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【3】フォビダンストーン(1)

 翌朝、意を決したようにグレアム卿が口を開いた。


「今日は王宮に出仕する日だ。やはり第二宮殿に寄って、ネルソン夫人に抗議してこよう」

「抗議?」


 リリーが顔を上げた。


「アイリスに対する誹謗中傷記事についての抗議だよ。ノーイック殿下はまだ即位していない。抗議するなら今しかない」


 ディアドラが王太后になってしまったら、証拠もなしに責任を追及するのは難しいとグレアム卿は言う。


「お父様の立場が悪くなることに、変わりはないんじゃない?」


 心配するアイリスにグレアム卿は聞いた。


「あんなことを書かれて、おまえは平気なのか」

「わりと、慣れてるし……」

「慣れていいことではない!」


 グレアム卿が怒りを爆発させる。

 隣でレイモンドが立ち上がった。


「僕も一緒に行きます」


「まあまあ、ちょっとお待ちなさいな」


 止めたのは、リリーだ。


「二人とも、落ち着いて。今は抗議をしても無駄かもしれないわ」

「無駄だと?」

「母上、アイリスがあんなふうに書かれて、母上も許せないとおっしゃっていたではありませんか」

「許さないわよ。でも、それとこれとは別なの」

「別とは……」


「ちょっと、気になることがあるのよ。ずっと、まさかと思ってたんだけど、やっぱりどう考えてもアレのような気がするのよね……」

「アレ?」


 一同、怪訝な顔になる。


 リリーは、眉間にかすかな皺を寄せて話し始めた。

 真剣に何かを考えている時の表情だ。


「アイリスはあまり詳しく話さなかったけど、王宮にいた時、アイリスが頑張ってやりとげた仕事が、いつの間にかディアドラの手柄になっていたり、ディアドラがしたミスがアイリスのものになっていたりしたことが何度もあったらしいのよ」

「そうなのか? アイリス」


 アイリスは小さく頷いた。


「そういうことでいちいち騒がないのも、王妃の心得、嗜みの一つだってハリエットは教えたかもいれないけど、そのハリエットが、新聞に書いてあったことは、全部、ディアドラがやったことだって言うんですもの、きっと、そうなのよ。そうなんでしょ、アイリス?」


 黙って頷く。


「しかも、ハリエットの話を聞く限り、そういう時、女官たちはみんな、ディアドラの話を信じたらしいわね」


 ここでもアイリスは頷くしかない。


「ディアドラのことを好きな女官はほとんどいないし、ディアドラには人望なんてこれっぽっちもないのに、どうしてディアドラの話を信じるのかって、不思議がっていたわ。ハリエットの話では、あなたのほうがよほど女官たちに好かれていたし人望もあったらしいのに……」


 アイリスは言いようのない無力感を覚えた。


 そうだったら、嬉しい。

 けれど、一緒に仕事を手伝ってくれた人たちも、その仕事が誰かに褒められたり評価されたりした時、決まって、その仕事はディアドラがしたことだと答えていた。


 手紙を書いたり、陳情を精査して御前会議の場に提出したり、行事の準備をしたりという日々の仕事についてもそうだった。

 全てディアドラがしたことになっていた。


 他にも、晩餐会で招待客の好みに合わせた料理を出したり、お互いに話をしたがっていた人たちの席を隣同士にしたり、手袋や扇子や書き物用の筆記具を忘れてきた人に、そっとそれらを届けさせたり、細々と気を配って喜ばれた時も、感謝や賞賛はディアドラのものになった。


「変だと思わなかったの?」

「少しは、思ったわ。でも、どうすることもできなかったんだもの」


 ディアドラが褒められている横で、「それ、本当は私がやりました!」などと言えるわけがない。褒められたくてやった仕事ではないし、そうでなくても、黙っている以外の選択肢はなかった。


「アイリスがやったことだって、ちゃんとわかっていたのはアイリスとハリエットだけだったってことね?」

「たまに、全然、関係ない仕事をしていた人が、『あれをやったのは、アイリス様ですよね』って、なんだか困惑した顔で聞いててくることはあったけど……」


 なるほどね、とリリーは大きく頷いた。


「ハリエットの話を聞いていた時から、ずっと、おかしいとは思ってたの……。まだ、確信は持てないけど、今度のことで、一度、確かめてみたいと思ったことがあるの」

「確かめる?」

「もし、私の考えていることが正しければ、ディアドラは相当、手強い相手だわ。でも、私なら攻撃の仕方がわかる。もうあの人の好きにはさせない」


「何をする気だい? リリー……」


 戸惑うグレアム卿にリリーは聞いた。


「あなた。前に、私があげたガラスの小瓶、まだ持ってる?」

「あ、ああ。机の引き出しに入っているはずだが……」

「王宮に行くときには、あの小瓶を身に着けていて。レイモンドもよ」

「あれに、何か意味があるんですか?」


「お守りよ。それと、今日、王宮での仕事が終わったら、クリスティアンを連れてきて」

「ヘーゼルダインを?」

「あの人も巻き込みましょう。そのほうが有利ですもの。ハリエットとギルバートにも来てもらうわ。作戦会議を開くわよ」


たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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