馬常の能力
「本当の?」
「うん」
小さく息を吐き、馬常は目を閉じる
「皮膚の硬化」
「それはね、砂鉄を凝縮して皮膚に纏ってるからなんだ」
「…それが能力故、何が言いたい?」
「本当は[それだけ]じゃないだよ…」
ゴゥン…
「…何の音故?」
地響きのような低い音
右から、左から、上から、後ろから、前から
全ての方向から聞こえてくる
「ううん、それが能力じゃないんだよね…」
「俺は研究者だからさ…、一番始めに興味を持ったのは自分の能力について…」
「だから…、研究してみたんだ…」
「俺の能力は[皮膚に砂鉄を纏わせる]のが限界だった…」
「研究者なら、その上を目指してみたいでしょ…?」
「…どういう事か判断しかねる故」
「だから、その上…」
「砂鉄を纏うのは皮膚が磁力を発しているから…」
「じゃぁ、その[磁力]を強めるには?」
「それを研究したんだよね…」
「…だが、勤務時間の多さを理由にやめた故、研究は中断した」
「そう聞いている故」
「ん-…、違うかな…」
「研究が完成したから、試したかったんだ…」
「…?」
「軍に居たら試せないから…、抜け出したんだ…」
「…そして、解った」
ガゴゥン…
(鉄骨が…!!)
「磁力が作用する物ならね、何でも動かせるようになったんだな、って…」
浮遊する鉄骨
地雷すらも浮遊している
先刻、狗境が放ったナイフも例外ではない
「だけど、軍は個人での能力強化を禁じてるんだ…」
「だから、この人には見せたくなかったんだよね」
「…理解した故」
「そう…」
「じゃぁ…、バイバイ」
ドゴォンッッッ!!!
鉄骨も地雷もナイフも
全てが狗境を目掛けて突貫する
「…茶柱さんはどうしようかな」
「毒…、じゃないみたいだし」
「重煙のせいとか…?」
「何処を見ている故?」
「!」
全ての鉄骨や地雷、ナイフが密集した場所に立つ1人の男
「…へぇ」
全てが狗境の直前で止まり、ぴくりとも動かない
「…そっか」
「解ったよ、君の能力」
きらりと光る何か
鉄骨の間や地雷やナイフに絡みついている
「…糸、だね」
「…正解故、感嘆する」
「君の能力は多分…、糸を生み出す能力」
「鉄骨と鉄骨の間に張り巡らせて、空中に立っているように見せていた」
「今、その鉄骨とかを縛って浮かせてるのもそうだね?」
「…流石、研究者故」
「洞察力、観察力、明察力、全て感嘆するべき物故」
「それは…、どうも」
「素晴らしき人物故、こちらも手は抜けない」
「否、抜けるはずがない」
カラン…
「この能力は糸で物体を操る能力故、ナイフが尤も戦いやすい」
「だが、ここは武器の宝庫故」
カラァ---ン…
「[磁力]と[糸]、どちらが強いか見極める故」
「いざ、勝負」
「…うん」
ゴゥンッッ!!
馬常の右向より飛来する鉄骨
「…」
馬常は有無を言わず、その鉄骨を止める
「まだまだ故」
上からも
「…うん」
左右からも
「…」
前後からも
「…何が狙いかな」
糸はあくまで動きを操る物
元素そのものを操る馬常の能力に勝てるはずがない
それは馬常は勿論、狗境も理解しているはずだ
では、狙いは?
馬常の周囲には狗境の糸によって密集した鉄骨
狗境は見て解るほどに体力を消耗している
持久戦狙いじゃない
…何だ?
「…フッ」
小さく笑う狗境
「…そういう事ね」
馬常の四肢の元には地雷
「油断したかなぁ」
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!
「…中々の強者だった故、捧げる」
「神よ、貴方の元へ魂が向かった故、お導きを」
「ア-メン」
「ア-メンだかラ-メンだか知らないけど…」
「俺さ、神様に嫌われちゃったみたい」
「!!」
ゴッッ!!!
狗境の右手に傘が突き刺さる
「が、ぁあああああああああああ!!!」
「神様も酷いよね」
「1人の男が必死に頑張ったのを無下にするんだから」
「あっっっ、がぁ………!!」
ボタボタと滴り落ちる血
狗境の表情は苦痛に歪む
「…ぁだ!!」
「まだ!負けられぬ故!!!!」
「そっか、でもさ」
狗境の目前には鉄骨
数本や、数十本の類いではない
数百本を超える数
「…ぁ」
「解るかな」
「[詰み]だよ」
「勝負に置いてのね」
「…せめて」
「せめて1人ッッッッッ!!!!」
キンッ
「!」
茶柱へと切突する長刀
それは、狗境が勝負の始めに投げた長刀
「この距離故!!能力の発動は間に合わない!!!」
「危ないね」
ガッッ!!!
馬常は何の躊躇いもなく、その長刀を掴む
「なっ…」
「痛いね…」
殺せないのか
俺の全てを持ってしても
この男は
「認めない…」
「え?」
「認めぬ故ッッッッ!!!!!!」
ブチブチブチブチッッ!!
「がはぁっ!!!」
狗境の口から溢れ出る血
「…くっ」
懐から黒い錠剤を取り出し、彼はそれを口に放り込む
「んぐぅっ…!!!」
ごくん
「神よ…!!」
プツッ
プツプツプツプツプツプツッ!!
周囲の糸が切れ、地面へと落ちる
「…何?今の」
「レウィン、許して欲しい故……」
「…すまない」
ゴゴゴゴゴゴゴ…
「!?」
グシャッ
「…ビルが」
鉄骨が狗境の元へと激突する
「…冗談でしょ?」
自滅だ
彼は自滅した
最後の力で、この場所全てに糸を張った
そして、その糸が物を引き寄せるタイプの物にした
それはつまり、無謀で絶対的な賭け
命を代償に行う事が許される賭け
「ここを俺達ごと壊す気か…」
無論、その問いに答える者は居ない
居るのは自らの能力で鉄骨に潰された男と気絶した女
回答者の居ない問いかけを馬常は行った
「…馬鹿だね」
馬常は軽蔑と尊敬と哀れみの目を肉塊に向ける
何が君をそこまでさせた?
自分を殺してまで
何が君をそこまでさせた?
自滅してまで
何が君をそこまでさせた?
決死の覚悟までして
「本当に馬鹿だ」
君は
馬鹿だ
読んでいただきありがとうございました