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【4】絶対に怒らせてはいけない人々(1)

 その晩、ブライトン家では簡単な夕食会が開かれた。


 参加したのはブライトン家の五人、グレアム、リリー、レイモンド、アイリス、ジャスミンと、リンドグレーン家のハリエットとギルバート、そしてヘーゼルダインの総勢八名。

 とてもコンパクトな集まりである。


 またの名を「作戦会議」という。

 議長はリリー・スクワイア・ブライトン。


「忙しいのに呼び出して悪かったわね、クリスティアン」


 リリーはとても親しげにヘーゼルダインを出迎えた。若干三十五歳にして稀代の名宰相と謳われる男は、表情一つ変えずに挨拶を返す。


「奥様。お会いできて光栄です」

「ディアドラが私たちを怒らせてしまったの。本気でね」


 招いた理由を説明するかのように、リリーが言った。


「いつまでも好き勝手なことをさせていたら、ろくなことにならないわ。少し思い知らせてあげなきゃいけないと思うのよ」

「思い知らせるとは、具体的には何をするのですか」


 帽子を取りながら、ヘーゼルダインが聞いた。

 実務主義の彼らしい。


「とりあえず、食事を始めてからね」


 一同は小さいほうの食堂に向かった。

 席に着くと早速リリーが口を開く。


「まず、グレアムとレイモンドには王宮を去ってもらおうと思うの」

「御前会議のメンバーでもあるグレアム卿が王宮を去るとなると、国政に支障をきたしますね。レイモンド殿も、いまや財務部の中核を担っております」


 困ります、とヘーゼルダインは真顔で言った。


「困るのはわかるわ。でも、そこは、あなたの腕の見せ所でしょう? クリスティアン」

「無茶を言わないでください」

「うーん」


 リリーはしばらく食前酒のグラスを弄んでいた。

 前菜とスープが運ばれてきたところで、再び口を開いた。


「じゃあ、実際にはちゃんと裏で手を貸すけど、形だけ休みを取るというのはどう?」

「そんなことをして、何か意味がありますか?」

「あなたが忙しいという状況を作るのが大事なの」

「私はすでに多忙を極めております」


 それはそうだろう。

 国王が崩御し、玉座が空いている今、宰相である彼が忙しいのは火を見るより明らかだ。


 アイリスはそう思ったのだが、斜め向かいの席いるハリエットが「嘘、おっしゃい」とピシャリと言った。


「ヴィンセントが王だった時から、国を動かしていたのはあなただったではありませんか。飾り物に過ぎない王の承認を受ける手間が減った分だけ、今のほうがマシなはずですよ」


 ヘーゼルダイはハリエットに目をやり、「相変わらず容赦のない方だ」と呟いた。

 ハリエットが皮肉っぽい顔で笑う。


「だって、あの人、本当に何もしなかったもの」


 ヘーゼルダインは否定しなかった。ただ「何もなさらないことがありがたい場合もあるのです」と呟いた。


 傀儡。


 ヴィンセント王は特徴のない人物だった。

 特別なことは何もせず、これといった意見も言わず、ただ臣下の提言を聞き、従うだけの影の薄い王。


 ヘーゼルダインのような頭のキレる宰相にとっては、都合のいい王だったのかもしれない。


 けれど、よく考えると恐ろしい。


 ヘーゼルダインが国のために身を粉にして働く人物だったからよかったが、悪魔に魂を売るような男だったら、どうなっていただろう。

 力のない王を持つことは危険だ。


 ノーイックの顔を思い出すとため息が出た。


「グレアムとレイモンドは、王宮を去る」


 リリーが繰り返す。

 グレアム卿も頷く。 


「私としては、なんらかの抗議を示したい。王宮を去るというのも、一つの選択肢だ」

「抗議のためというのは理解できますが、わざわざ王宮を去る必要がありますか?」


 ヘーゼルダインはまだ懐疑的だ。


「あるのよ」


 リリーは強く頷いた。


「アイリスを中傷する記事に腹を立てて、グレアムとレイモンドが王宮を去る。それで、あなたが忙しくなる。とても忙しくなる。そういう流れが必要なの」


 ハリエットが続ける。


「あと二週間ほどで、第一の祭祀が行われます。その準備に、私は一切、手を貸しません。もちろん、アイリスも」

「ネルソン夫人がご自身で祭祀を仕切るわけですね」


 ヘーゼルダインが黒い瞳をハリエットに向ける。


「あの方にできますか?」

「クリスティアンにはわかっているのね」


 リリーが言い、ヘーゼルダインはリリーに視線を戻した。


「わかっているとは?」

「第二宮殿の仕事を回しているのは、本当は誰なのかということが」


 ああ、とヘーゼルダインが頷く。


「その件については、かねてより不思議に思っていました。ハリエット様とアイリス様が主に対応してくださっているのに、どういうわけか、多くの仕事をネルソン夫人が担っているように皆が言う。話が捻じ曲がっているのです」


 リリーとハリエットが頷く。


「ネルソン夫人に人望があるとは思えない。あの方は、たいへん卑しいところがおありです。人に好かれるような方ではない」

「ちゃんと見えているわね」

「にもかかわらず、執務担当者も女官たちも、ネルソン夫人を褒めたたえるのです。あれは、いったい、どういうわけなのでしょうか」


 リリーはふいに「クリスティアン、あれ、持ち歩いてる?」と聞いた。


「あれ、とは?」

「昔、私があなたにあげたお守り」

「ああ、これですか」


 ヘーゼルダインは上着の内ポケットからガラスの小瓶を取り出した。


「やっぱり……」

「やっぱり?」


 リリーは少し考えこんだ。


「まだ、詳しいことは言えないけど……」


 ハリエットが口を開く。


「とにかく、私もアイリスも、祭祀の準備には関わりません」

「わかりました」


 ヘーゼルダインは頷く。

 リリーは顔を上げ、「クリスティアン、あなたにも関わらないでほしいの」と言った。


「相談を受けても、忙しいって言って、断ってほしいのよ」

「ですが……、それでは、祭祀が……」

「失敗するわね」


 リリーが言い、ハリエットが続ける。


「ヴィンセントには申し訳ないけれど、ディアドラとノーイックを王室に入れたのは、あの人です。その結果、ノーイックが次の王になる。ヴィンセントへの慰霊とノーイックの即位のために行われる祭祀なのですから、ディアドラとノーイックに任せるのが筋でしょう」

「その結果、失敗しても、彼らの責任だと……」


 リリーが頷く。


「もうアイリスのせいにはさせない」

「確実に失敗させるために、私にも、手を貸すなと」

「察しがいいわね。さすが、クリスティアン」

「リリー様、性格が悪すぎませんか」


 片眼鏡越しに真顔で直視され、リリーはぐっと言葉をのんだ。

 しかし、次の瞬間、椅子から立ち上がって叫んでいた。


「何を言ってるの! このくらいやらなきゃ気が済まないでしょ! 私たち、本気で怒ってるのよ!」


 ヘーゼルダインがリリーを見上げる。


「ハリエットはね、側妃の子が王になることに腹を立てているわけじゃないの。あのディアドラとノーイックだから、嫌なの。手を貸したくないの。そしてね、アイリスを切り捨てられた私たちブライトン家も、手を貸す気はない。いい?」

「わかりました」


 ヘーゼルダインは頷いた。


「第二宮殿には立ち入らないことにしましょう。どの道、グレアム卿が王宮を去ってしまわれたら、そんな余裕はないでしょうしね」


 そう言うと、ヘーゼルダインも立ち上がった。


「あら、どうしたの?」

「帰ります」

「これから、メインのお肉が来るわよ?」

「ありがとうございます。ですが、仕事も残っておりますので。お話の重要な部分はお聞きしたと思いますので、お許しいただけるなら、これで失礼します」


「残念ね。せっかく久しぶりに一緒に食事ができると思ったのに」

「また、ゆっくりお邪魔させてください」



たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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