料理中のトラブル
居間
「き、綺麗になってる…」
「ちょっと、掃除させて貰いました」
「凄いよ!まさか、ここまで綺麗になるとは…」
「君は執事か何かかい!?」
「流石にそこまではいきませんよ」
「ちょっとゴミを掃除しただけなんで」
「そうか…、ゴミはそんなに溜まってたのか」
「そうですよ、掃除しないと」
「不衛生ですし、身体にも危険がですね…」
「はいはい、解りましたよ」
「さて…、と晩ご飯の準備をしよう」
「あぁ、手伝います」
「料理できるのかい?」
「まぁ、1人暮らしなんで」
「ご両親は?」
「…幼い頃に」
「そうか…、辛かったね」
「いえいえ!今では支えてくれる人も居ますから」
「それは良かった」
「…じゃぁ、今日は焼き魚から少し変更しよう」
「変更するんですか?」
「ミートスパゲティ…、なんてどうかな?」
「おぉ!美味しそうですね!!」
「君が手伝ってくれるのなら、少し手の込んだ物を作ってみよう」
「良いかな?」
「是非とも喜んで!」
台所
「じゃぁ、ミートスパゲティを作ろうかな」
「私が具材をみじん切りにするから、君はパスタを茹でて欲しい」
「はい、解りました」
台所のシンクは美栗に合わせてか、波斗の部屋のそれよりも低い
イスに座った美栗と波斗では一段と高さに差があるが、2人は順調に作業を進めている
ジュゥウーーーー…
芳ばしい匂いが台所に充満する
美栗は慣れた手つきで具材を炒め、波斗も慣れた手つきでパスタを茹で具合を見ている
「よし!」
「茹で上がりましたよ」
「こっちも、そろそろ…」
ガタァンッッ!
「きゃっっ!!」
「危ないっっ!!」
バランスを崩した美栗の上に覆い被さる波斗
波斗の背中には熱せられたフライパンと熱湯が降り注ぐ
ジュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!
「ぐがぁあああああああああああああああああ!!!!」
「ーーーーーーー…!!!!」
「…君!蒼空君!!」
「…っっ」
「美栗さん……」
「大丈夫かい!?蒼空君!!」
「今、救急車を!!」
「呼ばなくても大丈夫です…」
「駄目だよ!君は大火傷を…」
「暫くしたら治りますから…」
「そんなはずはない!!」
「君の傷は…!!」
「…何をしているのです?」
「「!」」
2人の背後に立つ男
男は買い物袋を下げており、呆然とした表情で立っている
「盛んなのは構いませんが…、美栗」
「高校生に手を出すのは納得できませんね」
「ち、違うんだ!釜藁!!」
「彼が僕を庇って熱湯を…!!」
「…!」
「退いてください、美栗」
上着を乱雑に投げ捨て、釜藁は蒼空を持ち上げる
「ベットへ運びます!」
「水と氷!それと救急車を!!」
「う、うん!!」
寝室
「大丈夫ですって…」
「大丈夫な物ですか!」
「見た所、パスタの類いでも作っていたのでしょう!?」
「熱したフライパンと熱湯…」
「熱湯は沸騰したお湯!つまりは100℃以上…!」
「本来なら皮膚だけ…、では…」
釜藁は言葉に詰まる
何故なら、波斗の背中に一切の傷が無いからだ
「コレは…」
「お、お湯じゃなくて水だったんですよ」
「俺がミスしてて…」
「…気付くでしょう、普通」
「俺、鈍感で……」
「…」
顎に手を当て、考え込む釜藁
暫く考えた後、重々しい口を開く
「…」
…流石にバレたか?
言い訳にしては苦し過ぎるだろうか…
…だが、不可解だ
俺の治癒力はこんなに強力だったか?
何か、パワーアップしてるような…
「…君は?」
「え?」
「おっと、失礼」
「私から名乗るべきでしたね」
「私は釜藁 夕壬朗」
「探偵業を営んでおります」
釜藁が服を正し、懐から名刺を出すまでに3秒
流れるような作業だ
「あ、ど、どうも…」
波斗は頭を下げながら名刺を受け取る
いかにも探偵と言うロゴの入った名刺である
「お、俺は蒼空 波斗と言います」
「隣の301号室に引っ越してきまして…」
「そうか、蒼空君…」
「彼女については知っていますね?」
「は、はい」
「釜藁さんはどうして?」
「いえ、私も彼女の夕食がまだだろうと思い買ってきたのですが…」
「あの様な事になってるとは思いませんでしたよ」
「お、俺も何が何だか」
「しかし、彼女が無傷と言う事は…」
「庇ったんですね?」
「と、咄嗟の事で」
「見上げた根性だ」
「素晴らしい」
「ど、ども…」
(…騙せたか?)
「部屋が綺麗になっているのも君が?」
「ゴミを片付けただけですけど…」
「…彼女は足が不自由なのもありますが」
「ゴミを溜める癖がありまして」
「あぁ…、なるほど」
「私も偶に来ては掃除しているのですが、数十倍の早さで散らかるのです」
「…何となく解ります」
「下着の山に埋死しそうになったり」
「俺もなりました」
「そうですか…」
「…彼女も女性なのだから、少しは恥じらいという物をですねぇ」
「全くですね…」
「そう言えば、釜藁さんと美栗さんのご関係は?」
「あぁ、彼女は私の探偵事務所の助手なのですよ」
「助手ですか」
「情報収集の面において秀でた物がありまして」
「あの様な状態でも充分すぎる程に私を支えてくれています」
「凄い方なんですね」
「えぇ、全く」
「…烏滸がましいとは思いますが」
「貴方は彼女の隣人だ」
「私より近い存在です」
「そ、そんな…」
「謙遜なさらず」
「彼女の体の事は彼女自身が最も解っています」
「しかし、それ故に無茶をしてしまう事もある」
「ですから…、これからも彼女を支えてあげてくれませんか?」
「…はい!」
「貴方になら、任せられますね…」
「…?」
「いえ、こちらの話です」
「…その前に」
「?」
「か、釜藁!こここここ、氷はどのくらい要るんだ!?」
「桶か!?樽か!?」
「み、水は風呂に入れた方が良いのか!?」
「救急車は110か!?」
「彼女を止めましょうか」
「ですね…」
読んでいただきありがとうございました