【4】絶対に怒らせてはいけない人々(2)
翌日の午後、リリーは友人たちを招いてお茶会を開いた。
ジャスミンは学校に行っている。参加したのはリリーの友人たちとハリエットアイリスだ。
リリーの友人たちは一様に腹を立てていた。
「アイリスに関するあの記事、いったいなんなの?」
「私たちのアイリスが無能であるはずないじゃない」
いずれも高い身分にある貴族の夫人たちで、リリーとハリエットが貴族学院に通っていた頃からの友人だ。アイリスが幼いころから、アイリスの成長を見てきている。
「本当に。いったい誰が、あんな記事を信じるっていうのかしら」
「世間の人は、案外、信じているみたいよ」
リリーが言うと、「あんな記事を書かせた人がいること自体、信じられないわ」と憤慨する。
「そもそも、世間で言われているほどディアドラは有能?」
彼女たちは昔からディアドラを疑っていた。
側妃になったと聞いた時から、胡散臭いと思っていたらしい。
『だって、私たちと同年代なのに、誰もあの人を知ってる人はいないのよ?』
『絶対、おかしいわよ』
たとえ、側妃としてではあっても、王家と縁を結ぶほどの家であれば、たいてい、リリーやハリエットや友人たちと同じ貴族学院に通っているものだ。
そうでない場合には、どのような理由で通っていなかったのかが話題になる。
けれど、当時は誰一人、学院でディアドラに会ったことがあるという人はいなかった。
異国で暮らしていたという話も聞かなかった。
後になってから、数人の令嬢が『ディアドラ・ネルソンは同じクラスにいた』と証言したらしいが、どうも話のつじつまが合わない。
卒業記録にディアドラの名前はなかったと聞いたのに、いつの間にか、あったという話にすり替わってもいた。
リリーの考えが当たっているなら、ディアドラはその頃から例の石を使っていた可能性がある。
そう考えると、とても恐ろしい。
アイリスが見ている前で、リリーは聖水の入った小瓶を友人たちに渡した。
「これは?」
「ちょっとしたお守りよ」
「まさか、聖水が入っているとか言わないわよね」
「さあ、どうかしら」
ふふふ、とリリーが笑う。
リリーが「聖水の女神」を祖とするスクワイア家の血を引いていることは、誰もが知っている。「聖水の泉」と呼ばれる黒曜石でできた水盆を引き継いで所持していることも。
ただし、それが本物の神器で、今も不思議な力を宿し続けているとは考えられていない。
馬車が走り、ガス燈が夜を明るく照らす現代社会において、ブラックウッド王国に伝わる三つの神器は、どれも伝説と同じ扱いとなっている。
古い時代のお伽噺の中の道具。
禁忌の石である「白の魔石」が失われていても、誰も騒がないのはそのためだ。
けれど、水盆は本物だ。
常に枯れることなく聖水を満たし続けている。「白の魔石」が存在していてもおかしくない。
リリーの推測の根拠はそこにあった。
「可愛い小瓶ね」
「できたら、レティキュールに入れて持ち歩いてね。本当にお守りの効果があるから」
リリーは軽く言った。
『こういうものはあまり熱心に勧めると、逆に胡散臭く思われるの』
リリーの言葉が頭に浮かぶ。熱心に勧めすぎると、逆効果らしい。
なかなか難しい。
「あなたがそう言うなら、なるべく持ち歩くわ」
「私も」
「こんな可愛い小瓶なら、レティキュールに入れていても素敵だしね」
「流行るかもしれないわね」
「是非、流行らせてちょうだい。欲しい人がいたら、いくらでも用意できるから。お代をいただくようなことはしないから、偽物には注意してね」
偽物を流行らせても意味がない。
「スクワイア家の紋章入りのものを選んでね」
悪戯っぽく見えるようにリリーが言うと、友人たちは「わかったわ」と笑う。
「正真正銘『スクワイア家の紋章入りの聖水の小瓶』を持ち歩かなくちゃ」
「あなたからしか手に入らないと言えば、かえって流行るかも」
「まさか、本当に『聖水の泉』から汲んでいるなんて、言わないわよね」
「想像にお任せするわ」
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