【3】フォビダンストーン(5)
アイリスとジャスミンはリリーの顔を見た。
「誰かが石を奪ったのだとしたら、その人物は、元の持ち主の記憶を消したんじゃないかしら。石を手に入れたって記録が時々残されていて、でも、失くしたという記録はないの。失くしてしまっても、そのことを記録できないのよ」
元の持ち主の記憶を消し、記録もできないのだとしたら、確かにいつ、どこで、どのように、そして、誰の手に渡ったのかを知るのは難しい。
「持ち主は何度も変わっているみたい。だから、なおさらわからないの」
仕方がないのだとリリーが肩をすくめる。
ジャスミンが首をかしげた。
「最後に失くした石が、今もどこかにあるってこと?」
リリーは、どこか覚悟を決めるような顔をして、声を低めた。
「私……、ディアドラが持っているんじゃないかと思ってるの」
「「え……っ」」
アイリスとジャスミンは思わず声を上げた。
「でも、それって……」
慌てて身を乗り出したアイリスに、リリーが顔の前でそっと指を立てる。
「しー。もし、この考えが当たっていたら、大変なことよ」
アイリスとジャスミンはごくりと喉を鳴らす。
その石は、所持することさえ禁じられている。
隠し持っていることがわかっただけで世界会議にかけられ、使用した場合は、極刑に近い罰が下される。
「こんなこと、滅多なことでは口にできない。でも、アイリスとハリエットの話を聞いているうちに、どうしてもその可能性が頭に浮かんできて……」
アイリスとハリエットの二人だけが正しい記憶を持っていることや、離れたところいた人には正しい記憶があること、それが、一度や二度ではないことなどを考えると、何か、特別な力を使っているのではないかと結論づけたくなると、リリーは言った。
「それが、フォビダンストーン……『白の魔石』の力じゃないかって思うのね?」
アイリスの問いにリリーは難しい顔で考えこむ。
「いくつかの薬草を使えば、人の記憶を曖昧にすることもできるわ。でも、その効果は長くて数日……。事実と違うことを、ほとんど永遠に、疑うことなく信じているのなら、それは相当な魔力だわ。ディアドラが『白の魔石』を使っているなら、納得できる」
背中がぞわりと粟立った。
何をしてもディアドラの成果にされ、ディアドラだけが賞賛を浴びていた。褒められたいわけではないし、みんなが喜んでいるのだから構わないと思ってきた。
ディアドラは口がうまいだけ。
欲が深く、図々しいところがあるから、何でも自分がしたことにして、人に言いふらしているだけだと思ってきた。
実際、あれこれ言いふらしていたのも知っている。
アイリスの失敗を見つけた時など、どんなにささいなことでも大げさに触れ回っていた。
そういう人なのだと、なかば諦め半分に思っていた。
でも、それだけではなかったかもしれないのだ。
(本当にそんな恐ろしい石を使っていたの……?)
人の記憶を操る。
誰かの頭の中にあるものを、魔力を使って支配し、改竄する。
そんなことが許されていいはずがない。
「ディアドラが使っているのが『白の魔石』だったら、聖水が役に立つって、お母様な思ってるのね?」
ジャスミンの問いにリリーが頷く。
「聖水は本物ってこと?」
「そうよ。伝説やお伽噺じゃなくて、本当に邪なものを浄化する力があるの。魔石が記憶を操ろうとしても、聖水を身につけている人には、できない」
「だから、私とハリエット様だけが、正しい記憶を持っていられたの?」
「たぶん、そう。それを確かめるためにも、大勢の人に聖水を持ち歩いてもらおうと思って……」
ガラスの小瓶を手にリリーが、きゅっと唇を噛んだ。
「私の推測が当たっているのかどうかを確かめたいの……。もし、当たっていたら、ディアドラは、私たちの恨みを買うどころの話では済まなくなるけど」
リリーが小瓶を水盆に浸す。聖水が満ちると金色の蓋をかぶせて封をした。
何本かの小瓶に聖水を満たゆく。
いくら汲んでも、水盆にはなみなみと水が満ちている。
「みんなの記憶が操られなくなれば、あの人が本当に有能だったかどうかもはっきりするのね」
ジャスミンが小瓶に手を伸ばす。
「だったら、はやくあの人の化けの皮を剥いでやりましょう。アイリスお姉さまにひどいことをしたんだから、めいっぱい仕返しをしなくちゃ」
「アイリスも手伝って」
リリーに言われて、アイリスも小瓶を手に取る。
「水盆に触れることができるのは、聖水の女神の血を引く乙女だけなの」
「他の人が触るとどうなるの?」
「浄化されてしまうわ」
アイリスとジャスミンはきょとんとする。
「人間は、案外、穢れているの。小瓶の聖水くらいなら問題ないけど、この水盆は、ちょっとね……」
力が強すぎて……、とリリーが目を伏せる。
「浄化って、まさか……」
「深く考えないほうがいいわ、ジャスミン」
ジャスミンは急にせっせと手を動かし始めた。
「わかったわ。私たちがやるしかないわけね。お姉様も、ほら」
「え、ええ」
三人はせっせと小瓶に聖水を詰め続けた。
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