【7】簒奪の勧め(4)
あと少しだ、とディアドラは思った。
二回の祭祀がうまくいかなかったせいで、ノーイックからは暴言を浴びせられるし、あのいけ好かないヘーゼルダインに頼ることになってしまった。
どうしてこうなるのだろう。
ヒルダにも女官たちにもしっかり指示したはずなのに。
ヒルダ。
全部、ヒルダのせいだ。
あのバカ女は、言われたことすらまともにできない。
女官たちも女官たちだ。これまでずっと、ディアドラの言う通りにしてきたくせに、最近はちっとも言うことを聞かない。
言うことを聞かないだけでなく、ちょっときつく叱るとすぐに辞めてしまう。
王宮勤めなんて、こんないい仕事が他にあると思っているのだろうか。
給金も世間の評価も最高の職場なのに、どうしてそう簡単に辞めてしまうのか理解できない。
「のどが渇いたわね」
チリンと手元のベルを鳴らすが、誰も来ない。
「誰か! 誰もいないの!」
チリンチリンチリン、とけたたましくベルを鳴らし続けるが、やはり誰も来なかった。
「まったく、どいつもこいつもサボってばかりで何の役にも立たないんだから。少しは仕事をしなさいよ」
仕方なく椅子から立ち上がり、側妃のための私室を出た。
廊下には人っ子一人いなかった。
女官が次々辞めていくとは思っていたが、どれだけ減ったのだろう。
一番近い談話室を覗いても、誰もいない。薪もなく、冷え切った暖炉には蜘蛛の巣が張っていた。
よく見ると廊下のあちこちにも綿埃が溜まっている。
「掃除くらい、ちゃんとできないの?」
そもそも女官が減ったら、また入れるべきではないだろうか。
辞めれば減るとわかっていて、募集をかけないのは怠慢だ。
女官という仕事は、長い者はほとんど一生、老婆になるまで続けるが、半分以上が結婚を機に辞めていく。
今までだって辞めた女官はいたはずだ。けれど、特に増えたり減ったりしなかったのはなぜだろう。
少し考えたが、よくわからなかった。
誰かがどこかで適当に補充していたのだと思うが、誰が仕切っていたのかがわからない。
ヘーゼルダインに聞くしかないだろうかと思ったが、第二宮殿の女官の採用問題にまで一国の宰相が関わっているのかどうか、怪しい。
まさか、自分かヒルダがやるべき仕事なのか。
「まさかね。王太后にもなろうという私が、そんなことまでやってられるわけないわ」
ハリエットがいなくなってからというもの、あれはどうすればいいのかこれはどうするべきかと女官たちからひっきりなしに聞かれて頭がおかしくなりそうだった。
アイリスがいれば、全部丸投げできたのに。
ハリエットがいた時から、そうしてきた。けれど、ヒルダではそういうわけにもいかない。
「あの子は、なんであんなにバカなんだろう」
自分の生まれ故郷でもある王都の外れの貧民街で、ノーイックの好みに合いそうな娘を適当に見繕ってきたのだが、あそこまで頭の悪い娘だとは思わなかった。
わからないことがあるなら、誰かに聞くとか、自分なりに勉強するとかすればいいのに……。
自分のことはまるっと棚に上げて、ディアドラは思った。
勉強だとか努力だとかをまったくやろうとしない。
だから、バカなのだ。
「まったく、誰も彼も無能すぎるわ」
それでも、ノーイックが即位し、自分が王太后になれば少しは変わるだろう。
また祭祀があるかと思うと気が重かったが、次からはヘーゼルダインが仕切るという。
癪に障るが、まあ、楽をできるのだし、失敗して責められることもなくなる。
あんな恥ずかしい思いをするのは、もうごめんだ。
ここは大人しく引き下がっておこう。
それにしても……。
ディアドラは腰に下げたレティキュールを軽く触った。
なぜ、最近、この石の力が使えないのだろう。
第一の祭祀の時は、ちゃんと使えた。
大司教もノーイックも、ノーイックの失敗を瞬時に忘れていた。
距離の遠い人たちにまで力が及ばないことは知っている。
全部の人の記憶から、あの失敗を消すことはできなかったが、ある程度まではごまかせた。
前回の祭祀の時は違った。
どういうわけか、誰の記憶も書き換えることができなかった。
まるで集団でブロックされているような、結界めいたものの中に入れられたような、奇妙な感覚があった。
王宮内でも同じことが起きている。
女官たちの記憶を都合よく書き換えることができなくなった。そのせいで、女官たちが反抗的になった。
だから、怒鳴りつけるしかなかったのだ。
思い通りにならないのだから、仕方ないではないか。
いろいろなことがうまくいかなくなっている。
それでも、あと少し。
ほんの一か月程度の辛抱だ。
それだけ待てば、ノーイックが王になる。
ここまで待ったのだから、待てるはずだ。
その日が来れば、きっと全部がうまくいき始める。
余計なことは考えず、黙ってその日を待っていればいいのだ。
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