戦場の正義
「ぐっ…」
呻き声を上げるノア
傷口からは生々しい血が滴っている
「傷が酷いっ…、こんな…っ」
「案ずるな…、命に別状はない…」
「し、しかし…、ノアさんの伝説が…ッ」
「伝説なんぞ…、知った事か…」
「良い…、構うな…」
最早、虫の息で有るノアから発せられる言葉の1つ1つが茶柱の心へと突き刺さる
自分の無力のせいで2人の仲間を殺し、2人の仲間を負傷させてしまった
「ッ…」
悪寒、恐怖、自責
それら全てが茶柱を責め立てる
「う」
胃液が食道を逆流
白黄い液体が茶柱から吐き出される
「茶柱!?」
「げぇっあ……!」
「あ…!あぁ…!!」
「しっかりせんか…!茶柱…!!」
「私のっ…!せいで…!!」
「私のぉ…!!」
「…茶柱のせいじゃぁない」
包帯で顔面を巻かれた男がくぐもった声を挙げる
重傷の体を右腕で強引に起こし、座した状態へと移行させる
「ノア…」
「どうして…、仲間を、市民を見捨てた」
「どうして…、彼等を見捨てた…!!」
「…」
ノアの雰囲気が一変し、怒りに染まった表情を浮かべる
男の憎悪に塗れた声がノアに向けられる
「見捨てた…?」
胃液を袖で拭い、茶柱は視線をノアに向ける
「あの時…!俺を捨て置けば…!!」
「俺を捨て置いていれば…!2人は助かった…!!」
「市民も数人は…!!」
「…貴様は正義の名の下に戦っていたな」
「当然だ!如何なる戦場にも…!」
「正義など無い」
「ッッ!」
「いいや、お前の言う通り正義はある」
「しかし…、正義しか無いのだ」
物悲しげにノアは俯く
まるで、悲劇の結末を知っているかのように
「2つ、或いは3つの正義が交錯する」
「故に争いは起きるのだ」
「正義は1つに在らず」
「複数の正義が対立し、争いが生まれる」
「1つの正義が相手を悪と呼ぶ」
「すると、もう1つの正義が相手を悪と呼ぶ」
「故の悪」
「悪なのだ」
「例え悪でも!正義でも!」
「救うべきは救うのが常だろう!?」
「救えば貴様は死んだ」
「私が死のうとも!誰かが助かれば…!!」
「その[誰か]とやらは、お前の死の上に成り立つ」
「そして怒るのだろうな…、今のお前のように」
「それはっ……」
「なぁ、解るか」
「ワシ等の仲間は大切だった」
「それはワシがよぅ解っておったし、お前等もそうじゃ」
「だが、見捨てた」
「見捨てたのだ」
「ワシは正義よりも、己の命を優先した」
「故にここに居る」
「ち、違います!」
「それは私達を生かすために…!!」
「それも、言い訳にしかならぬ」
「ワシは命が惜しかったのは事実じゃ」
ノアは蹌踉けながらも立ち上がり、2人に背を向ける
「今日、今を持って部隊を解散とする」
「なっっ!?」
突然の発言
包帯に捲かれた男は驚愕のあまり言葉を失い、茶柱も愕然としている
「ワシは行く」
「救援は呼んである、すぐに来るはずじゃ」
「の、ノアさん!!」
「…何だ?」
「どうして…?どうして!!」
「私が無力だからですか!私が!!」
「違う」
「組織の半数は死に絶え、組織の頭は自己保身に走った」
「そのような組織…、あるだけ無きも同じじゃろうて」
「そんな事ありません!」
「…ノア」
「これから、どうするつもりだ」
「正義を捨てた男に、健美な最後など許されまい」
「戦場で無様に生きよう」
「そして、無様に死のう」
「逃げるなよ…、貴様…!!」
男の声に、さらに怨恨の念が含まれる
困惑する茶柱をノアの視線が通り過ぎ、男へと辿り着く
「…逃げる、か」
「逃げねば死んでしまう」
視線を男から地平線の彼方へと向ける
力無く足を踏み出し、もう片方の足を引きずりながら歩いて行く
茶柱の目には、彼の後ろ姿が酷く情けなく見えた
頼りない、情けない男の背中
いつもの頼れる男の背中では無い
敗北者の背中
「ノア……、さん」
「私も行きます」
「来るな」
「来れば、ワシと同じになる」
「敗北者になってしまう」
「構いません」
「私は、貴方を捨て置けない」
「捨て置け」
「貴様は生きてゆける」
「自身を持て、自分の技術に」
「今までワシ等を支えてきたのは、茶柱」
「お前の技術じゃ」
「私1人では何もできない!!」
「出来るようになれ」
「寄生し続けては生きてゆけぬ」
「それでも、私は…!!」
「お話中、悪いが」
「そこまでだ」
ノア達に向けられる大量の銃口
金属音の数に比例する兵士達がノア達を囲む
「何だ…!?」
「ノア・ゼルディギス」
「茶柱 栗東」
「スティール・ボックス」
「各3名を発見した、拘束する」
男の合図により、兵の壁より十数名の兵士が出てくる
傷付き、抵抗も出来ない彼等を拘束する
「誰じゃ!?貴様等ァ!!」
「能力犯罪者組織[ストルフ]幹部のベネゼリオ」
「…いいや?」
「軍最強能力集団のNo,6、ストゥーフリアと言った方が良いか?」
「まぁ、すぐに名は変わるがね」
「軍じゃとォ…!?」
「お前達を拘束することが今回の任務だ」
「国家2つを煽り立て戦争を起こさせるのは苦労した」
「まぁ、どのみち邪魔だったし、餌集めにもなったから一石二鳥だがな」
「…ともあれ、拘束できて良かった」
「残り2人は残念だったよ」
「目的は!?どうして能力犯罪者組織が軍なんぞに関わっておる!?」
「一度に聞かないでくれ」
「目的は先にも行ったが、貴様等の拘束」
「そして、正しくは俺は能力者犯罪者組織ではなく軍の人間だ」
「潜入調査という事さ」
「今回の戦争も貴様等が仕組んだのか!?」
「だから、そう言っている」
「貴様等ァアアアアアアアアアアア!!!」
怒りの豪声
周囲の兵士達が腰を抜かし、壁は総崩れとなる
茶柱も全身を震わせ、その場にへたり込む
怒り
殺意の象徴
この男の怒号は最早、威嚇でも虚勢でもない
これ自体が殺戮の手段と成り得るほどの、殺気
「そうは言われても、俺はこれで元老院直属部隊入りが認められる」
「君達も罪は免除され、されには軍での確約された地位が手に入る」
ノアの怒号にすら、男は動じない
倒れた兵士の鞄から資料を取り出し、ノアへと手渡す
「…何じゃ、これは」
「軍の誓約書だ」
「サインすれば正式に軍入りが認められる」
「するとでも?」
「別に?俺は断られようが、どうなろうが任務は達成したんだ」
男は軽く腕を振るう
その瞬間、茶柱の隣で横たわっていたスティールが絶叫を挙げる
「何をした!?」
「何、少し気管を詰まらせただけだ」
「直に死ぬ」
「やめろ!やめんかッッッ!!」
「先刻は、あぁは言ったが俺も出来れば入って欲しい」
「戦力が必要らしくてね、狩りに向けての」
男は資料をノアの前でチラつかせる
殺意と怨恨に満ちた眼光で男を睨み付け、ノアは誓約書を引ったくる
「むッ!」
己の指腹を噛みきり、その流血で強引にサインをする
男はサインを受け取り「確かに」と妖陰に笑む
「これで軍入りだ、おめでとう」
パチン、と男が指を鳴らすとスティールが一気に息を吸い込み、吐き出す
「これから宜しくな?ノア、茶柱、スティール」
男の笑みが3人へと向けられる
敗北者が、無力者が、負傷者が
軍へと入った瞬間だった
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