慈愛のレットラ
「ユグドラシルの連中、暫くしたら着くそうよ」
「ありがとうございます」
「その腕じゃ、しばらく戦闘は無理ね」
「この万屋で留守番でもしてなさい」
「はい…」
「なぁ、織鶴」
「何よ」
「今回の事件、終わったワケじゃねぇよな?」
「当たり前でしょ」
「むしろ始まってるわ」
「そろそろ、何等かの事件が起こるだろうけど…」
「それ、起こりましたよ」
「…何処?」
「各地で暴走した能力者が暴徒と化してます」
「前回より範囲は狭く、人数も少ないみたいですが」
「解ったわ」
「波斗!貴方は留守番!!」
「行くわよ!火星、鉄珠!!」
「「了解!」」
バタン!
カランカラ-ン
「…はぁ」
「どうしたんです?」
「情けないな-、って思いまして」
「?」
「皆さんは戦ってるのに、俺だけ戦ってないし…」
「来て間もないので仕方ないですよ」
「火星も来て間もない頃は…、はぁ-」
「火星さん?」
「そう言えば…、この万屋って誰から始まったんですか?」
「それは織鶴さんですよ」
「次に鉄珠で、その次に私」
「そして火星です」
「最後は蒼空君ですね」
「皆さん、一斉に集まったワケじゃないんですね」
「順々にです」
「私が来たとき、ここの汚さは尋常じゃなかったですからね」
「アハハハ…」
「御茶でも淹れましょうか」
「お願いします」
「…あれ?」
「どうしました?」
「御茶葉が切れてますね」
「買ってきます」
「しかし…」
「すぐ戻ってきますよ」
「じゃ、行ってきます」
バタン
カランカラ-ン
「大丈夫でしょうか…」
商店街
「御茶葉…、御茶葉と」
「おじさ-ん!コレで…」
「…あれ?居ない」
気が付くと波斗の周りには誰もいない
「…何で?」
「人避けをしたからだ」
「…誰だ」
「慈愛のレットラだ」
「貴様を殺しに来た」
「五眼衆か」
「そうだ」
(…しまった)
(片腕が使えないし、血は出てない)
(このままじゃ…!!)
「どうした」
「恐怖したか」
「誰が…!」
「では、その腕で戦うのだな?」
「…ッ!」
マズい
こんな状況、誰がどう見ても明らかだ
相手は恐らく能力者
人避けが能力?
いや、能力など関係ない
もし、銃を持っているのなら相手は銃を取り出して撃てば終わる
それ程の距離
「…人避けはお前の能力か」
「違うな」
「私の能力は別だ」
「五眼衆の目的は」
「復讐と…、これ以上は言えんか」
時間を稼ぐ
出来るだけ、時間を
そうすれば、前回みたいに織鶴さんや鉄珠さんが気付いてくれるかも知れない
「お前、[慈愛]って言ってたな」
「何なんだ?その慈愛って…」
「混沌、憤怒、娯楽、選択、慈愛」
「五眼衆が崇める神には五つの眼が有り、それぞれ全てが意味を持っている」
「尤も…、今では幹部に与えられる称号の様な物だがな」
「…そうか」
「さて、もう時間稼ぎも終わりで良いな」
「!」
「気付いてないとでも思ったか」
「俺の能力は念力系」
「全てを圧砕する」
「…来るか」
「行くさ」
ゴキンッ
鈍い音を上げ、唸るレットラの拳
(どうする!?)
(このままじゃ…!!)
「下がれ」
「え?」
波斗の背後から1人の男が歩いてくる
そんなに大きな体でも無ければ、威圧感も無い
銃を持っているわけでも剣を持っているわけでもない
普通の男性
普通
それなのに
波斗の額に汗が浮かぶ
足が震える
心を激しい恐怖感と虚無感が襲う
死
ただ、それだけ
恐怖だとか、殺気だとかの類じゃない
ただただ、純粋な死
それだけの集合体
今まで何度か死にかけた事は有った
あの矢毘詩とかいう人に腕を折られてる時も死ぬと思った
五眼衆の少女を相手にした時も
初めての依頼で狙撃されたときも
織鶴さんを電柱から守った時も…
死ぬかと思った
思った
思っただけだ
死を覚悟した
覚悟しただけだ
今回は間違い無い
死ぬ
何の他意も理由もない
結果も過程も
無い
死
「俺がコイツを始末する」
「お前はこの結界を張ってる奴を始末しろ」
「行かせはせんぞ」
「え…?」
味方…、なのか?
「向かいの高層ビルに居る」
「最上階だ」
「急げ」
普通の口調だ
別に変わった事などない
だが、その人物から溢れる死は
絶えず波斗を襲う
「貴様、何者だ」
「死ぬ者に口は要らない」
あの…、レットラとかいう人は気付いてないのか
この人の何かに
「早く行け」
男が波斗の腕に触れる
「コレで良いだろう」
「え…?」
「行け」
「は、はい…!!」
その場から逃げ出すかの様に走り出した波斗
1分1秒でもこの場にいたくない
この人の側には
「…逃がしは」
「行かせん」
「奴は俺のお気に入りでな」
「まだ死なれては困る」
「…貴様、何者だ」
「何、大した人間じゃない」
「貴様を殺すだけの----、陳腐な人間だ」
高層ビル
1階
(誰も居ない…)
「…どうしようか」
正直、このまま行っても仕方ないんじゃないだろうか
何も出来ないし…
パサッ…
波斗の腕の補助器具が外れる
「え?」
腕が動く
確認する様に腕を回したり振ったり
乱暴に振り回したりしても痛まない
「な、治ってる…?」
何故?
つい先刻、万屋を出る時にはまだ痛かった
「いつから…」
あの人
俺の腕に触れた
「あの人が…?」
まさか
あの人がユグドラシルの人?
暫くするとは言ってたけど…
「…あ」
結界!
結界を張ってる人を始末しなければ
(---始末)
つまり殺す
解っている、そんな事は
波斗の脳内に矢毘詩の死に際が浮かぶ
「…」
しかし
やらなければ
始末とまではいかなくても
説得か、結界を解くか
それだけでも出来るなら
いや、しなければならない
絶対に
チ-ン
(エレベ-タ-が動いてて良かった…)
「誰?」
「!!」
敵か
恐らく、この人も五眼衆の1人
「そこに居るのは解ってるわ」
「出てきなさい」
---待て
待て待て待て待て!!
違う
聞き覚えのある声
違う!
知っている
違う!!
毎日、聞いている
違う!!!
委員長の声だ
「い、委員長…?」
「蒼空 波斗…!!」
読んでいただきありがとうございました