【壱章】 少女と妖と 〈壱・後編〉
「あ、そういえばさ、この前パンフ渡した映画あるじゃん?」
ちょうど交差点に差し掛かり、私たちはいったん立ち止まる。
反対側の信号は青く光っていた。
「あー、最近CMでもやってるアレ?」
「そうそれ」
かたわらを小学生らしき子供たちが走り抜けていく。
「あれさ、土曜日公開でしょ? よかったらさ、一緒に見に行かない?」
「私はあぁいう映画に興味ないんだけど」
私たちも横断歩道を渡り始める。
「えー、そんなこと言わないでさ、一緒に見に行こうよ。絶対面白いから!」
それは、ひどく穏やかないつもの光景。
「テストも終わったしヒマでしょ? だから、ね。行こうよ」
「まぁ確かにテストは終わったし今のところヒマだけど……」
横断歩道を渡り終わるまであと少しだ。
トラックらしき車のエンジン音が迫ってくるが、まだ歩行者用の信号は青く光っている。車は停車線で止まってくれるだろう。
「でしょ? 絶対面白いから一緒に見に行こう?」
「……分かった、行くよ」
どこまでも折れるつもりのないらしい咲希にため息混じりに言う。
「やった! じゃあ待ち合わせの時間とかはまた帰ったらメールするから。約束だよ?」
咲希が小指を差し出してくる。
いつの間にかできた私たちの間の小さなルール。
私が差し出された細いその指に小指を絡めようとした次の瞬間。
けたたましいブレーキ音と共に私は歩道に向かって突き飛ばされていた。
受け身を取ることもできず、歩道に転がった私は今まで聞いたことのない鈍い音を聞いた。
その音は、ほどほどに重い物が勢いよくなにかにはね飛ばされる音に似ていた。
続いて鈍い音をかき消すように車が急ブレーキをかける音が響く。
そして熟れた果実が潰れるような音が私を突き飛ばしたその方向から響く。
私は音が聞こえたその方向を見た。見てしまった。
そこには赤い水溜まりに人型だったらしい何かが落ちていた。
手足と思われる部分は奇妙な方向にねじれ、顔と思われる部分は水溜まりに沈んでいた。
だが私はそれがなにか分かった。分かってしまった。
自分が出したはずのその結論は信じがたく、私は咲希の名を呼ぶ。
だが確かに発したはずのその声は聞こえない。
その声に答えてくれるはずのその声は聞こえない。
認めたくないはずの事実が、突きつけられる。
認めたくないはずなのに、頭と心のどこかが認めてしまう。
「いやぁぁぁぁあああああっ!」
その瞬間、私は悲鳴を上げていた。
×××
ひどく穏やかだったはずの日常は、一瞬でひどく残酷な非日常に変わり。
約束が実現することはなくなり。
私の親友は、私の目の前で骸と化していた。
×××
「いやぁぁぁぁあああああっ!」
そして私は私のあげた悲鳴で悪夢から目を覚ます。