問答
旧雨雲邸
「…貴様を殺せば、逃れられるのか」
「貴様を殺せば、俺は逃げられるのか」
「貴様を殺せば、俺はあの時の貴様等の嘘を見破れるのか」
暗室に差し込む月光
その月光に照らされる紅い刀
「あの時、貴様等の言葉を疑っていれば俺は…」
「…俺は、貴様等を信じるべきではなかった」
「卯琉が罪を被った?いいや、違う」
「貴様等は卯琉の、俺に対する感情を利用し罪から逃れた」
「全てを彼女に擦り付けて」
「………違うか?シーサー」
「…いいや、雨雲 卯扇」
「…」
壁にもたれ掛かる、紅い肉塊
臓物と肉と血で埋め尽くされた、それを人と呼ぶ
だが、その人には本来あるべき2つの眼球は1つしかない
在るべき物の無い虚ろからは血が滴り落ち、全身の傷からも同じように血が滴り落ちている
「返答は無し、か」
「貴様等はいつから、俺を騙していたのだろう」
「貴様等はいつから、俺を嘲笑っていたのだろう」
「貴様等はいつから……」
「……いいや、考えるだけ無駄か」
「失った時間は取り戻せない」
「今、俺は何をすべきなのだろうな」
「過去を、忘れ去る事だろう」
「…火星か」
「そこまでだ、雨雲」
「幾ら何でもやり過ぎだ」
「何とでも言うがいい」
「俺は裏切り者だろうが何だろうが、成り果ててやる」
「全てに復讐するまで」
「…在り来たりな台詞だが、裏切った後はどうするんだ」
「裏切りこそが目的」
「それ以上は望まないし、望もうともしない」
「楓ちゃんはどうなる」
「…俺達と出会う前に戻るだけだ」
「あの子は捨て子だった」
「能力を持ったが故の迫害」
「珍しい事じゃないだろう」
「お前が拾ったんだろ」
「あぁ、そうだ」
「それを捨てるのか」
「捨てる」
「彼女も、望んで着いてきたんじゃない」
「…信じられないな」
「責任感が強く、人望もあったお前の吐く言葉とは思えないよ」
「醜いだろうな、今の俺は」
「信じられないほどに醜悪で凄惨で賊陋だ」
「自覚しているのならば…」
「自覚しているからこそ、今、俺は俺で居られる」
「全てを捨てて全てを認めず生きている、今を」
「今まで許されなかった事を今している」
「それぐらいは許されるだろう?」
「許されないさ」
「絶対に許される事はない」
「…何故?」
「お前は、その立ち位置に立たった」
「もう決して離れられない」
「人は、自分が、他人が、世界が決めた立ち位置に立つ」
「そしてそこを離れる事を許されない」
「決して、決して許されない」
「離れる事が出来るのは全てを捨てた時か」
「死んだときだけだ」
「ならば、俺は全てを捨てよう」
「お前の独断で捨てられる物ばかりじゃないんだよ」
「ならば、どうしろと言うのだ」
「それは俺が答えられる事じゃない」
「お前が決める事だ」
「結局は、俺自身か」
「お前の人生だからな」
「お前以外に誰も干渉できないよ」
「干渉?既にされたさ」
「俺の過去はコイツによってねじ曲げられ」
「俺の過去は全てが奪われ」
「俺の過去は無に帰す事となった」
「それが、お前の人生だろう」
「あぁ、そうだ」
「だからこそ消すのだよ」
「過去を、全てを」
「お前1人に何が出来る」
「過去を消すことぐらいだ」
「…それしか道が無いわけじゃないだろう」
「数多の道から、俺はそれを選んだ」
「邪魔するのであれば貴様も例外ではなく抹消させて貰う」
「…っ」
「取るに足らぬ事だろう?それは」
「コイツを消すならば俺を消してからにすると良い」
月光を遮る影
雨雲がその影の正体を見ると同時に、彼の脇を2人の人影が駆け抜けていく
「西締さん!」
「解ってる的な!!」
波斗と西締はシーサーを抱きかかえ、窓から飛び出して行く
雨雲は一瞬、彼等に視線を移すが再び鎖基へと戻す
「火星、作戦は成功だ」
「貴様も下がれ」
「…任せても大丈夫なのか」
「あぁ、問題ない」
「…解った」
火星も同じく、窓から飛び出して行く
鎖基はそれを確認し雨雲へと近付いていく
「貴様の先刻の問答、嘘偽りは無いな?」
「当然だ」
「…楓を捨てるというのも?」
「あぁ」
「そうか、そうか」
「そうか、あぁ、そうか」
鎖基は点頭を繰り返す
拳を握りしめ、ただ目前の男に返答する
「クズが」
「貴様は最早、ユグドラシルの名を背負う事すら許されぬ」
「クズで結構」
「ユグドラシルの名など、虚無に塗り固められた看板を背負うつもりなど無い」
「…どうやら、我は甘かったようだ」
「この者ならば、改心するだろうと思っていた」
「甘い、甘い、甘い」
「甘ったらしい考えだった」
「シーサーの、あの無惨な姿を見たときに覚悟を決めるべきだった」
散影する火花
呼応して雨雲の刀の鞘が金属音を立てる
「仲間」
鎖基の口から零れる言葉
「友」
その一言毎に、拳の火花が増していく
「貴様に抱いていた感情は、最早…、家族のそれよりも大きかったのかも知れない」
「だが、だが、だ」
「貴様はそれ等を全て切って捨てるというのだな」
「諄い」
「良かろう」
遂に鎖基の拳は炎を纏う
しかし却って目は冷水の如き冷ややかさを纏う
「貴様を敵と認識し」
「これより殲滅を行う」
「結構」
「俺も貴様を敵と認識しよう」
「来るが良い、鎖基家最後の生き残りよ」
「我が一族の誇りに掛けて、貴様の一族を滅そう」
「…疾うに遅かったのだな、雨雲よ」
「今更だ」
玄関前
車内
「救急救命道具がある!それでシーサーを手当てしてくれ!!」
「は、はい!」
「傷が酷いっ…!こんな…!!」
「生きてるんですか…?」
「生きてる!」
「は、はいっ!」
「外傷は酷いけど、中身は無事的な」
「…全部、斬撃による物的な」
「あ、雨雲さんも手加減してたんですね」
「流石に本気で…」
「…」
「…」
沈黙と静寂に包まれる車内
波斗は何かまずい事を口にしたのか、と周囲を見渡す
「…手加減してるのなら」
「こんな酷い斬撃痕は残らないよ」
「それに…、片目を抉られてる」
「雨雲は…、本気でシーサーを殺そうとしたんだろう」
「…えっ」
「…アイツは、もうユグドラシルの雨雲 卯月じゃないよ」
「ただの殺戮者だ」
火星の言葉をかき消すように、屋敷から業炎の柱が上がる
月光より輝くそれは天を貫き、空高く聳え立つ
「…業炎鎧」
「な、何ですか…、それ」
「…本気だ的な」
「鎖基は本気で雨雲を殺す気的な…!!」
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