証明問題
九華梨病院
自動扉が開き、波斗が駆け入ってくる
十字路で左右を二、三度確認し右へと走っていく
手術室前
「皆!!」
手術中のランプが照らすソファに座る森草
その隣には涙を拭う桜見と彼女を慰める夕夏が座している
「…蔵波は」
「…解らない」
「…そうか」
「蒼空、こっち」
森草は波斗の腕を掴んで、角まで歩いて行く
波斗も察して抵抗せずに着いていく
「…あの後は?」
「No,5の…、ノアって人が来た」
「助けて貰って…、熊谷…」
「…いいや、天之川は逃げたよ」
「…そう」
「無事で良かったわ…」
「…それと、言いにくいんだけど」
「…何?」
「刻 海渉」
「通称[鷹]と呼ばれてる凄腕のスナイパーよ」
「…そいつがどうしたんだ?」
苦々しい森草の表情
波斗の頬を汗が伝って、足下へと落ちていく
「船村先生…、なの」
彼女にとっても否定したい事実であろう事実を唇から漏らす
波斗の目は見開かれ、噛み切りそうになるほど唇を噛み締める
「火星さんから連絡が有って…」
「間違いない、って…」
「くそっっ!!」
少年の拳が壁を殴打する
鈍々しい音が反響し、森草は顔を伏せる
「…その、熊谷も」
「俺のアパートの大家さんもだ…!!」
「えっ…」
「……そう、なの」
波斗の表情は怒りで埋め尽くされていた
気付かなかった自分への怒り
今まで騙されていたことへの怒り
蔵波に害を与えられた怒り
自分の無力さへの怒り
「あぁ、畜生!」
「何で今まで気付かなかったんだ!!」
「…仕方ないわよ」
「私でも…、熊谷が…、その…」
「熊谷じゃない!」
「天之川だ!」
「蒼空…」
この男が言い切った
蒼空が、言い切ったのだ
「…っ」
確かに、もう無理だ
彼等を私のように連れ戻す事はできない
敵
確実に断じて絶対に敵なのだ
私には否定も肯定もできない
友達だった
いつも、蒼空の隣で笑っててる友達
私だって知らない仲じゃない
蔵波を支えてきた奴だ
五眼衆事件では波斗と蔵波を救った
祭りでも桜見ちゃんの為に動いてくれていた
良い奴だ
いいや、良い奴だった
もう戻れないのだ
「…どうして、こんな」
頭の中が掻き回される
思考能力を悲壮感が支配し、回路を分断し再接続
見当違いの方向に接続された回路を戻すのは不可能だ
「…鬼村も」
大家さんも、担任も、友人も
敵だった
俺は何だ?
モルモットか何かか?
周囲に観察されるモルモットか何かか?
君の両親は白羽さんと美穹さん
彼等は君の親であり
制作者だ
「…チッ、そうかよ」
そうだ、俺は作られたんだ
解らない
無造作に書く証明問題と同じだ
材料が揃ってるだけ
答えなど1mmも解らない
だけど、書く
だけど、予想する
俺は作られた
この時点で信じられない話だが、こうでも仮定しないと話が始まらない
俺は両親、つまりは制作者だ
白羽さんと美穹さんだな
そして13人目と言われたのだ
他にも12人の誰かが居るのだろう
夢の女や祭峰、彼等も恐らく同族だ
俺の夢に侵入してきたのだから
…いいや、正しくは俺の夢ではなかったか
じゃぁ、あそこは何だ?
考えられるのは、集会場だ
俺と同じ人達が集まることが出来る場所
そんな所だろうな
…待て
確か、確かだ
祭峰さんは俺だけの空間とも言っていた
俺だけ?
陰と陽とでも言うべきかな
君の他の、12人は
いいや…、13人は陰
君は陽だ
例えるならば+と-
2つは正反対の存在だ
だけど同じ存在
「…特別?」
俺は特別なのか?
いいや、特別と言うよりは[異端]かもな
俺は異端の化け物だ
「…異端、か」
「蒼空?」
「…なぁ、委員長」
「俺は化け物か」
「え?」
「俺は化け物か?」
「ば、化け物って?」
「もしも、だけどさ」
「俺がツクリモノだとして」
「俺がゾウケイブツだとして」
「俺がサクヒンだとしたら」
「俺は化け物かなぁ」
「…どういう事?」
「…俺が」
「人間じゃなかったら、どう思う」
問い
簡単な問いだった
答えはない
ただ、何と答えて良いかは解らない
だから、率直な意見を述べる
「人間じゃなくても」
「化け物でも、何でも」
「蒼空は蒼空」
「他の何でもないし」
「他以外の何でもない」
かつて、彼が私を救ってくれたように
私が彼の救いとなれるのならば、そう答えよう
「…ありがとう」
波斗は微笑み、椅子に腰を下ろす
「…俺って馬鹿なんだな」と、小さく呟く
ピーーーーーッ
細長い音をあげて扉が開く
中から白衣を着た男が出てきて、桜見の前に立つ
「あ、あの」
「息子との約束でしてね」
頭を掻き、蔵波の父親は桜見に頭を下げる
「次に私の手術を受けるときはモノを切っても良いという約束でしたが」
「将来のお嫁さんが居るので止めておきましたよ」
「昔から厄介事に首を突っ込むのが好きでしたから、息子は」
「蔵波君は…?」
「あの息子は殺しても死にませんよ」
苦笑する蔵波の父親
その言葉を聞いて桜見が顔を勢いよく上げる
「蔵波は!?」
「そうですね、数週間で退院です」
「見た目ほど傷は酷くないんですよ」
「良かったね!桜見ちゃん!!」
「良かった…!」
「本当に…!!」
「はぁ、馬鹿息子がお世話になったね」
「君が彼女だね?」
「あの時、訪ねてきた」
「えっ、そ、それは……」
「はっはっは、将来安泰だ」
嬉しそうに蔵波父は笑い、歩いて行く
ただ残されたのは慌てる夕夏と顔を真っ赤に染めた桜見だけだった
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