万屋
毎日更新です
ある万屋に、絶世の美人が居る
ある万屋に、どんな事務業でもこなす女性が居る
ある万屋に、軽率な態度で恐るべき身体能力の男が居る
ある万屋に、パシリの天才で扱き使われる男が居る
その万屋は依頼されたなら、例え火の中水の中
槍が降ろうが砲弾が降り注ごうが依頼を遂行する万屋
人々は噂する
あの万屋は幽霊を退治した
あの万屋は一国を潰した
あの万屋は世界的な銀行から金品を強奪した
あの万屋は…
「噂なんて、ただの戯れ言」
「戯れ言じゃないのなら、証明して見せないさい」
「力で、それも圧倒的な」
「私に証明してみなさい」
ある万屋の主人は笑う
「私は、そういうのは大好きよ?」
その万屋の名は…
「じゃぁなー!!」
「バイバーイ」
手を振り、少年達が別々の帰路を辿る
「はぁ…、宿題面倒くさいなー」
「ねぇ、ちょっと君」
「はい?」
「少し時間有る?」
「…」
詐欺だ
瞬時に少年は直感した
少年に声を掛けたのは胸が大きく、髪は栗色のロング、その上美人
この様な美女が自分に声をかけてくる?
詐欺だな、間違い無く
「…すいません、急いでるんで」
「まぁまぁ!そう言わずに」
「お時間は取らせませんから、ね?」
「良いです、結構です!!」
こういうのは振り切るに限る
着いていったら最後、訳の分からない請求書に名前を書かされて多額の料金を請求されるんだろう
「俺、金無いんで!!」
「え?違いますよ」
「実はアルバイトを募集してて…」
「アルバイト?」
「はい!簡単なお仕事なんですよ」
アルバイト…、か
少年は一人暮らしで最近は資金の遣り繰りに困っている
(ウチの高校はアルバイトOKだし…)
「…お店ですか」
「はい!」
「見るだけなら…」
「やった!ありがとうございます!!」
「いえ…」
「じゃ、行きましょう!」
「は、はい…」
「あれ?血が出てる…」
「あ、前に鋏で切っちゃいまして」
「大した事ないですよ」
「そうですか…?」
バキッ
グラッ…
「きゃぁー!!」
「!!」
女性に向かって電柱が倒れる
このままでは女性は電柱に押しつぶされてしまうだろう
「危ない!!」
咄嗟に庇った少年
「ーーーーッ!!」
策が有ったワケではない
ただ、ある「奇跡」を信じて
昔から危険な状態になると自分を守ってくれる「奇跡」を
バチィイイン!!
落雷したかの様な音
鼓膜が痺れ、目を開けるのが怖い
「…」
恐る恐る目を開ける
「…はぁ」
思わず腰が抜けた
「コレって…」
呆然と電柱を眺める女性
「良かったぁー…」
「奇跡」だ
また「奇跡」が守ってくれた
「電柱が曲がって…?」
歪な形に変形した電柱
その電柱は2人を避ける様に倒れている
「アハハハハ…、助かったぁ」
「あの…、ありがとうございます!!」
「いえいえ…」
「御茶でも飲みませんか!?」
「お礼だと思って!!」
「え?でも…」
「お願いします!」
「お礼しないと気が収まりません!!」
「は、はぁ…」
「ついでにアルバイトも!!」
(「ついで」って…)
少年が連れてこられたのは街中
「えっと…、この辺りに?」
「はい!もうすぐですよ」
(飲食店とか…、そんなのかな)
(この人はアルバイトをスカウトする役柄なんだろうか…)
「着きました!」
「ここ…、ですか」
何の事は無い一軒家
普通の家にしか見えないし、とても店には…
「コレは…」
「さぁ、入ってください!」
「まぁ御茶でも飲みながら」
「は、はい…」
「ん?」
アレは…、看板だろうか
「早く早く」
「あ、はい」
女性に腕を引っ張られてよく見えなかったが「万」と見えた
万…?何だ、その店名は
カラン、カラーン
扉を開けるとベルが鳴る
「お邪魔しまー…す」
恐る恐ると入って行く少年
まず目に入ったのは何処かの事務室の様な机
ソファや作業用机も完備されている
(事務業か何かかな…)
「ふぅ…」
先刻の女性がため息をつき、部屋の奥へと入って行く
「あの…」
「ダルいわ」
「君、座って」
「え?」
「座れ」
「は、はい」
静かにソファに座る少年
(先刻と口調が全然違う…!!)
(やっぱり騙されたのか!?)
「じゃ、手っ取り早く行くわね」
「火星」
「ああ」
ガチャッ
え?
え?え?え?
少年の脳内を疑問符が駆け巡る
自分の側頭部に黒い鉄が突きつけられている
俗に言う拳銃
ピストルだ
高校2年生の自分でも解る
恐らく自分は
殺される
「はい、面接始めるわよ-」
え?
その事務所の部長や課長なんかが座るお偉いさんの椅子に先刻のスカウトの女性が座っている
この人がここのボス!?
「はい、名前と特技」
「いや…、遠慮」
グリッ
少年の側頭部に拳銃が強く突きつけられる
「…蒼空 波斗高校2年生」
「九華梨高校に通ってます…」
「へぇ、良い高校行ってるわね」
「で、特技は?」
「特には…」
「ああ、そう」
「じゃ、ここで働く?」
「遠慮しま…」
「火星」
グリッ
「是非、働かせてください…」
「よろしい」
にっこりと笑う女性
(悪魔だ…)
と波斗が思ったのは言うまでもない
「じゃ、仕事内容なんだけど」
「…まぁ、百聞は一見にしかずね」
「今から仕事だから着いてきなさい」
「えぇ!?」
「文句有るかしら?」
グリッ
「無いです」
「そうよね」
「火星、車」
「はいはい」
車内
「…はぁ」
思わずため息が出る
何と自分は馬鹿なんだろうか
あの時、この人にさえ会わなければ
あの時、返事さえしなければ
あの時、着いて行きさえしなければ…
考え出したらキリがない
「ゴメンね、先刻は」
「蒼空君…、だっけ」
「え…?」
運転席に座っている男が声を掛けてくる
「織鶴の命令でね」
「心配しなくても実弾は入れて無かったよ」
そういう問題では無いのだが…
「俺は火星 太陽」
「で、その後ろで踏ん反り返ってるのが織鶴 千刃」
「あの店の主人ね」
「あの店って…」
「ああ、万屋なんだ」
「よろ…?」
「よろずや、だよ」
「何でも屋でね、依頼人からの任務を遂行するんだ」
(だから「万」だったのか…)
「今回も?」
「うん、そうだよ」
「どんな依頼…」
キキッ!
「さぁ、着いた」
「ここだよ」
「廃工場…?」
「ここに依頼が有ってね」
(ゴミ掃除か何かかな)
バタン
車から降りる3人
「伏せなさい、波斗」
「え?」
ピィ---…ン
波斗の髪の毛の先端が消し飛ぶ
「は?」
「蒼空君!車内に入って!!」
「狙われてる!!」
「!?」
ドタァン!!
車内に押し込まれる波斗
「え…!?」
理解できない
何だ、何が起こった?
鋭い風切り音がした後、自分の髪の毛が消し飛んだ
狙撃…、されたのか?
まさか!ここは日本だ
子供でも知ってる銃刀法違反
拳銃なんて…
…つい先刻、突きつけられた
「どうなってるんだよ…」
今は車内だ
結果なんて目に見えてる
拳銃を使ってるから…、ヤクザとかそんな物だろう
ここに居ては命が幾つ有っても足りない
その時、蒼空 波斗は決意した
逃げよう、と
読んでいただきありがとうございました