の攻撃は一切合切通りはしないッ!!」
「老害!老害!!老害!!!」
「貴様の愚行もこれまでだッッッッ!!」
天之川の雷腕が跳ね上がる
物理的な衝撃を受けぬはずの雷腕が跳ね上がった
それ即ち
己の雷腕に勝る威力の雷撃が放たれたと言うこと
「何だ、老害」
「撃てるじゃぁ……、ないか」
雷腕が痺れ、動かない
天之川は横目で雷腕に空いた巨大な穴を確認する
(貫きやがったッ……!!)
恐怖すらも、最早、狂喜の産物
心臓を破壊され、胸元から臓物を覗き見せ
それでもまだ立つ化け物を前に
天之川の表情は狂喜に満ちていた
恐らく、奴は電気信号により心臓の代替わりを成している
だがそれでも、行動できるのは長くて数秒
これは経験や技能に関係無く人体の最大限の上限だ
現時点の経過時間は十数秒
人体限界の超過?
そんな物、出来るはずが無い
だが、現に奴は出来ている
「…いや、待てよ?」
そういう事か
俺の能力は電力を充電し放つことだ
その為に誘電体である鉄の観覧車を戦場として選んだ
だが、内通者である奴の情報によればノアの条件は純金属を身につけること
この鉄骨は純金属ではなかろうが…、幾分のそれは含まれているはず
もし、全体的な質量として捕らえるのならば…
「…クックック」
「クハッハハハッッハハハハハハッハハハハ!!!」
見事!見事!見事だ!!
眼前に存在する最大の脅威ッッ!死の脅威ッッ!!
恐怖?恐怖!?恐怖!!
俺が感じていると!恐怖を!!
見事!見事だ!!ノア・ゼルディギス!!
俺の眼前に居る男は戦士か!?狂者か!?死神か!?
否!否!!否!!!
純然たる殺意ッッッ!!!
「[天光雷神]ッッッッッッッッ!!!」
雷腕を突き抜け
全身に迸る雷電の激流
「決戦と!行こうではないかッッッ!!」
「ノアァアアアアアアアアアアア!!!!」
「…正義」
「正義ィ!?」
「貴様のは偽善だろうがッッ!!」
「誰かの為の正義は…、正義とは呼ばぬ」
「ならば…、我は世界の正義のために必要悪となろう」
死は、嘆かぬ
ここを死地と、ワシは生きる上で全てを死地と定めたのだ
全てが死地ならば
それが例え寝床の上だろうと
それが例え遊戯の場だろうと
それが例え戦場の中だろうと
ワシは全てを覚悟していた
仲間の死すらも
「天雷轟啼撃」
天すらも
地と成す拳
「ッッッハッッハアハハッッハハッハハハァァ!!!」
狂叫の咆哮
絶喜の相貌
閃光の雷腕
「ぬうるえうぅううえううえうえううううぃあああああああああああッッッッッッッ!!!」
狂憤の咆吼
絶怒の風貌
滅雷の豪腕
鉄骨が弾き跳び
湾境が粉砕され
海面が縦裂し
爆ぜる
「……如何様じゃった」
「…天才と弄ばれ」
「生きてきた俺にとって、貴様との対峙は見事なまでにーー……」
「素晴らしかった」
「…」
「これが闘争か」
「これが生命か」
「素晴らしい」
「もっと早く…、出会いたかった」
「もっと長く、味わいたかった」
「…愚か者め」
「貴様は未来ある平和を望まぬか」
「…捨てた」
「仲間も、友も、何もかも」
「俺は捨てた」
「取り戻そうとはせぬのか」
「取り戻す?」
「…そうか、その手もあるのだな」
「だが……、俺は全てを捨てる覚悟をした」
「今更だ」
「…ワシはのぅ、小僧」
「お前の後釜となった時、始めに考えた」
「お前はどうして軍を裏切ったのか」
「お前はどうして人生を捨てたのか」
「だがしかし…、ワシは頭が良ぅないのでな」
「全く解らなかった」
「最期に、その答えを教えてくれぬか?」
「…答えなど、ない」
「ただ己の望むがままに生きてきた」
「何もかもを、捨ててまで」
「仲間の為に、と」
「そう考えていたが…、単なる我が儘だったのかも知れないな」
「…そうか」
「それだけ聞ければ悔いはない」
雷柱が消滅する
全てが消え失せ、灼熱の紅と化した大地が白煙を上げる
「良き!戦いであった!!!」
豪快な笑い声
腹と腕の無い男は万弁の笑みを浮かべ、砕けた水面へと落ちていく
高き水柱が水面にあがり、ノアを飲み込んでいく
「…最期は、笑うか」
哀愁の表情で、天之川は背後を見る
そこには2人の雷撃で紅く燃え上がる世界があった
「…ぐっ」
そして、その世界に立つ1人の少年
「蒼空よ」
「貴様の目の前に居るは、裏切り者だ」
「敵だ、最上級犯罪者だ」
「さぁ、最後の…、最期の戦いだ」
「熊谷ッ…!」
「……いや、天之川ッッッ!!」
「そうだ、それで良い」
さぁ、最期の戯れだ
始めよう
読んでいただきありがとうございました