【3】フォビダンストーン(3)
ヒルダはぽかんとしている。
「どうなの?」
追求しても、曖昧な笑みが返ってくるだけだ。
「ディアドラ様ー、あたい、もう行ってもいいですかー?」
「行くって、どこに」
「ノーイック様のところですー」
「あの子はどこで何をしているの? まさか、遊んでるんじゃないでしょうね」
ヒルダが首を傾げた。
「えーとぉ、さっきー、ヘーゼルダインさんに呼ばれてー、第一宮殿に行きましたー」
「ヘーゼルダインに?」
それなら、王としての執務を学んでいるのだろう。
はたして王などという地位がノーイックに務まるのか心配だったが、ヘーゼルダインがいれば、なんとかなるはずだ。
癪に障る男だが、有能であることだけは確かなのだから。
「だったら、邪魔をするのはやめなさい。あなたは、王妃としての仕事をするんです」
「えー……」
「えー、じゃありません。さあ、さっさと始める」
「でもー、何をすればー、いいん……」
「いいから! さっさと王妃の間に行きなさい! 行けば女官が何か言ってくるでしょうから」
「はあーい」
なんとも間延びした返事とともに、ヒルダが私室を出ていく。
「ちゃんと、やるのよ!」
第一の祭祀などと言われても、ディアドラにも何をどうすればいいのかわからない。図書室で過去の記録や文献を調べればいいと言われたが、そのやり方がわからない。
マクニール大司教から教わってもいいのだが、どうも気が進まない。
面倒なのだ。
誰かサクッと説明してくれる人はいないものか。
あまりあちこちで聞いていると、バカにされそうだし……。
手際よく葬儀を仕切っていたハリエットを思いだす。初めてのことなのに、あの女は、なぜあんなにうまく全部を仕切ることができたのだろう。
ディアドラは他国の王族の案内を任されたのだが、席順を適当に決めたら、あれはだめだ、これはだめだと、どうでもよさそうな細かいことでアイリスにダメ出しされた。
ムカついたのでアイリスに丸投げしたが、結果的にはそれがよかったようだ。
前王の側近だった者たちが感心し、褒めちぎってきたので、ディアドラがやったことにしておいた。
ついでに、どこからか漏れていた最初の席順についてはアイリスが適当に決めたことにしておいた。
(可愛げがないからよ)
ハリエットから厳しい指導を受けてきたアイリスは、ディアドラが知らないことまでよく知っている。
誰と誰は仲がいいとか悪いとか、その家よりもこの家のほうが家格が上だとか下だとか、とにかく細かくて、どうでもよさそうなことにやたらと詳しい。
(面倒くさいったらありゃしない)
ハリエットと二人でディアドラを見下すような態度を取るのも気にくわない。
その点、ヒルダは気が楽だ。
頭は悪いが、少なくとも、ディアドラを見下すようなことはない。おおむね素直に言うことを聞く。
祭祀のやり方はまったくわからないし、何をどう準備すればいいのか見当すらつかないが、ヒルダにやらせておけばいいだろう。
ヘーゼルダインに頼ろうかとも思ったが、そんなことをすれば、あの男はもっと図に乗るに違いない。
自分の手柄にして、稀代の名宰相だかなんだかいう評判に箔をつけようとするはずだ。
せっかくディアドラの評判がどんどん上がっているところなのに、ここでヘーゼルダインの評判を上げてなるものか。
ノーイックの即位後に大きな顔をされても困る。
だいたい、ディアドラはあの宰相が苦手なのだ。「氷の宰相」だかなんだか知らないが、無表情すぎて、何を考えているのかさっぱりわからない。
下手に頼って見下されるのも嫌だ。
やはり、ここはなんとか自分たちの手で成し遂げよう。
祭祀くらいテキトーに仕切ってもどうにかなるはずだ。
準備をするのは、どうせ女官たちなのだし、細かいことは女官たちが知っているのではないか。
ディアドラが聞くのは沽券にかかわるとしても、ヒルダが聞く分には構わないだろう。
(なんとかなるわよ。ただの儀式なんだから)
それに、少しくらいまずいことになっても、この石があればごまかせる。
ディアドラは腰のレティキュールに触れた。
全部終わればノーイックは王になる。
そして、自分は王太后に……。
百日も待つのは本当にばかばかしいし、無駄以外の何物でもない。言いたいことは山ほどあるが、逆に言えば、百日待っていればいいだけのことでもある。
ディアドラが「陛下」と呼ばれてかしずかれる日は、それほど遠くない。
とりあえず、寝て待とう。
きっと、何もかもうまくいく。
そう。この石さえあれば……。
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