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【3】フォビダンストーン(2)

 *   *   *  


「ああ、清々した」

 王宮の北側、第二宮殿の私室で、ディアドラは大きく身体を伸ばした。

「ハリエットもいなくなったし、あの小うるさいアイリスもノーイックが追い出してくれたし、これで、心おきなく好きなことができるわ」

「よかったですねー、ディアドラ様ー」

 向いのカウチで、ヒルダがにやにや笑っている。

「あの新聞記事も最高だったでしょ? あれを読んだら、誰もノーイックが悪いとは言わないはず」

「そーですかー? あたいー、実は、ちょっと心配だったんですー」

「ヒルダ。『あたい』じゃなくて『わたくし』とお言い。何度言えば覚えるの?」

「はーい。すみませーん」

 へらっと笑うヒルダを横目で睨み、ディアドラは顔をしかめた。

「で、何が心配だったの?」

「心配っていうかー、なんだかんだ言ってもー、アイリス様って、みんなから好かれてたからー……」

「好かれていた?」

「女官たちとかー、あと、貴族のお嬢さんたちからとか……」

「そんなはずないでしょ!」

 ヒルダの言葉にかぶせるように否定の言葉を吐いた。腰から下げたレティキュールと呼ばれる小物入れに触れ、口の中で短く呟く。

『アイリスは好かれてなどいない』

 ヒルダがぼんやりとした顔になり、周囲を見回す。そして「そうでしたー」と機械のような表情で言った。

「アイリス様は、ポンコツなんでしたー。好かれているはずが、ないですー」

「そうよ……」

 ディアドラは頷く。

「それでいいの」

 ふっと口も度が緩んだ。赤すぎる唇が三日月形に歪んでゆく。

 あの生意気だったアイリスは、もはやただのアイリス・ブライトンだ。次期王妃などではないのだ。

 王妃陛下と呼ばれて高い位置からディアドラを見下ろしていたあの女も、今はただのハリエット・ジェファーソン・リンドグレーンである。

 今度から、ハリエットのことは「ジェファーソン夫人」と呼んでやろう。

 唐突にそう思った。

 ディアドラがずっと「ネルソン夫人」と呼ばれたように、身分のないあの女は「ジェファーソン家」と呼ばれるべきだ。

 この国では、側妃は王族ではない。第一王子の母親であっても、ディアドラにはなんの身分もなかった。

 ただのディアドラ・ネルソン。

 ハリエットが「陛下」と呼ばれてかしずかれている横で「ネルソン夫人」と呼ばれる屈辱。「夫人」は夫のいる女性に対して用いる呼称だが、同時に「夫を持つ可能性がなくなった女性」にも使われる。

 つまり、「愛人」に対して。

 正妃がいる以上、側妃は確かに「愛人」になるのだろうが、まがりなりにも王の子を産んだ女に対して、それも、第一王子の母親に対して、愛人と同じ呼称を使うのは不敬ではないか。

 ディアドラは「ネルソン夫人」と呼ばれるたびに屈辱を感じていた。

 だが、それももうすぐ終わる。

 ノーイックが即位すれば、ディアドラは王の産みの母、王太后の身分を得る。「陛下」と呼ばれる日まで、あと少しだ。

「それにしても、即位するまで百日もかかるなんて……、なんでこんなバカみたいな決まりがあるの?」

「なくしちゃえば、いいと思いますー」

 ヒルダが呑気に笑う。

 それができれば苦労はない。

 だが、簡単になくせるわけがない。国王不在の百日間、暫定的な元首を務めるの大司教なのだから。

 大司教が戴冠の儀式をするまでは、ノーイックには何の権限もない。

 今の大司教はダレル・マクニールという白髪頭の老人で、とんでもない堅物だが、いくら堅物でも、自分たちが脚光を浴びる機会が五回もある今の仕組みを変えようとは思わないだろう。

(どうせ、大司教がいい思いをしたくて作った決まりなんでしょうに……)

 祭祀を五回もやるなんて、どう考えても、自分たちの実入りを増やすためだ。

「ああ、ほんと、いちいち面倒くさいったら、ありゃしない」

「ほんとですねー」

 ヒルダの話し方が癇に障ってきた。

「あなた、あれこれ、準備はできているんでしょうね」

「準備? 準備ってなんですかー?」

「第一の祭祀があるでしょう? その準備よ」


たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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