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【9】隠された真実(2)

「いいか、小僧」


 男はヘーゼルダインの左手に銅貨を一枚握らせた。


「この手紙は、絶対に失くすなよ。リンドグレーン王室に第一子が生まれたことを知らせる手紙だからな」

「赤ちゃんが生まれたの? いつ?」


「今朝だ。八月五日の朝、ジェファーソン家に下がっておられるハリエット妃が王子様をお産みになった」

「すごい。よかったね」

「ああ。まったくだ。これでわがブラックウッド王国は安泰だぞ」

「そうなんだ。すごく大事な手紙なんだね」


 ふと、そんな大事な手紙を自分に預けていいのかと聞きたくなったが、せっかくの駄賃を無駄にするのも惜しい。

 男は馴染の配達人だから、自分を信用してくれたのだと思うことにした。


「必ず、いつものお役人に届けるよ」

「ああ、頼む。おまえは仕事が確実だから助かるよ。じゃあ、よろしくな」


 ヘーゼルダインに向かって軽く帽子を持ち上げて、男は城門の前から去っていった。


 城門から中に入るには、左右にある検問所での手続きが必要だ。

 たいした手間ではないのだが、順番を待って、必要な部分に名前や所在や目的を記入し、行先と帰りの時間を伝えなければならない。


 一日に何度も手紙や小包を運んでくる配達人には、この手続きがかなり面倒らしかった。

 配達人の多くは荷物や手紙の集積所や貴族の家を個人で回っている者たちで、役人が持っているような通行許可証は持っていない。

 毎回、毎回、手続きをする必要がある。


 そこで重宝されるのが、ヘーゼルダインのような使い走りの小僧だ。

 正式に役所から任命されている小間使いなので、各担当執務室が並ぶ第一宮殿の一階までならどこへでも行ける。


 ただ、正式な小間使いなのに、決まった給金が出ない。


 城門の前で待機し、配達人が来たら荷物や手紙を預かり、間違いなく担当部署の担当役人に届けることで、わずかな駄賃をもらうのだ。


 ヘーゼルダインは全くミスをしないので、配達人たちから重宝されていた。

 大事な荷物や手紙を預けたい時は、他の小僧がそのへんにいても、ヘーゼルダインの戻りを待ってくれる配達人がけっこういた。


 だから、その手紙もヘーゼルダインが預かった。


「絶対に失くすなよ。リンドグレーン王室に第一子が生まれたことを知らせる手紙なんだからな」

「え? また赤ちゃんが生まれたの?」

「また?」

「昨日も、第一子が生まれたっていう手紙が来たよ」


「ああ、では、ハリエット様のほうが先だったか。こっちは今日の昼過ぎにお生まれになったそうだから……。まあ、そのほうがよかったかもな」


 男は手紙を眺め、「でも、まあ、一応、届けてくれ」と言ってヘーゼルダインに預けた。

 銅貨一枚と一緒に。


「なんて言って届けるの?」

「うん、まあ……。手紙の内容は『第一子、誕生』だし、そのまま伝えてくれればいいよ。日付は今日、八月六日で、こっちは側妃のネルソン夫人のお子様だ。役人のほうで直すだろうから、おまえはただ渡せばいい」


「うん。わかった。いつもありがとう」

「こっちこそ、ありがとな。おまえは仕事が確実だから、安心して頼めるよ。また、何かあったらよろしくな」


 今度の配達人もそう言って帰っていった。

 二十年前の夏、ヘーゼルダインが十五歳の時のことだ。


 それからの数週間は、ヘーゼルダインにとって悪夢のような日々だった。

 最初に驚いたのは、新聞に発表された記事を読んだ時だ。


「これ、間違ってる」


 ヘーゼルダインが読んだ記事には、子どもの生まれた順序が逆に書かれていた。

 日付も違っている。


「どこがだ?」


 担当役人に該当の箇所を見せた。


「どこも間違っていないじゃないか」

「間違ってるよ! ネルソン夫人がお子様をお産みになったのは、八月六日なのに、ここには三日って書いてある」

「間違ってるのはおまえだよ、クリス。ネルソン夫人のお子様は、間違いなく八月三日の昼過ぎにお産まれになっている。どこもおかしくなんかないじゃないか」


 よその役人を訪ねても同じだった。

 何か所か回り、しつこく食い下がっていると、「いい加減にしろ!」と怒鳴られた。


「ちょっとばかり賢いからっていい気になるなよ。ただの使い走りのおまえより、俺たちの記録と記憶のほうが正しいに決まっているだろう」

「でも……っ」

「仕事の邪魔だ。出ていけ!」


 蹴りだされるようにして廊下にまろび出た。

 バランスを崩して転んでしまったところを、トコトコと歩いてきた老人が珍しそうに見下ろしてきた。


「使い走りの小僧にしては、品のいい、利発そうな顔をしとるな。名は、なんという」

「クリスティアン・ヘーゼルダインです」

「ずいぶんと立派な名じゃないか。ん……? ヘーゼルダイン? あのヘーゼルダインか」


 ヘーゼルダイン家は、わずかな領地しか持たない貧乏伯爵家だったが、王立アカデミアの研究員として、父の名は一部ではよく知られていた。


「流行り病で全員亡くなったと聞いたが、息子が残っていたか。噂では、たいそう頭のいい息子だということだったが……」


 値踏みされるように嫌だったが、老人はすぐに「まあ、よい。そこは、おいおいな」と言って、ヘーゼルダインが廊下で転んでいる事情を尋ねてきた。


「話の内容はともかく、説明の仕方がしっかりしておるな。ところで、使い走りの仕事は気にっておるのかな?」

「気にっているとかいないとか、そんな贅沢、言ってる余裕はないので……」

「ほほう。なるほどのぉ……」


 老人は少しの間考えてからこう言った。


「わしの名は、ヘンリー・ブライトンじゃ。おまえさんの名前を聞いた時に名乗らず、失礼したの。そこは、詫びるので、ひとつ相談に乗ってくれ。おまえさん、うちで面倒にならないかね?」


 何を言われているのかわからなかった。


「おまえさんは、いずれこの国に必要な人間になる。なくてはならない者になるだろうよ。こんなところで使い走りをしている暇はないと思うんじゃが……」


 勉強し、偉くなって、今の自分ではどうすることもできない問題を解決する力を持てと老人――ヘンリー卿は言った。


「不正が行われたのがわかった時に、それを正せる人間になるんじゃよ」


 唇と噛んで俯くヘーゼルダインに「今回のことは、わしも調べてみよう」と言った。


「僕を信じてくれるの?」

「おまえさんが嘘をつく理由は何もないからの。調べることは調べるが、記録を見た限りでは何も出てこんかもしれんよ?」


 それでも、調べると約束してくれた。

 この時、ヘーゼルダインはこの人の世話になろうと決めた。


「おまえさんは、まず、大人になることじゃ。よく学び、身体ももっと大きくして、強い大人になるんじゃ。戦うのは、それからじゃよ。今は、わしら、大人に任せんしゃい」


 しかし、ヘンリー卿がいくら調べても、不正の痕跡は見つからなかった。


 そして、二十年の月日が流れた。




たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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