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0話:勇者が負けた日
剣が、音もなく地に落ちた。
「まさか……僕が……」
男は膝をつき、かすれる声で呟いた。全身は血に濡れ、生きているのが不思議なほどだった。意識は今にも途切れそうで、視界もゆらゆらと揺れている。
その男こそ人類の希望、勇者だった。
「……終わりだ」
静かに、だが確かに告げる声。
勇者の前に、ただ一人立っている男がいる。
魔王だ。
黒い鎧は砕け、もはや原型を留めていない。隙間からは血が溢れ、床へと滴り落ちている。その姿は、勇者と同じく満身創痍だった。
それでも立っているのは、魔王だった。
魔王は、倒れた勇者を見下ろし――深く息を吐いた。
「……ようやくだ」
低く、押し殺した声。
「どれだけ、この時を待ったと思っている」
その言葉に、勇者の瞳がわずかに揺れる。
「貴様だけは――絶対に許さない」
はっきりと、憎しみを込めて吐き捨てられる。
「あーあ……やっちゃったな……」
勇者は薄暗い空を見上げる。崩れかけた天井の向こう、色のない空がぼんやりと広がっていた。
ゆっくりと、目を閉じる。
その瞬間、すべてを理解する。
今日――勇者は、負けたのだ。




