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【7】簒奪の勧め(8)

「「「はい?」」」


 一同の目が点になる。

 ちょっとヘーゼルダインの言っていることがわからない。


「何を言っているのかな?」


 グレアム卿が、首を水平になるくらい傾けて聞いた。


「そのままの意味です。先に簒奪したのはノーイック殿下とネルソン夫人です」

「えーと……」

「ノーイック殿下は第一王子などではないのです」


 リリーも大きく首を傾げる。


「ヘーゼルダイン、さっきから何を言っているの?」

「ですから、先にお生まれになったのは、ここにいるギルバート殿下だと言っているのです」

「ちょっと待って。それって、どういう……?」


「私が、かつて使い走りをして暮らしていたことはご存じですね?」


 リリーとグレアム卿、そしてハリエットが頷いた。


「おそよ二十年前、ブライトン公爵家でお世話になる前のことです」 


 ヘーゼルダインは当時のことを話し始めた。


 十四歳の時に両親を亡くし、屋敷やわずかな領地も人手に渡ることになり、ヘーゼルダインは天涯孤独、無一文の身となった。

 それまでは、学者でもあった父の後ろ盾もあり、家格のわりには十分な教育を受けてきたのだが、生きるために働かなくてはならなくなった。


 十四歳の少年にできる仕事は少ない。

 それでも、人づてに紹介された役人たちの使い走りをするようになった。

 一年くらい、その仕事をしていたという。


 その後、グレアム卿の先代、前ブライトン公爵であるヘンリー卿に見出されて、生活の基盤と教育を与えられることになる。

 それより少し前、八月のある日、国王陛下に第一子が誕生したことを知らせる手紙を役人に届けたのだとヘーゼルダインは言う。


「忘れもしません。二十年前の八月五日のことです」

「ギルバートが生まれた日ですね」


 ハリエットが頷く。


「でも、第一子というのは?」

「第一子でした。間違いなく、そう聞いたのです。それだけではありません。その翌日に、同じような手紙を、同じ役人に届けました。こちらも、第一子です。ですが、日付は八月六日です。八月六日に生まれたと書かれていたのです」

「つまり……?」


 ハリエットの緑色の瞳に疑惑の色が浮かぶ。


「ネルソン夫人は、前日にギルバート殿下がお生まれになったことを知らなかったのです。だから、第一子誕生という手紙を出しました。しかし、実際にはノーイック殿下は第二子だったのです。ところが、数日後には、ノーイック殿下の誕生した日は八月三日、ギルバート殿下が誕生した日が八月六日であると発表されました」


「どういうこと?」


 ジャスミンが眼を見開く。


「ネルソン夫人が日付を改竄した……?」


 レイモンドの顔には困惑が浮かぶ。


「でも、どうしてそんなことができるんです? 国王陛下のお子様の出生順は、王位継承に関わる国の重要事項ですよ。そんなに簡単にごまかせるものではないですよね?」


 ヘーゼルダインはレイモンドを見つめ返した。


「王位継承に関わる重要事項だと知っていたからこそ、使い走りの身で、役人たちには何度も問いただしました」

「それで……」

「役人たちは、口を揃えて、第一子はノーイック殿下、ギルバート殿下の二日前、八月三日に誕生したと言ったのです」


 レイモンドの表情が曇る。


「私は耳を疑いました。こんなことが許されていいのかと、何度も、あちこちの執務室を巡り歩いて、訴えました。しかし……」


 第一子はノーイックという「事実」は覆ることがなかった。


「あちこち走り回る中で、ヘンリー卿と出会いました。ですから、私にとっては悪いことばかりではなかったのです。それでも、そのヘンリー卿でさえ、よくよく調べたが、記録にも不審なところはなかったとおっしゃいました」


 誰も言葉を挟むことができない。


「とうてい納得できるものではありませんでしたが、何者でもなかった当時の私には、それ以上のことはできませんでした」


 言葉を切って、ヘーゼルダインはわずかに下を向く。


「今も、同じです」


 宰相にまで登りつめても、二十年という月日がたってしまった今、偽りの「事実」を覆す術はない。


「せめて、ノーイック殿下がギルバート殿下のようであったなら、まだ、諦めもつきます。ですが、あの方は……」


 王の器ではない。

 ヘーゼルダインは絞り出すような声で呟いた。


たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
あー、プロローグの追想ってそういう
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