2話 使えない魔法
二日間、俺はほとんど眠り続けていたらしい。
目が覚めたとき、天井を見上げたまま、しばらく何も考えられなかった。
体は重く、頭はぼんやりしている。
夢か現実かも、よくわからない。
「……起きたか」
低い声が、横から落ちてきた。
視線だけ動かすと、じいさんが椅子に座っていた。
腕を組んで、静かにこっちを見ている。
「……じいさん……」
「じいさん、じゃねぇ」
白髪の老人が、わずかに口を歪めた。
「ガルド・ヴァルクスじゃ。忘れたか」
「……」
確かに、昔聞いたことがある。
「お前が赤ん坊の頃は、何度も顔合わせとる。カイルとエリシアに連れられてな」
父さんと母さんの名前が出た瞬間――
胸が、強く締めつけられた。
「……どれくらい寝てた」
「二日じゃ」
「……そっか」
短く返す。
それ以上、言葉が出てこない。
思い出したくないのに、勝手に浮かんでくる。
母さんの顔。父さんの声。
最後の光景。
「……ッ」
息が詰まる。
胸の奥がぐちゃぐちゃに掻き回される。
「……さっさと起きろ」
ガルドはそう言って外へと出ていく。
俺は少しだけ迷ってから、ゆっくりと起き上がる。
体は重い。
でも、動けないわけじゃない。
いつまでも寝ているわけにはいかない。
「……わかったよ」
小さく呟いて、外に出た。
外に出た瞬間、空気が変わった。
森の匂い。
静かな風。
――そして。
「……」
ガルドが、そこにいた。
少し離れた場所で、剣を振っている。
ただ、それだけだった。
速いわけでもない。派手な技でもない。
ただ、一振り。
また一振り。
淡々と、同じ動作を繰り返しているだけ。
なのに――
「……すげぇ……」
目が離せなかった。
一太刀ごとに、空気が揺れる。
風が、遅れてついてくる。
たったそれだけの動きなのに、
そこにある“何か”が、圧倒的すぎた。
気づけば、立ち止まったまま見入っていた。
どれくらい、そうしていたのかはわからない。
「……」
はっと我に返る。
「……見てる場合じゃねぇだろ」
小さく呟く。
何もできなかった自分。
「……っ」
歯を食いしばる。
足を、一歩踏み出した。
「……ガルド」
声をかける。
剣が、ぴたりと止まった。
ゆっくりと、こちらを振り向く。
「俺に、修行つけてくれ」
言葉にする。
逃げ場は、もういらない。
「強くなりたい」
短く、続ける。
ガルドは、何も言わなかった。
ただ、じっと俺を見ている。
その沈黙が、やけに長く感じた。
「……カイルとエリシアはな」
ぽつりと、ガルドが口を開く。
「お前を頼むと言っておった」
胸が、わずかに揺れる。
「だから本来、わしはお前を危険に晒したくはない」
淡々とした言葉。
だが、その重さは十分すぎた。
「……それでも」
声が、震える。
「守られて終わるとか、無理だ」
「……今の俺じゃ何もできない」
悔しい。だがそれが現実だ。
「……それでも、ここで終わる気はない」
静かに、言い切る。
ガルドの目が、わずかに細くなった。
「……そうか」
短く、息を吐く。
「なら、一つ確かめるぞ」
「……?」
「魔法を使ってみろ」
「……え?」
「いいからやれ」
有無を言わせない声だった。
言われるまま、意識を集中する。
体の中の流れを感じて――
それを外へ、出す。
「……っ」
――出ない。
「……あれ?」
もう一度。
集中する。
流れを掴む。
放つ――
「……なんでだよ」
何も起きない。
まるで、外に出る道がないみたいに。
「……やはりな」
ガルドが、静かに呟いた。
「……どういうことだよ」
「お前、魔力の流れが妙じゃ」
ゆっくりと近づいてくる。
「中に、溜まりすぎておる」
「……は?」
「外に出す“道”が、ほとんど塞がっとる」
頭が、真っ白になる。
「……じゃあ俺は」
言葉が、続かない。
「魔法が使えん」
はっきりと、告げられた。
「……っ」
拳を握る。
そんなの――
「ハッハッハッ!もう絶望してる顔じゃ」
「……!でも!」
「だから終わり、とは言っとらん」
ガルドの声が、落ちてくる。
「……え?」
「むしろ逆じゃ」
目が、鋭くなる。
「その状態で生きとる時点で異常じゃ。それだけのもんを内側に抱えとる」
胸のあたりを、軽く叩かれる。
「呪いの影響か……。まぁ使い方次第じゃな。実際、カイルもほぼ魔法は使っとらん」
父さんとの特訓を思い返す。
確かに――魔法を使われた覚えはなかった。
「なら俺も……!」
「あぁ、可能性はある……その代わり」
ガルドが剣を構える。
空気が、変わる。
「死ぬほどキツいぞ」
足が、わずかに震える。
だが、もう怖がらない。
「……望むところだ」
自然と、口から出ていた。
ガルドが、わずかに笑う。
「……いい目じゃ」
その日から。
俺の、本当の意味での修行が始まった。




