表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/45

【10】オラクルストーン(2)

 聖殿の中庭には一本の大きな木が聳えている。

 ブラックウッド王国の象徴でもある神木、聖なる樹木、ブラックウッドだ。


 その根元に置かれた四角い石が誓約の石「オラクルストーン」である。


 マクニール大司教とハリエット、ノーイックに続いて、ギルバートは中庭に足を踏み入れた。

 ヘーゼルダインが後に続く。


 二歳の時に一度来たことがあるらしいのだが、さすがに記憶には残っていない。

 中庭の入り口に立って、ギルバートは聖域であるその場所をゆっくりと見回した。


 白い石を敷き詰めた床。

 円形の水路の囲まれた神木と『オラクルストーン』。

 

 王宮前広場に置かれた写しは、この神木と石を象ったものだとわかる。

 水路の水は神木の背後にある泉から湧き出ているようだ。


 大司教の他に、聖殿を護る司祭たちが隅で待機している。


 四角く黒い石が目に入る。

 そこには何も彫られていない。


 周囲がわずかに透き通る黒い石は、沈黙を現すように静かにそこにあるだけだ。


 大司教が石の前に設えられた簡素な祭壇に向かう。

 祭壇の奥の黒い石に銀の水差しから何かを注いだ。

 聖水だ。

 リリーが持つ水盆の聖水とは別の、聖殿の庭に沸く泉から取ったものである。


 石の表面が艶やかに輝いた。


「では、始めましょう」


 大司教が祭壇に向かって祈りを捧げる。

 それが終わるとノーイックを振り向いた。


「葡萄酒を」


 控えていた司祭がノーイックにグラスを差し出す。

 ノーイックがそれを祭壇に置いた。


 石は沈黙を保ったままだ。


 ノーイックが一歩下がる前に、空気が冷たくなった。

 パラ……、と音がしたかと思うと、氷の粒があたりに落ちてきた。


「雹だ」


 無数の雹が中庭全体に勢いよく降り注ぐ。


「うわっ」

「いた……っ」


 司祭たちが、屋根の下に逃げこんだ。

 氷の粒を受けながらマクニール大司教がノーイックに尋ねる。


「パンと花も捧げる勇気がありますか?」


 当然だとばかりにノーイックが司祭を睨む。


「あるに決まってる」


 大司教は無言でノーイックを見ている。

 ノーイックの顔が怒りに歪んだ。


「僕が、第一王子だ。生まれた時から、ずっとそうだったじゃないか。なんで、今頃になって、間違いだったとか言われなきゃならないんだよ!」


 大司教が頷く。


「王になる覚悟がおありなのですね?」

「だから、あるに決まってる!」

「では、どうぞ。パンを」


 別の司祭が差し出したパンを乱暴に掴んで、ノーイックは祭壇に向かってずんずん歩き出した。


 空がパッと光った。

 祭壇まであと数歩というところで、バリバリ……と大きな雷鳴があたりに轟く。


「うわぁああ……っ」


 ノーイックが両手で頭を抱えてしゃがみこんだ。

 投げ出されたパンが宙を舞う。


「嫌だ! 怖いよ!」


 バリバリ……と二度目の雷鳴があたりに響いた。


「僕のせいじゃない! 僕がやったんじゃない! 全部、母上がしたことじゃないか……!」


 空が再び光る。

 白い石を敷き詰めた床の上で、投げ捨てられたパンが光の中に浮かび上がる。


「もうやめる! 僕は、王になんかならない!」


 その瞬間、空を染めた稲光は小さくなり、雷鳴が遠ざかる。

 しゃがみこんでいたノーイックが這うようにしてギルバートたちの立つ中庭への入り口に戻ってくる。 


 別の司祭が新しいパンを手に持って、今度はギルバートに近づいてきた。

 床に落ちたパンは別の司祭が拾い上げ、丁寧に埃を掃っている。


 大司教が法衣の袖を振って手招く。


「ギルバート殿下。パンを祭壇に」


 ギルバートは頷き、パンを受け取る。


 ゆっくりと祭壇に向かい、静かにそれを置いた。


 石が光りだす。

 石から放たれた光は、やがて幾筋もの帯になって中庭全体を跳ねまわった。


 眩しさに、全員が目を覆った。


 光のダンスが小さくなって目を開けると、石には新たな王の名が刻まれていた。


 ――ギルバート・リンドグレーン。


「おめでとうございます。新国王ギルバート陛下。これをもって、無事に王位は継承されました。元首としての私の役目は終わりです」


 大司教が穏やかに告げる。

 司祭たちがギルバートに向かって頭を下げた。


 最後にギルバートは祭壇に花を捧げた。

 石がキラリと光る。


 祝福するように。

 どこか、ほっとしたように。


 中庭を出る時にハリエットが聞いた。


「ノーイックはどこですか?」

 

 司祭たちが顔を見合わせる。

 一人の司祭が答えた。


「先に出ていかれました。よほど雷がお嫌いなのでしょう」


 *   *   *


たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

下にある★ボタンやブックマークで評価していただけると嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ