然る後
森草の家
「…」
「せ、セントさん…」
「信じてまス」
「私は信じてますかラ」
森草の家には大勢の検察官が居た
ゼロの裏切りによって、彼の痕跡が徹底的に調べ上げられているのだ
「…すまないね、君達」
「だが…、仕方ない事なんだ」
「解ってます」
「ゼロさんはそんな事しないって私は信じてまス」
「…生きてただけで、私は感謝ですかラ」
「…そうか」
万屋
「…大変な事になったな」
「…えぇ」
暗鬱な空気に包まれる万屋
そこには鉄珠、彩愛、蒼空の姿はなく織鶴と火星の姿があるのみである
「お前の命令通り、蒼空君には、まだ伝えてない」
「鉄珠と彩愛には蔵波君の捜査を一端打ち切って、ゼロの方に回すように伝令した」
「これで良いんだな?」
「えぇ、充分よ」
「ご苦労様」
「…どうなるんだろうな、軍は」
「今はノアが代理で指揮を執ってるけど…」
「アイツだって立場はNo,5だ」
「いつまでもは…」
「…No,3の葬式でNo,3が裏切り総督死亡?」
「ネタ話にもなりゃしないわ…」
「…セントちゃんは大丈夫かな」
「大丈夫よ」
「あの子は、強いから」
「だと良いけど…」
「問題は布瀬川ね」
「…アイツからすれば、親友が姉を殺したんだ」
「まだ確定じゃないわよ」
「だけど…、ほぼ確定みたいなモンだ」
「アイツ以外に殺せる人間はいない」
「…他の能力者、という可能性もある」
「それに…、死体を操る人間も居るのよ」
「あの、ロンドンのハデスに属してたっていう?」
「…可能性としては、ね」
「雨雲が倒したらしいけど、そんな能力の使い手が戦場に直接的に赴いてくるとは思えない」
「あまりに[可能性]が多すぎて…、何も言えないのよ」
「…もしも、だ」
「もしゼロが裏切っているとして…」
「天之川達についていたら…、どうなる?」
「軍は壊滅するわ」
「間違いなく、ね」
「…そうか」
「それをさせないために居るのが、私達とNoよ」
「…解ってるわね?火星」
「…あぁ」
「天之川達の足取りを掴む」
「全力で、だ」
軍本部
45F総督執務室
「…慣れんな、この机は」
「一応は代理だ」
「そこに座っててくれ」
「…だがのぅ、ウェスタ」
「ワシなんぞよりも、お前やゴルドンの方が…」
「俺達には支部がある」
「だが、本部を放ってはおけない」
「だから信用性もありNoという地位もあるお前が代理というのが適策なんだよ」
「だが、代理でしかない」
「ワシもNo」
「いつまでもは座れぬし…」
「…仕事もある」
「仕事?」
「前任者は後任者が始末をつける物じゃ」
「…あぁ、そういう事か」
「じゃが、ワシも歳じゃからのぅ」
「…もしやすれば、Noの欠番が増えるかもしれんな」
「…縁起でもないこと、言うなよ」
「仕方なかろう」
「伝説なんぞと言われたのは昔」
「今はただの老いぼれ」
「…世代交代の波が迫っておるかもしれんな」
「…まだまだ頑張って貰わなきゃなんねェぞ」
「今、軍は危機に瀕してるんだ」
「危機、か」
「違うのぅ、断じて違う」
「…何?」
「危機ではない」
「転機だ」
「…どういう意味だ?ノア」
「軍は変わる」
「全てを巻き込んで、混沌の内に」
「ノア…?」
「…ワシには全ては解らんよ」
「だが、だが…、だ」
「それが正しいのかどうかも解らぬからこそ」
「ワシは見つめ続けるしか無い」
「老いぼれのように、老いぼれが故に」
「老いぼれだからこそ、な」
「…お前、何を」
コンコンッ
「構わんよ、開いている」
「…失礼する」
扉を開けて入ってきた男は鋭い眼光をノアへと向ける
ノアは無揺に腕を組み、その男と対峙する
「元老院直属部隊隊長、シヴァ」
「No,5、総督代理」
「ノア・ゼルディギスだ」
「神無総帥の使いで参った」
「用件は?」
「No,5の総督代理を承認」
「そして、言伝を」
シヴァは懐から手紙を取り出し、ノアへと手渡す
一度シヴァに視線を向けてノアは手紙を受け取る
「…「私は今、別件で動くことができない」」
「「だからノアさんに暫くは総督権限を託します」」
「「最重要の件としては、祭峰よりも天之川を優先してください」」
「「祭峰は元老院直属部隊にお任せを」…、か」
「ふむ、なるほど」
「これだけを伝えるために隊長が態々出てきたのか?」
「…私が言うのも何だが」
「他の者達は少し人格的に問題が多い」
「少なくとも対峙して不快感を抱かないのは私の他に1人程度だ」
「ふむぅ、まぁ珍しい事でもあるまい」
突如、凄まじい雷音
ウェスタは驚きのあまり体をびくりと震わせるが、シヴァは動じずただ姿勢を保つ
ノアの掌から灰燼が灰皿へと落ちていく
「…良かろう、承諾した」
「だが…、天之川についてはワシが直接に出向く」
「良いのか」
「奴の恐らく…、雷属性系統最強だ」
「貴様の能力では…」
「経験で補う」
「あの若造には負けぬよ」
沈黙
ノアの発言と共に、重々しい沈黙が執務室を包み込む
「…」
「…」
「そ、それじゃ」
沈黙に耐えきれず、口を開いたのはウェスタだった
「用件は以上か?元老院直属部隊隊長」
「…あぁ」
「ノア、俺は一時ロンドンに帰還する」
「何か助勢できることがあれば言ってくれ」
「うむ、解った」
「ゴルドンは?」
「既にロシアに」
「全支部に情報伝達、並びに各地の支部への伝令に動いてくれている」
「…そうか、うむ」
「では、私は失礼する」
「これから任務があるのでな」
「シヴァよ」
「最後に1つ」
「何だ?総督代理よ」
「あるプログラムを偶然知って、それについて調べていたワシの部下がおった」
「その者が消息を絶って、もう数年になる」
「恐らく…、もう死んでおるじゃろうな」
「何か知らんか?」
「行方不明者など、珍しくもあるまい」
「[完全自立型兵器]」
「…知るまいな?」
「何の事だかな」
「こちらでも少し調査してみよう」
「そうか、有り難い」
「頼むぞ」
「あぁ、承知した」
「では失礼する」
出て行くシヴァの後ろ姿をノアは凝視し、最後まで見ていた
ウェスタはノアに声を掛けようとして、少し躊躇ってから黙って部屋を出て行った
ノアは椅子から腰を上げ、窓から地下街を見つめる
静かに息を吐き、小さく呟く
「…全てが動く」
「軍も、世界も、歴史も」
「全てが」
「ワシは傍観するしかない」
「ただ、この老いぼれには…、それしか残されていないのだ」
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