偽善と必要悪
ウォータープール前
「…ここからならば、狙撃できるか」
銃を構え、観覧車の上に立つ天之川を狙うソルナ
依然として動かない彼を狙うのは容易だ
「[狩人は狼に襲われる]」
「[狼は自然に屠られる]」
「[自然は狩人に葬られる]
「[輝廻眼狙]」
銃口から噴出した弾丸が天之川へと飛空する
完全な意識外からの攻撃
当たらないはずが無い
「天、浮、物」
しかし、弾丸が天之川へと届くことは無い
完全に速度を失い、ふわりと空に浮いた弾丸が地面へ落下する
「アカンやろ?狙撃とか」
「卑怯いわ~」
「…何故、貴様がここに居る?」
「響 元導」
「お手伝いや」
「手伝い、だと?」
「貴様…、No,5の誘いを断っておいて今更」
「まぁまぁ、ほないな事言うなや」
「…ふん、まぁ良い」
「だがしかし、俺の銃撃を邪魔するとはどういう了見だ?」
「先刻のを貴様が封じなければ当たっていた」
「無理無理!チョーシのったらアカンでぇ」
「アイツなら、外にある雷柱牢壁と同じ技で完全に防ぐ」
「撃つだけ無駄や」
「…そうか」
「直接、相手取りたいところだが…」
「…俺では勝てぬ、か」
「そうやろうなぁ」
「…まぁ、仕方あるまい」
「響、俺は他の援護に行く」
「貴様は御符術で外の雷柱を破れないか試してみてくれ」
「ん?あぁ、無理」
「…何故だ?」
「私よりも、貴様の御符術の方が可能性があると思うのだが」
「いやいや、ちゃうて」
「お前の相手せなアカン」
「…何を、言っている?」
「理解できぃひんかったか?」
「お前と戦わなアカン言うたんや」
響の周囲を護符が乱舞する
彼を守護するように飛ぶそれは、やがてソルナに切っ先を向ける
「風、弾、撃」
不可視の弾丸がソルナへと放たれる
ソルナは這いつくばるように姿勢を低くするが、背中に何発か擦る
「…どうやら、冗談ではないらしいな」
「ほう言うとるやろ?」
「[神託されし永劫の盾]」
「[神は我を信じ、我を望んだ]」
「[故に我は存在し我は望む]」
「[永劫を、万物を、崩壊を]」
「お前の弱点は詠唱を唱えんかったら技を使えんこと」
「ほなけど、ワイのは詠唱を唱えんでも使える」
「お前の長所は、その威力」
「ワイの短所は威力のなさ」
「ほれを補うには、どうすりゃ良ぇと思う?」
再び、響の周囲を護符が乱舞する
先刻とは比べものにならないほどの量が、だ
(手数で責めてくる気か…)
「[人の罪を癒やす神は罪を呑み]」
「[人の罪を望む神は罪を喰った]」
「[封六柱]!!」
空中より飛来する六つの柱
鎖で連結されたそれはソルナを囲み、防御の態勢を取る
「毎度毎度思うねんけど、それって何処から来てんの?」
「貴様に言う必要はない」
「[神を望むは愚者]」
「[然れど愚者は進む]」
「体」
「[愚者は愚か]」
「[然れど愚か故に直進する]」
「[その行為は愚直]」
「力」
「[神すらも見捨てた行為]」
「[それでも愚者は進む]」
「轟」
「[進みし先に存在するのは]」
「[光か闇か]」
「[否]」
「[無そのものだった]」
「身体強化・攻力付与ォ!!!」
「[呪言弾]!!」
プールの水を振動させるほどの轟声
怒りに満ちた男は銃を構え
狂喜に満ちた男は拳を構える
「何故、裏切った?」
「さぁな?理由なんぞありゃぁせぇへん」
「ただ、そうしよぉ思うたから裏切っただけや」
「何ぞや、問題があるか?」
「…貴様、恥はないのか」
「あの人に教わった事を、全て忘れたのか?」
「覚えとるから、ここに居る」
ソルナは強く目を閉じる
何かを噛み潰すように眉をしかめ、冷静な表情を解く
「貴様は私の名を賭けて消す」
「必ず、絶対だ」
憤怒の形相で響に殺意を向ける
それに対し、響はさらに喜びを表す
「良いのぅ?お前の本気が見れるわ」
「屑が」
「貴様は最早、生きる事すら許されぬ」
「ならば抗うのみ」
「死す前には狂喜の乱戦を」
「それをワイは望む」
「良かろう」
「醜悪な断末魔と共に、散れ」
「断末魔はあげんで」
「終大笑だったらあげるけどな」
観覧車
「…もしも」
「あの時、あの時と考える事が、この頃は多くなった」
「過去に戻ることなど出来ぬのに」
「その、過去の幸せに縋ってしまう」
雷柱により、昼が如き空に輝く星々
それ等を見つめて天之川は寂しげに呟く
「俺は何を間違い」
「何の為に生きてきたのだろう」
とどくはずの無い星々に手を伸ばし、掌を握る
「いや、もう…、意味の無い事か」
「過去に執着して現在を疎かになどできない」
「出来るのならば、どれほど楽だろう?」
「それが出来ぬから、ワシ等はここに立っている」
天之川を覆う影
彼の視線が影を追い、やがて影の主へと辿り着く
「そうじゃろう?」
「…ノア、か」
「どうして、才ある者ほど道を踏み外すのか」
「No,2、No,3、そして貴様も」
「才あるが故に」
「気付いてしまった」
「…貴様も、か」
「ワシは、こんな老害になるまで気付けなかった」
「世辞にも才ある者とは言えまいよ」
「だろうな」
「事実を知っても、なお軍に着いている」
「才のあるないに関わらず」
「貴様は愚かだ」
「事実、か」
「ワシは正義には生きておらぬ」
「ただ、平和を望む」
「ならば何故、未だに軍につく?」
「軍は均衡を作っている」
「それを崩せ、と?」
「あるかないか解らぬ平和の為に?」
「偽りの正義だとしても、か」
「それが正義であるのならば、それで良い」
「…だから、貴様は才が無いのだ」
「偽りなど、いとも簡単に崩れ去ってしまう」
「真実は常に強固」
「崩れる事なき鉄壁だ」
「だが、あまりに脆い」
「真実は常に揺るがない」
「故に、嘘で塗り固められてしまう」
「ならば、嘘で塗り固めた真実は嘘か?」
「それを嘘と呼ぶならば」
「真実は何処にある?」
「嘘で塗り固められた真実は嘘だ」
「それを引きはがして再び真実となる」
「引きはがすのは誰じゃ?」
「その過ぎれ役を担うのは?」
「それが、俺達だろう」
「それが、貴様等の正義か」
「あぁ、そうだ」
「貴様の偽善とは違う」
「偽善…、か」
「偽善でも、ワシは皆が笑っていられればそれで良い」
「偽善ならば、何でも良い?」
「笑わせてくれるな」
「少年少女が抱くような理想を、貴様は偽物で染めるか」
「表面上の幸せが全ての幸せか?」
「貴様の理想は世界の理想か?」
「それでは、奴と何も変わらぬ」
「…そうじゃな」
「だが、違う」
「違うのだ」
ノアの表情が苦嘆に染まっていく
天之川は異変に気付き、身構える
「…ワシは、な」
「幸せでも何でもいい」
「例え、ワシが犠牲になっても良い」
「だから、こそ」
「誰もが死なない世界を作りたい」
「空想だと、偽善だと、解っている」
「解っておる」
「それが、真実でないことも」
「…ワシが、幾ら頑張ろうとも時が足りぬ事も」
「解っておるのだ」
「だからこそ、次世代の若者共に託したい」
「それは逃避だ」
「責任を擦り付ける行為でしかない」
「…そうじゃろうな」
「だが、それでも良い」
「これからの若者に託さなければ」
「老害共が全てを担っては、意味がないのだ」
「…貴様と、話をしても意味が解らない」
「老害の戯れ言は理解できぬ」
「老害、か」
「その通りやも知れぬな」
次第に、ノアの拳が雷電を纏う
呼応するように天之川の体躯も雷電を放出する
「話が、長くなってしもぅたな」
「戦ろうか」
「あぁ、そうだな」
「開戦だ」
読んでいただきありがとうございました