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【2】実家でのんびりしていたら「捨てられ王妃」と呼ばれて盛大にディスられていました(1)

文字数を調整して章を分け直しました。この章と次の章は既出です。すみません。その次の6番目の章が新しく投稿した分です。よろしくお願いします。※この文章は後で消します。

 お茶が済むと、ハリエットは隣にあるリンドグレーン公爵邸に帰っていった。

 帰り際に、『ディアドラに民を支える力があるなら、王太后になろうがなるまいがどうでもいいんです』とハリエットは言った。

『私の身分がどうなろうと、そんなことは、どうでもいい。でも、ディアドラにはとことん能力がありません。バカな女に騙されて、ヴィンセントは本当に情けない男でしたよ』

 崩御した王に対する恨みを口にした。

 女としての口惜しさというより、国の行く末を案じての言葉だ。自分以外の女性が産んだ子どもが王位につくことになっても、おそらくハリエットは恨まない。

 あのノーイックが王となることに、心を痛めている。

 たった、二日。

 ギルバートとノーイックはほぼ同じ時期に生まれた。ギルバートが生まれたのは八月五日で、ノーイックはその二日前、八月三日に生まれている。

 ブラックウッド王国の定めでは、王の位は第一子が受け継ぐ。母親の身分や男か女かは関係ない。一日でも先に生まれた子どもが次の王になるのだ。

 ハリエットは前国王の正妃、王妃だったが、ギルバートより先にノーイックが生まれたため、王が崩御した今、元王妃という身分の他には何の地位もなくなった。

 逆に、側妃だったディアドラはノーイックが即位すれば王太后となる。

 第二宮殿に残るのはディアドラだ。

 せめてあと数日、ノーイックの誕生が遅ければ……。

 あるいは、ディアドラがもう少しまともな人で、ノーイックにきちんとした教育をしてくれていたら……。

 アイリスでもそう思う。ハリエットのやりきれなさは痛いほどよくわかった。

 気が弱く、陽炎のように存在感が薄かったヴィンセント王を助け、陰日なたに国を支えてきたハリエットにとって、ノーイックが王になることは不安でしかないはずだ。

 ノーイックに期待ができなかったからこそ、アイリスを王妃としてしっかり教育したのだろう。自分が王宮を去った後も、アイリスが国を支えられるように……。

 そのアイリスも、婚約を破棄され、王宮を追い出された。

本当は、もう少し頑張って、国や民のために王宮に残るべきだったのかもしれない。ディアドラやノーイックに頭を下げてでも……。

 でも、もう無理だった。諦めて、全部投げ出して実家に帰ってきてしまった。

「ハリエット様は、どう思われたかしら」

 お茶の後、ギルバートと一緒に冬枯れの庭を歩いていた。

「私、諦めて逃げてきちゃったけど、本当は、もっと頑張らなきゃいけなかったんじゃ……」

「どうしようもなかったんだろう?」

「それは、そうだけど……。でも、まだ頑張れたかもしれないのに、どこかで、もう無理、もういいって思っちゃったの。もう、この人たちと一緒に国を支えていくことなんか、できなって……」

 背負うべきはずのものを、投げ出してきた。

 ギルバートはちょっと考え込んだ。

 濃い茶色の髪こそヴィンセント王と同じだが、細身で長身なところや、凛として美しい横顔はハリエットにそっくりだ。エメラルドに似た緑色の瞳も。

 ハリエットは金髪だが、瞳の色はギルバートと同じ緑色だ。澄んだ湖水のような青みがかった緑色。

ハリエットも、リリー同様、実年齢よりはるかに若々しい容姿を保っている。美しく、常に凛としていて、アイリスにとって、ハリエットは師であるとともに憧れの女性でもあった。

「ハリエット様のようになりたかったのに……」

「母上が聞いたら喜ぶよ」

 ギルバートが笑った。それから、こうも言った。

「あの人は、アイリスが自分で決めたことに反対しないと思う。相談していたら、意見は言ってくれただろうけど、もう決めたなら、そこからどうするかを一緒に考えてくれる人だ」

 確かにそうだ。アイリスは黙って頷いた。

「王がまともに働いてくれれば、それに越したことはないけど、周りには君の父上をはじめとした有能な側近もいる。臣下として、僕も力を貸すつもりだし……。きっとなんとかなるよ」

「そうよね……」

「ヘーゼルダインもいるし」

「そうね……」

 ヘーゼルダインがいるから、アイリスも全部投げ出す気になれた。自分を許し、逃げてくることができたのだ。

「ヘーゼルダインに感謝しなくちゃ」

「まったくだ」

 ギルバートがまた笑う。

 葉の落ちた白樺の間を縫って、敷地の端まで来た。塀の向こうはギルバートの家、リンドグレーン公爵家の敷地である。

「ところで、明日、僕は領地の様子を見に行くんだけど、アイリスも行くかい?」

「リンドグレーン領に行くの?」

「うん。うちの領地はたいして広くないから、ブライトン領にも寄る。レイモンドを誘ったんだけど、彼は王宮での仕事があるらしくて……」

「行くわ」

「即答だね」

「領地の皆さんとお会いするのは勉強になるもの」

「アイリスは本当に前向きだな。アイリスを王妃の座から追うなんて、たいへんな失策だ。国の損失だよ」

 そう言ってから、ギルバートは「でも、僕は嬉しい」と続けた。

「嬉しい?」

「うん。アイリスがノーイックの妃にならなくて、よかった」

「そう?」

 顔を上げると、緑色の瞳がじっとアイリスを見下ろしていた。ギルバートは、いつの間にこんなに背が伸びたのだろう。

 ぼんやりとそんなことを思っていると「本当に、よかった」と彼が微笑む。その顔が、なんだかキラキラして眩しい。

 アイリスは目を逸らした。どうしてだろう。頬が熱い。

「アイリスが学んだことは、きっと、無駄にはならないよ。これからはブライトン家の領民のために力を使うといい」

「そうね」

「僕も、そうする」

 白樺の幹に手を当てて、ギルバートが呟く。アイリスは、ふと思った。

(ああ、そうなんだわ……。ギルバートも……)

 ノーイックが王になることで、近いうちに王位継承順位に変化が生じるだろう。ノーイックのもとに王子か王女が誕生すれば、ギルバートが王になる可能性はほぼなくなる。

 ギルバートには生まれた時から、リンドグレーン公爵という爵位が与えられている。ノーイックの即位後は臣下に下るからだ。

 リンドグレーン公爵という身分は、王にならなかった王家の子を表す。

 前王には弟がいなかったが、その前の王には二人の弟がいた。彼らもリンドグレーン公爵であり、爵位は子や孫に引き継がれる。そのため、同じ名前を持つ公爵家が他にもある。

 長く続いている家も、家系が途絶えて消えてしまった家もあり、現在は、ギルバートを含めて六つのリンドグレーン公爵家が存在した。

 そのような状況の中、一つ、確実に言えるのは、新しい公爵家に下賜する領地はそれほど多く残っていなかったということだ。

 ギルバートに与えられた領地もそれほど広くない。

 本家であるリンドグレーン王家が治める王都リンドグレーン領の外れ、ブライトン公爵領との間にある小規模な郡がギルバート・リンドグレーン卿の領地だ。

 一般的な上級貴族の領地としては十分かもしれないが、公爵という爵位や王弟という身分に見合っているとは言い難い。

 いつどのような立場になっても困らないように、ハリエットから王としての教育を受けてきたギルバートが治める領地としては、あまりにも小さい。

(別に、ノーイックの不幸を願うわけじゃないけど……)

 ギルバートが王になる可能性が消えてしまうことも、国にとって、大きな損失だと思った。

(なぜ、この国には、王の第一子が次の王などという定めがあるのかしら)



たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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