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追憶と目覚め

──────異能事変。数か月前に起こった大事件は、異能者の世界を大きく変えた。


「あの人はまだ、見つからないんですか……?」


 鋳星学園高等学校、新生徒会執行部。2年C組、新生徒会長の入山鈴奈は、生徒会執行部室にて他の生徒に問いかけた。桃色の長髪が物憂げに揺れている。


「先生方も捜索に協力して下さっていますが……どうにも」

「そうですよね……」


 新執行部の庶務、森崎裕梨は切れ長の目を静かに細めた。その様子を見た入山は、森崎に背を向けて小さくため息を吐いた。

 やることは山積み。認められた異能者の人権についての覚書や、戸籍についての整理。散逸した資料も少なくない。

 しかし大規模な法改正にしては、余りにもスムーズに手続きは進んでいる。その影には、一人の少女がいた。


「事務仕事、殆ど準備してくれてた」

「偶然だろう、あの怪物がやる訳ない」

「ダメだよ、ゆーちゃん」


 困ったように笑う入山が目に入り、森崎はバツが悪そうにそのまま逸らした。足を踏み込んだせいか、古い木製の床がギイッと音を立てる。


「北河先輩は、きっと信じてたんだよ」

「……そうですか」


 森崎もこれ以上否定するのは気まずいのか、目を逸らしたまま首を下に向けた。それを見た入山は、ふわりと森崎の両手を外側から手で包み込んだ。


──────北河 桐絵。前生徒会会長、副会長、書記、庶務、会計、風紀委員長を兼任していた怪物。


 誰しも一つは異能を持ち、じゃれ合いで校舎が吹っ飛ぶ学園にて、最強と呼ばれた少女。そして、異能事変を起こした元凶。


「先輩と、まだ話せてないことが一杯あるの」

「鈴奈……」

「だから、探さないと」


 森崎は気づいた、入山の手が震えていることに。しかし彼女には分からなかった。圧倒的力で学園を統制の枠に押し込め、事変を起こした女。少なくない数の生徒が死に、得たものは人権。いい事なのは分かるが、普通に生きていられた生徒たちを亡くしてまで、得る必要があったのだろうか。だから、入山の話に反発を覚えてしまう。


「生きてたら……いや、見つけたらね。こら~!って怒ってやるの」

「……そうか」

「お願いね、ゆーちゃん」

「あぁ……。いや待て、ゆーちゃんはやめてくれ」

「え~、可愛いからいいでしょ~」

「ダメだ!」


 ふん!と肩をいからせて部屋から出ていく森崎。バタン!と大きな音を立てて閉じた扉をぼんやりと眺めていた入山は、しばらくして踵を返した。そして窓の方へと向かうと、外の景色へと視線を投げた。


「先輩、私」


「絶対、見つけますから」


──────入山にとって、二度目の春が訪れていた。



///////////////////////




「……もう大丈夫なのか?」

「あぁ、世話になった」


 学園に入学できなかった者たちや、軍や実験から逃げた者たちの溜まり場、異浪街。その一角に男と少女が居た。白衣に煙草、闇医者にしか見えない男。左腕と右目の欠けた少女。いかにも訳アリですと言わんばかりの構成だ。


「まぁ、それだけ残れば十分だろ。特戦軍と闘って、生き残った奴は初めて見たぞ」

「ただ運がよかっただけさ、間違いなく」

「そうかよ……。本当に、戻るのか?」

「あぁ」


 ふぅ〜っと煙草の煙を吐き出す男に、優しい目を向ける少女。男はバツが悪そうに、頭を掻いた。


「院長、貴方に感謝を」

「柄じゃねぇよ」

「それでも、伝えさせて欲しい」

「……これが、怪物ねぇ。北河、まぁ、なんだ」

「?」

「もう、自由にやってもいいんだぜ?」

「…………少し、考えながら生きてみるよ」

「真面目だな」


 少し照れ臭そうに頬を掻く北河。院長と呼ばれた男は、吸い終わった煙草を足元に投げ、踏みつぶした。北河はそれを見て、苦笑している。


「ま、気張らず頑張れよ。お前はやり切ったんだ。偉業だよ」

「どうなんだろうか……余り、実感がないんだ」

「その内嫌でも分かるさ」

「なら、気にしなくていいか。では院長、また会おう」

「……じゃあな、もう来るなよ」


 少しばかりの荷物を抱えて、北河は路地の先へと向かい始めた。院長は、何をする訳でもなくそれを眺めている。その目には優しさと、少しの哀しさが垣間見えた。

 影に包まれた裏路地から、光の射す表通りに出る北河。表情は、どうにもこれからどうしようかと迷っているかのように薄く絞られていた。


「眩しいな……」


 裏路地から出た彼女は、開口一番そう呟いた。表通りも完全に日が射す訳では無いが、それでも光量には雲泥の差がある。


「そうだ、あの子に連絡しなくては」


 思い出したかのように語って、スマホを開く北河。電源を入れると、大量の通知がホーム画面に表れていた。メッセージアプリの通知は、999+。


「……とりあえず連絡して、他は後で考えよう」


 片腕だけでは持ちにくいのか、もたつきながらメッセージアプリを開く。メッセージ欄の中ごろに、入山のメッセージがあった。


『待ってます。』


 ただ一言、そう遺されていた。送信日時は法案成立直後、全てが終わった瞬間だった。


「後輩君……」


 少しだけ表情を緩める北河。そして個人メッセージ欄によたつきながら入力していく。


『今、異浪街にいる。もし暇なら少し話さないか?』


 送った瞬間、認識できない程の速さで既読がついた。


『まっねて』

「ふっ……」


 北河は大慌てで打ったであろうそのメッセージを見て、薄く笑った。その時。


「おい!このガキ!」

「離せよ!クソ!」

「財布スッといてそりゃねぇだろ!」

「返したじゃねぇか!」

「バレたからだろうが!舐めんな!」


 北河の視界、その左側で騒動が起こっているのが見えた。子ども一人と大人二人、恐らく子どもが盗みを働いたのだろう。この街ではよくあることだ。


「チッ!喰らえ!」


 少年が強い風を起こし、大人たちが後ろに飛ばされる。少年は異能者であり、大人たちは一般人であるように北河には見えた。


──────異能。ある世代以降の子どもたちに多く見られる、来歴不明の力であった。能力は様々であり、多くは属性や身体強化などのシンプルなものが多い。


「じゃあな!財布返してやったんだからいいだろ!」

「待てガキ!」


──────しかし稀に、概念や条件を操る者がいる。


「待つんだ、君」

「うおっ!」


 後ろから風を吹かせていたようで、北河の横を飛ぶように抜けていこうとした刹那。いきなり前に進めなくなる少年。彼の前の空間には、どこか歪んでいるような揺らぎが見えた。


「何しやがる!」

「きちんと謝りたまえ」

「はぁ!?」


 そうやってバタバタしていると、男たちが追い付いてきた。少しだけ疲れている様に見える彼らの表情は、明らかに怒っている。


「……おいガキ、よくもやってくれたな」

「ふざけてんじゃねぇぞ」

「な、なぁ。謝っても意味ねぇってこれ」

「それでも、君は謝らなければならない」


 あくまで頑なな北河の態度に、少年は諦めたように頭を下げた。一緒に北河も頭を下げる。


「すいませんでした……」

「どうだろう、許して貰えないだろうか」


 男たちは少年を見ていたが、やがて北河に目線を移す。そして北河の様相を見て、諦めたように溜息を吐いた。


「……今回は、そこの姉ちゃんに免じて許してやる」

「だがよ、坊主。もう盗みはやめとけ」

「そうだ。こんな人に、頭下げさせんな」

「うん……」


 どこか消化不良で、物憂げな雰囲気をしながら男たちは去っていった。二人取り残される。どうにもバツが悪そうな少年と、無表情な北河。


「でもよ、やらなきゃ生きていけねぇんだ」

「……そうか」


 どう言葉を掛けていいのか分からないようで、右手を口元に当てて悩んでいる様子の北河。そうやってしばらく悩んでいると、背後から声がした。


「やらなくても、生きていけますよ」

「マジ?」

「えぇ」


 そう言いながら、振り返った少年にチラシを1枚手渡しする少女。


『異能者扶助組合』


 チラシには大きくそう書かれており、子どもでも分かるように平易な語彙で概要と、大きく所在地と電話番号が書いてあった。


「みんなを連れて、ここまでおいで」

「嘘じゃねぇだろうな……?」

「大丈夫、信じて欲しい」


 優しいが、強く断言する彼女に説得される少年。やがて少年は、チラシをもって仲間を呼びに帰っていった。今度は少女二人が道端に取り残される。北河から、気まずそうな雰囲気が漂っている。


「私、頑張ってるんですよ?」

「知っている。やはり私は、向いていなかったんだろう」

「適材適所、ですよね?」


 その言葉に突き動かされたかのように振り向く北河。振り返った視線の先に立っていたのは。


「お久しぶりです、先輩」


──────現生徒会長、入山鈴奈だった。


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