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覚えてないと殺すと言われた

作者: ラベンダー
掲載日:2025/12/26

目の前に、髪の長い人影が立っている。

白い服。顔は髪に隠れて見えない。

——幽霊だ。そう思った。


「私の名前、覚えてる?」


女の声だった。感情のない、静かな声。


「覚えてない」


「それなら、殺す」


女は一歩、こちらへ近づいた。床が軋む音がやけに大きい。


「わ、わかった!」


叫ぶと、女はぴたりと止まった。


「……クルミだな」


「違う」


妹じゃない。


「恵子か?」


「違う」


姉でもない。


「高橋文江……?」


「違う」


母親でもない。


——そうだ。母は昔から短い髪だった。


じゃあ、誰だ。


元カノの名前を、必死に思い返す。


「加乃?」

「違う」

「由紀……?」

「違う」

「保奈美……」

「違う」


その瞬間、胸の奥が冷えた。


——俺の大切な人は、みんな死んだ。

思い出さないようにしていただけだ。


「だめだ……わからない」


気づいた時には、首を掴まれていた。

逃げようとしても、力が入らない。


「お前は……誰だ……?」


かすれた声で問う。


「私は——」


女の声が、すぐ耳元で止まった。


その手は、確かに温かい。

生きている人間と、同じ温度だ。


——違う。


思い出した。


俺は、名前を覚えていないんじゃない。

呼んだことがないんだ。


ずっと。


「……ああ」


そう呟いた瞬間、女の指に力がこもる。


髪の奥で、何かが笑った気がした。


俺が最後に感じたのは、

冷たさじゃなく、

人の体温だった。

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