【7】簒奪の勧め(3)
「ノーイック、ここにいたのね」
ディアドラがずかずかと部屋に入ってくる。
「なんだよ」
ノーイックが不機嫌に応じる。
「なんだよとは、なによ」
「ここは王妃の部屋だぞ。勝手に入ってくるなよ」
「なんですって。偉そうに」
「だいたい、母上にはガッカリだよ。どこが有能なんだよ。あんな杜撰な準備で祭祀をやらされて、僕がどんなに恥ずかしかったか、わかるか?」
「あれは、全部ヒルダが……」
「この女がバカだってことは、母上だって知ってただろう! なんで、こいつに全部任せるんだよ! ふつうに考えて、ありえないだろ!」
ヒルダが「ふえーん」と妙な泣き声をたてて泣き始める。
ノーイックはそれを無視した。
「これからは、全部、ヘーゼルダインにやらせるからな。母上は黙っててくれよ」
「ノーイック、あんた、誰のおかげで……」
「あんたはただ、僕を産んだだけじゃないか。何を偉そうに威張ってるんだ、平民のくせに」
「なんですって!」
「ごまかしたって、嘘はいつかバレるんだよ! あんたが平民出身だってことくらい、僕だって、とっくに知ってるんだからな。伯爵以上の貴族の系譜はごまかせないから、男爵ってことにしたんだろうけど、誰かが必ず、どこかで嘘を嗅ぎつけるんだよ」
「そんなはずないわ。ちゃんと、全員の……」
「ほら見ろ。全員の、なんだよ。口留めでもしたのか。どこからか持ち出した金を使って」
ディアドラがぐっと言葉をのみこんだ。
泣き真似をしていたらしいヒルダが、目元に当てた拳の向こうから、どこか楽しそうにノーイックとディアドラのやり取りを見ている。
思い出したように「ふえーん」とおかしな声を出しながら。
ディアドラが低い声で言った。
「お金なんか使ってないわよ」
少し声を高くして続ける。
「それに、たとえ、おまえの言ったことが事実でも、おまえが王になれば、私は王太后になるのよ。誰が何を言ったって、知るもんですか」
そう言い捨てると、ヘーゼルダインを振り返った。
「ヘーゼルダイン! オラクルストーンには、いつ王の名を刻むの? まだ、何も刻まれてないみたいだけど」
「それに関しては、私にはわかりかねます」
「あなたにわからないことなんかないでしょう? とにかく、はやくやりなさいよ!」
「マクニール大司教に確認いたします」
「さっさと行きなさい!」
軽い会釈をし、ヘーゼルダインは部屋を出た。
扉を閉めるのと同時に、深いため息が漏れる。
(やはり、アイリス様を失ったことは、大きい……)
大きすぎる。
けれど、アイリスが戻ることはないだろう。
ギルバートとの結婚を祝いたい気持ちはある。アイリスには幸せになってほしい。
だが……。
(このままでは、国が立ち行かなくなる)
第三の祭祀まであと三週間。
それが終われば残すところ十日でノーイックは即位する。
(本当に、あの男が即位してしまうのか……?)
王妃には、あの愚かな女が。
なぜ、こんなことになってしまったのか……。
自分は、なんのために宰相にまでなったのか。
ヘーゼルダインは激しい焦りを感じていた。
何か、手立てはないものか……。
どんな手を使ってでも、自分は……。
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