波斗とノア
九華梨公園
波斗は、言いしれぬ感覚に襲われていた
眼前には拳と胸部から血を流し立ち尽くす男
友人が天之川で、大家が最上級犯罪者で
Noと最上級の戦い
そして、敵の撤退
最早、波斗の状況理解許容範囲を遙かに超えた
脳が思考を拒絶し、考えることができない
そんな彼の目に映ったのはノアだった
どうして良いか解らないが、自然と口から声が漏れていた
「…あ、あの」
「ぬはははははははは!!!」
公園の静寂を破壊する豪笑声
波斗は急の事に驚いて尻餅をつく
「うむ!中々に良い戦いであった!!」
「久々に語り合う敵!戦場ではなき戦闘!!良い!!」
「誠に良い!!」
「…へっ」
「む?お前は、確か」
「あぁ、そうじゃ」
「蒼空だったか」
「…の、ノアさん」
「アイツは…」
「逃げたじゃろう」
「今から追っても無駄じゃな」
「…そうですか」
「友人だったのだな」
「この辺りの学生か」
「…はい」
「うぅむ、そうか」
「よもや、軍本部近くの学校に学生として紛れ込んでおろうとは」
「…お前、怪我は?」
「ない…、ですけど」
「友人が…」
「…その友人」
「軍関係者か?」
「え…?」
どうして、そんな事を?
そう言おうとした波斗の喉が詰まる
そうだ、そうだった
軍関係者以外に能力を見られれば…!!
「そ、それは…」
言えない
追えば蔵波は殺される
きっと、委員長だったら上手く隠してくれただろう
それを俺は…!!
「…っ」
「言えぬか」
「…はい」
「……ふむ」
「調べれば解る事じゃ」
「下手に隠せばお前の身が危ないぞ?」
「…言えません」
「…今、ワシは総督代行じゃ」
「この場でお前を殺す事もできる」
「尤も、喋れば別じゃ」
「…言えないです」
波斗の眼前に雷電が散る
突き付けられた拳に紫電が舞い、波斗の額の汗に反射する
「最後のチャンスじゃ」
「どうする」
「言えません」
「うむ、そうか」
「惜しいのぅ」
バチィンッッ!!
景色が目から離れていく
まるで空間を裂いたような闇が襲ってくる
空を見上げる
景色が急激に遠くなった
見上げて、見えたのは空だった
「良いな、小僧」
「うぅむ!良い」
「…あっ」
「あれ?」
「しかし軟弱じゃのう」
「デコピンで気絶してどうする?」
「で、デコピン?」
嘘だろオイ
硬球が直撃したのかと思ったぞ
「ぬっはっはっはっは!!」
「少しは体を鍛えぃ!日本人は軟弱でいかん!!」
「い、いや…、貴方が凄すぎるだけと思うんですけど…」
「そうかのぅ?」
波斗の額から、血が滴り落ちる
やっぱり出血してるのか!と急いで拭き取るが、傷はない
「……」
「うむ?どうした」
「ノアさん」
「腕、見せて貰っても良いですか」
「ほれ」
突き出された腕は肌色が赤く染まっていた
血が拳を指を爪を染め、服にまで染み渡っている
弾丸が貫通しているのだろう、傷口からは骨や肉が見えている
「うげぇっ!?」
「あぁ、そう言えば撃たれたな」
「放っておけば治る」
「治りませんよ!何言ってるんですか!!」
「まぁ、見ておれ」
ノアの力んだ声と共に、波斗の見る景色を爆雷が白く染める
「どうじゃ」
得意げにノアは波斗へと手を見せる
傷口は高熱の電撃によって防がれていた
しかし、逆に生々しい傷口が強要されている
「…おえっ」
「吐くな吐くな」
「ほれ、しっかりせんか」
バチィン!と乾いた音
波斗の背中から胃にかけて激しい衝撃が襲う
胃酸どころか、胃まで引っ込むかと思った
「…しかし、なぁ」
「お前は良いな」
「よ、良いって…?」
「友を見捨てぬ、その心意気」
「うむ!良い!!」
満足そうに豪声を挙げる初老の男
初老とは言え、この男と成人男性100人が喧嘩しても、どちらが勝つかなど目に見えている程だが
「今回の件は見逃してやろう」
「い、良いんですか?」
「良い!」
「言ったじゃろう?ワシは総督代行」
「少しばかりの不正はバレぬよ」
「ば、バレ…」
「良いのじゃ」
「そもそも、先々代の総督思想がワシは間違っておると思って居る」
「能力はなぁ、もっと世に出るべきだ」
「確かに問題も起きよう、避難もされよう、苦しくもなろう」
「然れど、もっと世に出て然るべきなのだよ」
難しいパズルを眺めるように、ノアは言葉を紡ぐ
懐から指ほどもある葉巻を取り出し口に加える
「回復能力、属性能力、身体強化能力」
「その他にも様々な物が能力として存在する」
「先々代の総督はそれを危険と見なしたのだが、ワシは違う」
「有効活用すべきなのだ」
「能力は発動条件さえ満たせば、半永久的に使用できる」
「人の世を確実に進歩させる技術だ」
「何故、それを危険と見なす?」
「何故、それを世に出すことを憚らせる?」
「え、えぇ…」
「…」
この人は、俺に語りかけてない
テストで計算式を確認するのと同じだ
確認のために口に出しているだけ
言っていた、この人は
自分は必要悪である、と
自分も聞けば「なるほど」と思う
だけど、そんなに簡単じゃない事も解る
きっと、この人が考えていることは世の中を良くするだろう
でも今の世の中は能力を異常なまでに縛っているからこそ、存在しているワケで
もし、それが世の中に出れば世の中が慣れるまで何年の月日が掛かるだろう?
もし、それが世の中に出れば世の中が認めるまで何年の月日が掛かるだろう?
もし、それが世の中に出れば世の中が怺えるまで何年の月日が掛かるだろう?
俺には解らない
きっと、どれほど思考を重ねても
「…む、話が逸れたな」
重く渋々しい声が波斗の思考を中断させる
ふっと顔を上げてノアを見る
「さて、ワシは捜査網を広げるかのぅ」
「無駄じゃろうが気休めにはなろう」
不動だった初老の男は1歩を踏み出す
波斗も意思のように固まっていた腰を起こして立ち上がる
「お前は家に帰れ」
「これからはワシがどうにかしよう」
「は、はい」
待て
「…!」
そうだ、待て
まだ聞くべき事があるはずだ
「…ノアさん」
「何じゃ?」
「俺が13人目って…、どういう事ですか」
ノアの目つきが鋭い眼光を含む
「教えてください」
「俺は、もう無知は嫌だ」
「…そう言えば、昔、ワシの知り合いも言っておったのぅ」
「「無知は罪だ」と」
「…知ってるんですね」
「いんや、知らんよ」
「…はい?」
「ワシもな?上辺だけの薄っぺらい情報しか知らんのだ」
「それで聞き出せればと思ったが、逃げられてしもうた」
「…嘘ですか」
「いや、本当」
「…はぁーーーー…」
気の抜けたため息が波斗から溢れ出す
ノアは「すまんのぅ」と苦笑いしながら波斗に謝る
prrrr
「電話が鳴っておるぞ」
「あぁ…、はい」
「もしもし…」
電話口から漏れる女の声
波斗の目が見開かれ、すぐに電話を切って懐にしまう
ノアに視線を向けると、ノアは行けと手で合図をする
それを見て波斗は闇の中へと全力疾走していく
「…はぁ、騒がしい小僧じゃなぁ」
「全く、あれの中に憑神が居ったというから驚きじゃのう」
ノアは葉巻を投げ捨て、踵で消火する
空に巻き上がる白煙を見て、ため息をついた
読んでいただきありがとうございました