少女と男
裏路地
日の当たらない裏路地
波斗とベルアは見回りの最中、ここに来ていた
「何か有りましたですか?」
「…見ない方が良いです」
口を塞ぎ嘔吐感を抑える波斗
影で色こそハッキリ解らないが、それは確実に血
バケツで壁に叩き付けたかのように広がった血は既に赤黒く変色している
「乾いてるって事は、大分前なんだよな…」
「こんな量…、もう…」
「…あの?」
「ベルアさん、そこで待っててください」
「絶対に、こっちには来ないで」
「は、はいです」
prrrrr
『どうした、蒼空』
「ウェルタさん、報告が」
『言ってくれ』
「路地裏で大量の血痕を発見しました」
「もう固まってますけど、血の量的に怪我を負った人は…」
『…死亡連絡は入っていない』
『行方不明者なら入っているが…』
「…解りました」
『死体はあるか?』
「いえ、死体は無いですけど…」
『…恐らく、人形師の仕業かも知れない』
『気を付けろ』
「はい」
プツッ
「ベルアさん」
「近くに人形…」
「大変です!蒼空君!!」
「女の子が逃げ遅れて…!」
ベルアが抱えている1人の少女
「えぇ!?」
「…どうします?」
「…私なら大丈夫」
「何言ってるんですか!」
「早く避難しないと危険なんですよ!?」
「大丈夫だもん」
駄々を捏ねるように、少女はベルアの腕の中で暴れ出す
「駄目だってば!」
「本当に危ないんだよ!?」
「私は大丈夫」
「だから!」
「その餓鬼を離してやってくれないか」
「え?」
ひょいと軽々しく持ち上げられる少女
ベルアの背後に立つ男は掴んだ少女を地面へと降ろす
「だ、誰ですか!?」
「俺か?」
「バムっが」
男の口にしがみつく少女
「…何をする」
(彼等は軍の人間)
(だけど、悪い人じゃない)
(…闘いたくない、と?)
(うん)
(だが、敵だぞ?)
(悪い人じゃない)
(あのなぁ…)
面倒くさそうに頭を掻く男
(…仕方ない)
「すまない、実は俺達は旅行客でな」
「何が起こっているのか、さっぱり解らんのだ」
「そ、そうでしたか」
「実は避難指令が出されてまして…」
「えっと、地図地図」
波斗はポケットからくしゃくしゃになった地図を取り出す
その中で赤くマークした地点を指さす
「ここが避難場所か」
「はい」
「途中までなら、着いて行けますけど…」
「俺も彼女も任務中なんです」
「ですから、避難所までは…」
「いいや、構わない」
「俺達も途中までで構わないからな」
「案内して貰っても構わないだろうか?」
「はい、解りました!」
(どうするの?)
(途中で別れるのなら、そこから別の道を行けば良いだろう)
(時間は掛かるが…、まぁ仕方ない)
(うん、解った)
「では、行きましょうです」
「はい」
ヒュゥウーーー…
「あ、風」
バサッ
「あぁ!!!」
波斗の持っていた地図が突風によって吹き飛ばされてしまう
「ちょ!地図ーーーっっっ!!」
全力疾走で地図を追う波斗
その様子を見て、少女も男も小さく笑う
「賑やかな仲間だな?」
「は、はいです」
「大丈夫ですか-!?」
「もう少しで!届く!!」
波斗はアタフタと風に飛ばされる地図を追う
その様子に見かねた男が地図をひょいと拾い上げる
「ほら」
「あ、ありがとうございます」
「お見苦しい所を見せて申し訳ない…」
「何、楽しそうで何よりだ」
「早く行こう」
「はい!」
「もう、地図はちゃんと持っててくださいよ?」
「蒼空君」
「あはは…、すいません」
どんっ
「あ痛っ」
「ど、どうしたんですか?」
突然、男は立ち止まる
「…君、名前は?」
「俺ですか?」
「蒼空 波斗です」
「あ、彼女はベルア・ジャスミンさんで…」
「蒼空 波斗」
「はい?」
「13人目」
「ここで会ったのは偶然か?」
「え、えっと?」
「何を言ってるか、よく…」
「…そうだな」
「ベルア…、と言ったかな」
「この子を避難所まで連れて行ってくれ」
「…」
ぺちんっ
少女は弱々しくも男の手を払いのける
「…ミロ」
「駄目だ」
「…何を考えてるの」
「…蒼空」
「俺の名はバムト・ボルデクス」
「「!!」」
「聞き覚えがあるだろう?」
「っ…!!」
「その餓鬼は人質だったが、もう必要ない」
「むざむざ殺すまでも無いだろう?」
(…蒼空君!逃げましょう!!)
(はいっ…!!)
「…バムト」
行け、とバムトはミロに合図する
「…助けて、お姉ちゃん」
「!」
「…」
波斗は指を噛みきり、地面に素早く手を突く
バチィイイイイイイイインッッ!!!
「今です!逃げましょう!!」
3人の目前には空を覆い尽くす程の巨大な壁
波斗の合図と共に、ベルアもミロの手を取り走り出す
ボゴンッ
突如、壁に穴が開く
その穴を通ってバムトは壁を抜ける
「待て」
「蒼空 波斗」
「誰が待つか!」
全力で走る3人
「…夢に出てくる白い女」
ぴくっ
小さく波斗の体が震える
「異常な回復力」
バムトの発する一言と共に波斗の足取りが重くなる
「覚えがあるんだろう?」
「[希望]よ」
「…」
やがて、波斗は完全に歩みを止める
「蒼空君!!」
「…行ってください」
「俺は、アイツに用が有ります」
「駄目です!」
「早く逃げるです!!」
「私達が敵う相手じゃ…」
「それでも!!」
「アイツを相手しなくちゃならない」
「…ツケですから」
波斗は苦笑する
ベルアは、その表情を見て戸惑っている
「…お姉ちゃん」
ミロはベルアの袖を引き、ぼそりと呟く
「早く逃げよ…」
「で、でも…!!」
「行ってください、ベルアさん」
「俺は死にませんから」
「蒼空君…!」
「行ってください!!!」
「ーーーーーーっ!!」
ベルアは強く目を瞑り、決心したように目を開く
「…死なないでください!!」
「絶対です!!」
「…はい」
ベルアはミロの手を引いて、さらに速い速度で走っていく
「…」
「…」
2人の後ろ姿が見えなくなるまで、バムトも波斗も動かない
「…」
「…」
重い沈黙
「…」
「…」
「…俺は2人目でな」
その沈黙を破り、バムトは口を開く
「お前は13人目だ」
「…」
「…意味が解るか?蒼空 波斗」
「解らねぇよ」
「…だろうな」
「お前は俺達とは違う」
「成功した、唯一の…」
ぴたりとバムトは言葉を止める
「…?」
「…そうか」
「全て、貴様の仕組んだ事か」
「…何を言ってるんだ」
「答えられなくなった」
「すまないな」
バムトは懐から煙草を取り出す
それに火を点し、口へと運ぶ
「…実力を見てやる」
「来い」
「…っ」
「臆しているのか?」
「何、殺しはしないさ」
「それに…、真実を知りたいのだろう?」
「だから、残ったのだろう?」
「知りたければ来い」
「俺を満足させられたのなら教えてやる」
「…約束は守れよ!」
「勿論だ」
読んでいただきありがとうございました