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【2】実家でのんびりしていたら「捨てられ王妃」と呼ばれて盛大にディスられていました(3)

 翌日はギルバートの馬車で領地に向かった。


 リンドグレーン領は広くはないが、王都からの距離が近いのが利点だ。

 隣接するブライトン領と共同で管理しているものも多く、街も村もよく整備されていた。

 人々の表情も明るい。

 

「豊かなのね」

「ブライトン家の協力があるからね。すごく、助かってる」


 農業用水の確保や、収穫した作物の流通などで協力体制を取っているらしい。


 近隣の領主とうまく付き合うことのできる領主はよい領主だと、アイリスは学んでいた。

 そして、それは口で言うほど簡単なことではないのだとも……。


「ギルバートは、よい領主様なのね」


 馬車を降りて、村の市場を散策している時にアイリスが呟くと、「本当にそうだよ」と横から答える声がした。

 市場で野菜を売るおかみさんがにこにこ笑っている。


 冬にしては暖かい日で、王都に続く街道沿いの市場には、大勢の人が行き来していた。


「もうちょっと領主様らしくしてくれてもいいんだけどね」

「まったくだ」


 おかみさんに続いて、隣で金物を売っているおじさんも相槌を打った。


「俺らと一緒になって、泥沼にはまったヤギを引っ張り出したりするのは、ちょっとどうかと思うんだよなな……」


 アイリスは興味を持った。


「ヤギ? ヤギって?」


 おじさんは、「少し前にヤギが沼に落ちてしまって、みんなで助けようとしていたところに旦那様が通りかかったんだけどな……」と話し始めた。


「ご立派な服を着たまま、沼に飛び込んじまったんだよね」


 おかみさんが言い、おじさんが頷く。


「おかげで、ヤギは領主様の上に乗っかって岸に上がれたんだが……」

「今度は領主様を助けなきゃならなくなってね……」


 その時の顛末を、おじさんとおかみさんだけでなく、集まってきた大勢の領民が面白おかしく話す。


「立派な服は、すっかり台無しになってな」

「うちの襤褸を貸したんだが、これがまた……」

「似合うというか、似合わないというか」

「どっちだよ」


 襤褸を着ていても、なんだかカッコよくて品があった、だが似合っていたのかというとビミョーだと言って、みんなが笑う。

 想像したらおかしくなって、アイリスも笑いだしてしまった。


「アイリス、そんなに笑わなくても……」

「だって……」


 笑いすぎて涙が出た。


 他にも、屋根の修理を手伝っている時に、板を踏み抜いて穴から落ちてしまった話や、荷車から外れて転がり続ける車輪を止めようとして、車輪にひかれて一緒に転がってしまった話など、後から後から面白い話が出てくる。いくらでも出てくる。


「ギルバート、あなたいったい、領地で何をしているの?」

「何って……、困っている人がいたら助けようとしているだけだよ」


 集まってきた領民たちが「それは、本当だよ」と頷く。


「旦那様は、いつも俺らのことを一番に考えてくださる」

「王都から分割されたときはどうなることかと思ったが、今じゃ、みんな喜んでるよ」

「前よりずっといい暮らしをさせてもらっとるしな」


 ひとしきり話した後、誰かが聞いた。


「ところで、このお嬢さんはどこのどなただい?」

「もしかして、旦那様のいい人かい?」

「やっと、嫁さんが……」

「や、それは……」


 ギルバートは赤くなり、コホンと一つ咳払いをしてからアイリスを紹介した。


「ブライトン公爵家の第一令嬢、アイリス嬢だよ」

「「「え……っ」」」


 それまで笑っていた人たちがびっくりして固まる。


「こ、公爵様の、お嬢様……」

「し、失礼しました」


 アイリスは笑った。


「ギルバートだって公爵じゃない。それも、ただの公爵じゃなくて、王弟殿下よ?」

「それは、そうなんですけどね……」


 人々が顔を見合わせる。


「どうか、私のこともギルバートと同じように扱ってちょうだい」

「はあ……。そう言われましても……」


 ギルバートが笑い、「アイリスなら、大丈夫だよ」と太鼓判を押す。


「怒った時は恐ろしいけど、滅多なことじゃ怒らないから」

「ちょっと、ギルバート。怒った時はって……、どういう意味?」


 渋面を作って振り向くと、「ほらね」とギルバートがアイリスを指さした。


「なるほど。よく、わかりました」


 領民たちからどっと笑い声があがった。

 そんな笑い声の絶えない時間をひとしきり過ごしてから、隣接するブライトン公爵領に向かった。


 広大なブライトン家の領地のうちの一部をレイモンドと共同で管理しているらしい。


「あ、リンドグレーンの旦那様、いらっしゃい」


 ここでも農民たちが気さくに話しかけてくる。


「そちらはどなたですか?」

「アイリス・ブライトン嬢だよ」

「ああ、レイモンド様の妹君ですね。いつも、ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとう」


 この畑は何を作っているのかとか、冬野菜の出来はどうかとか、あれこれ質問しながら畑の中を歩いた。


「やっぱり、直接、作業に従事している人の声を聞くのは勉強になるわね」

「王宮にいると、なかなか領地を見に来る余裕はないだろうからね」


 報告書や陳情書から、ある程度の状況を把握することはできる。だが、実際に生の声を聞き、自分の目で見て歩くのとは、やはり違う。


「勉強になるわ。これからも、時々……」


 言いかけて、自分はもう王妃にはなることはないのだと思い出した。


「また、誘うよ」


 ギルバートが言う。


「ブライトン家の領民のためにも、うちの領民のためにも、アイリスが力を貸してくれると、すごくありがたい」

「優しいのね、ギルバート」

「本心だよ。君が有能なことは、母上から聞いている。僕は本気で期待している」


 緑色の瞳には温かい光が浮かんでいる。


「ありがとう」


 ブライトン領でも、行く先々で領民たちが声をかけてきた。

 たくさんの話を聞き、明るい笑い声の中で一日を過ごした。


「すっかり遅くなってしまった。そろそろ帰ろう」


 冬の日は短い。お茶を飲む間もなく歩き回ったが、日はすっかり傾きかけている。

 アイリスは充実した気分で馬車に乗り込んだ。


 夕暮れの中、田舎道を走る。


「今日は、ありがとう。とても勉強になったし、楽しかったわ」

「だったら、よかった」

「また、誘ってくれる?」

「もちろん」


 嬉しそうに笑って、ギルバートがアイリスを見つめる。

 目が合うと、ちょっと照れ臭い。


「アイリス、顔が赤いよ。冷えてきたからかな」

「え、そう?」


 外套を脱ぎ、アイリスの膝に掛けてくれる。


「あなただって、寒いでしょうに」

「僕は平気だ」


 にこりと笑う顔は幼いころと変わらない。変わらないのに、なぜだか急に、この人はずいぶん綺麗な顔をしていたんだなと思った。


「僕の顔に何かついてる?」

「ううん。ただ、あなたってハンサムだったんだなぁって、思っただけ」


 つい正直に言うと、ギルバートの顔が真っ赤になった。


「……っ!」

「そんなに照れなくても」

「て、照れてなんかいない。君が、急に、おかしなことを言うからだ」

「おかしなことなんて言ってないわ。あなたは本当にハンサムよ」


 ギルバートはさらに赤くなり、「やめてくれ」と言いながら、右手で口元を覆った。


(なんだか、可愛いわ)


 ふふふ、と笑い、アイリスは窓の外に目を向けた。

 馬車はいつの間にか、王都の街に入っていた。

 どの建物にも灯りが点り、街全体がキラキラしている。


(いい一日だったわ……)


 楽しく、満ち足りた気分で家までの道のりを馬車に揺られていった。 


たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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