夕日に照らされて
「…と、まぁ」
「こんな所かのぅ」
「元老院直属部隊の男、か」
「今でも会うのか?」
「いいや、元老院粛正時に消されたそうじゃ」
「いつしか殴ってやろうと思っておったのじゃが」
残念そうにため息をつくノア
時計を横目で確認し、足に手を添えて立ち上がる
「さて、喋りに時間がかかってしもぅたな」
「茶柱を待たせてしまった」
「おう、そうか」
「悪いな…、語らせちまって」
「何、構わん」
「昔の話じゃ」
「昔、ね」
「そう言えば、こんな写真も撮った」
ノアが分厚い胸板と衣服の間からペンダントを取り出す
そこには髪の長い女性と、顔面に包帯を巻いたノアが映っていた
「…これはお前だな」
「隣の美しい女性は?」
「茶柱じゃ」
「んんぁ!?」
「凄い声が出たのぅ」
「いや!?いやいやいや!!」
「これ!?これか!?」
「うむ」
「貴奴も前戦に出だしてから髪が邪魔だと言い出してな」
「ばっさり斬った」
「うぉおおおおおおお!なんと惜しい事をッ…!!」
「…にしても、美人の悲哀に満ちた笑顔ってのは良いモンだなぁ」
「ん?お前は横で楽しそうに笑ってるっつーのに、何で茶柱は悲しそうなんだ?」
「あぁ、これはのぅ」
「ワシが軍入り初っ端の戦争で撮った写真なんじゃ」
「…待て」
「目が見えてないんだろ、これ」
「それに背中の傷も治ってないだろ?目が治ってないんじゃ」
「うむ、己の限界を見てみたくなってのぅ?」
「相手が相手で、よぅ解らなんだが」
「バーカ!バーカ!!お前バーカ!!」
「両目不見の瀕死で戦場に行くお前バーカ!!」
「馬鹿とは失敬だな」
「まぁ、このときは茶柱もトラウマがあったのだろう」
「酷く口うるさかった」
「トラウマがあろうがなかろうが言うわ!馬鹿か!!」
「そんなモノかのぅ?」
「モノですー!!」
「うむ、モノか」
「学習しよう」
片手に背広を掛け、部屋のドアノブに手をかける
院長が気付いたようにノアへと声を掛ける
「そういやー、そのスティール・ボックスってのはどうなった?」
「戦場で散ったのか?」
「いいや、生きておるよ」
「お前もよぅ知っておる」
「…誰なんだ?」
「そのまんまじゃよ」
豪快な笑い声が扉の向こう側へと去って行く
暫く考えたあと、院長が小さく呟く
「スティール・ボックス…」
「………BOX?」
「いや…、まさかなー…?」
万屋
カランカラーン
「ただいまー…」
「誰も居ない、よな-…?」
「ーーーー…居ない」
「良かっ」
「火星」
「 」
「ちょっと、こっち来なさい」
「…はい」
気まずそうに、織鶴の前まで進む火星
万屋には彩愛は居らず織鶴だけがいつもの席に座っている
「…今回の件、解ってるわね?」
「死なないこと、重傷を負わないことを条件に行かせるのよ」
「え、えーっとだな…」
「どうしたのよ?」
「天之川相手にするの…、駄目でしたー…」
「あははー…」
(…殴られるな、これ)
「…そう」
「解ったわ」
「え?」
「…何?」
「お、怒らないのか…」
「怒る?どうして」
「い、いや、大見得切ったくせに断られて帰ってきたからさ…」
「別に怒ったりしないわよ」
「むしろ、自殺しようとするのをやめてくれて感謝したいぐらいだわ」
「じ、自殺って…」
「そうでしょ?」
「うっ…」
「火星」
「アンタが天之川討伐に加わった理由も知ってるし、それを否定はしないわ」
「でも無理はしないで」
「アンタは秋鋼の雑用よ」
「アンタが居なくなったら…、誰が雑用すんの」
「結局は雑用なんだな?」
「いつも通りでしょ」
「あははは…、確かに」
火星は自らを嘲笑うように苦笑する
織鶴はため息をつき、薄暗くなってきた外を眺める
「…あのね、火星」
「アンタの過去は皆が知ってる」
「アンタが誰かを大切にするのも」
「アンタが誰かを守りたいのも」
「アンタが誰かを助けたいのも」
「解ってる」
椅子が軋む音をたてる
遠くを見つめ、夕日に照らされた女の顔は酷く悲しそうに見える
「…だけど」
「アンタを大切に思ってる人も居るって事を…、忘れないで」
普段の強気な彼女からは感じられない、悲しそうな声
戦場で全てを蹴散らす剛毅な女は、今は悲しみに暮れる女でしかないのだ
「雑用でも…、アンタはここを支えてくれてる」
「皆を支えてる」
「アンタが居なくなったら…、私達は…」
「…私はどうすれば良いのよ」
夕日が滲む
いつの間にか、織鶴は泣きそうな声になっているのに気付いて口を噤む
目元に溜まった涙を袖で拭うが、それは止めどなく溢れ出す
「っ…、情けない、わね」
「情けなくなんかない」
織鶴を包み込む、優しい感触
大きく、男らしい手が織鶴を抱きしめる
「ひ、ひっ!?」
「お前は皆を引っ張ってくれてる」
「俺は支えてるんじゃなくて、お前に乗っかってるだけなんだ」
「それが偶々バランスを取ってる」
「だから、一番、苦労してるのはお前なんだよ」
「それは皆が解ってる」
「だからこそ、皆がお前に着いて行ってるんだ」
抵抗しようと、火星の腕を掴もうとした織鶴の手が下がっていく
その手は火星の手に添えられてぎゅっと彼女自身に抱き寄せる
「…織鶴」
「お前は1人で何でも背負い込む」
「人のこと言えたクチじゃないけどさ…」
「無理しすぎるな」
「お前の苦しみは俺の苦しみであっても良いんだ」
「背負い込みすぎて潰れそうになったら、俺に持たれ掛かってくれ」
「きっと、支えてみせるから」
「うっさい…、馬鹿…」
「臭い台詞……、吐いてんじゃないわよ…」
夕日のせいなのか、織鶴の頬が赤く染まっている
泣きそうになっていた目は安堵に包まれ、優しい目つきとなっている
「ねぇ…、火星」
「…何だ?」
「私みたいな…、乱暴な女は嫌い?」
「…いいや」
「お前が嫌いなら、ここには居ないよ」
優しく微笑む火星
彼の笑顔は全てを柔らかく包み込むような父性の笑顔
織鶴は気がつかないうちに彼の笑顔へと吸い込まれていく
紅潮した2人の頬
火星と織鶴は少しずつ、ゆっくりと互いの顔へと吸い込まれていく
「火星…」
「織鶴……」
カランカラーン
「あのー!」
「織鶴さん居ますか?」
「この前の蔵波の件をお礼に来たんですけど」
「あっ」
「あっ」
「あっ」
「…」
「…」
「…」
「…お邪魔しました」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待ったァアアーーーーーーーー!!!」
「お邪魔しましたーーーーっっ!!」
店の外へと全力で走っていく桜見
ものすごいスピードで声が遠ざかっていく
「ちょ、ちょっと待って!本当に!!」
「織鶴!俺、あの子抑えてくるから!!」
「待ってぇええええーーーーーー!!」
火星も後を追って店を出て行く
店に残されたのはフリーズした織鶴と唖然とした夕夏
「…」
「…えっと」
「お礼に…、ケーキとお金持って来たんですけど…」
「…」
「あ、あのー…?」
「…オ、オカネハイラナイワ」
「ワタシタチガミツケタンジャナイシネ」
「…大丈夫ですか?」
「ダイジョウブダイジョウブ」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」
「…えっと」
「すいませんでした…」
読んでいただきありがとうございました