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都平連理1

あぁ。あぁ。

意味もない言葉が喉から。唇から漏れてくる。

景色が反転する。ぐるぐると回り落ちる。それなのに足が地面についた感触がする。

今までの何かと切り替わる。かちりと音がする。

何かを失った気がする。何かとはわからない。

すべてを得た気がする。すべてとは何かわからない。


ぼんやりとした世界が急に輪郭をもって私に襲い掛かる。

そうか。これが人の世界か。

急に視界が開けた気がする。

ゆっくりと私は初めて、生まれて初めて瞼をあける。目を覚ます。


「……なんとも目まぐるしく、煩わしい」

声が出た。不可思議な気がする。今までとは違うように思える。

今までとは何だったのか。

私に触れる手がある。暖かい。気持ち悪い。

私のことを見ている人がいる。

目の前の男を見据える。

これは都平阿坂。私の兄。双子の兄。肉体を分けるといっていたのに、私は女で、彼は男だ。不思議なものだ。

「人の身を得て、人の感情を得て、人の考えを得てわかったことがある」

人の身とはなんともおぞましい。こんなどろどろとしたものがこんなちっぽけな身に渦巻いていたのか。

「これが憎しみか。存外面白い」

長い間人を見てきた。人が何を持って私をみていたのか。

何を望んでいたのかわかったような気がする。

ぼんやりと名前のつけられなかったものたちに名前がついていく。

感情

今私の胸を占めているのは不愉快よりも強い気持ち。もっとこう…攻撃的な気持ちになる。

元の私はこれを持ち合わせていたのだろうか?もうわからない。

目の前の兄という存在は曖昧に微笑んでいる。

不愉快だ。

でも人の身を得て、あからさまに兄の計画であったと理解できたものがある。

今思えばあからさまであった。

問いたださなくてはいけない。

「真代未来をここによこしたのはお前か?」

兄は変わらず困ったように微笑んでいた。困ってなどいないくせに。

「そうだよ」

「あれにも…未来にも物語があるのか?」

「元の物語において彼女に役割はないよ。登場すらしなかった人物だ。

でも、物語には、この物語には特性があった。

意図して僕が設定した特性。

それはーー名前だ。

物語において登場人物は名前という運命が与えられていた。

登場人物の運命を名前が示すという設定をした。

……だからこそ名前を持たない君は消えるしかなかった」

なるほど。だから私に新しい名前を与えたのか。

「そして、その法則性においていうなら、彼女の名前(うんめい)は未来そのものだ。

未来という運命(なまえ)をもつ彼女であれば君が未来を得る手助けになると思った。

未来の名をもつ彼女が同じ学園にいたことは偶然だったけど、

(げんさくしゃ)の範疇内の出来事だったけど、

きっと彼女は都平阿坂ではできなかった可能性を得る事ができる。だから君と接触させた。

物語の都平阿坂は君を見ていなかった。

君を見て自分自身を見ていたからだ。

そうではなく君自身を見てくれる人が必要だった。

真代さんは十分にその役割を果たしてくれた。

僕は物語の都平阿坂ではないが……

おそらく僕は、僕の物語の特性上この物語の秋を超えられない」

物語の特性。

嫌な言葉だ。そして特性と言ったか。なにか引っ掛かるような気がする。

「お前の特性もあるのか」

「あるよ。でももう関係ない。君とってももう関係がない。今の君には名前がある。

物語から、物語が決めた運命から抜け出した。だって物語に都平連理という名前はない。

こうなった以上物語は泡と消える。物語のほうが消滅する。僕が美しいと思って紡いだ物語はもう跡形もない。

美しさとは無縁のただの普通のお話になり下がった。そうだろう」

そうだ。認めるのは癪だがもう関係ない。私は物語から抜けたのだ。

ここは私が、あの名前のなかったわたしがはかなく消えることで成立する世界ではないのだ。

「そのための駒だったというのね?未来は」

兄の反応はない。相変わらずあいまいで気持ちの悪い表情を浮かべている。

それにしてもなんと酷い男。クラスになじめない哀れな女を利用したのか。自分の贖罪とために。

それで私が消えたらどうするつもりだったのか。一人ぼっちになってしまうではないか。

罪のために罪を重ねるとはなんとも愚か。

あぁ。あぁとても愚か。

「ひどい男。そんなに私が大切だったの?

失いたくなかった?私にひどいことをした償いに、今度は違う女の子をひどい目に合わせようとしてたんだぁ」

くすくすと馬鹿にしたように笑ってみる。

わざわざわかりきったことを口に出してみる。反応が見たい。傷つけたい。

それとも、もしかしたら私は随分と彼女を、未来を気に入っているのかもしれない。

それを利用したこいつを許しがたい。

「その通りだ。そしてその評価は甘んじて受けるよ。

真白さんは、彼女だったからこそ、彼女にしかできない役割だと僕は考えているよ。

でも君と会えるかは未知の可能性だった。だからうまく接触できた時はとてもうれしかった。とてもうれしかった」

兄の表情は変わらない。いらつきをおぼえてつないだ手を乱暴にぷらぷらと揺らしてみる。

兄はされるがままにされているが、手を放すつもりもないようだ。

「よかったねぇ。未来を利用した計画がうまくいって。失敗したらどうするつもりだったの?」

「失敗しなかっただろ?」

それは原作者であったためにわかっていたことだったのか。それとも別のものだったのか。

つまらない。どうやらこの男は私に何を言われてもいい覚悟をしているようだ。

全く傷ついている様子がない。覚悟を決めているってことか?

私に生きてほしいがためにそこまでの覚悟を決めていたっていうことか?

理解しがたい。

「あ~あ。つまんない」

私はつないでいた手を振りやり振りほどいた。

なんとなく自由を得た気がする。不安を得た気がする。

くるくるとその場で回ってみる。

体が重い。これが重み。命の重み。意味を得た重み。

徐々にもとの私が消えていっているような気がする。

そもそもこんな思考回路を持ち合わせていたのだろうか?

できないことが増えた気がする。でもそれよりできるようになったこと、やってもいいことが増えたように思う。


「帰ろう。連理」

兄が私に手を差し伸べている。

改めて私の兄と名乗るアレのすがたを下から上まで見つめてみる。

地面に座り込んだこともあってズボンは土まみれ、髪もボサボサ。

よく見れば目元にはくま。

激しく消耗した姿に胸がすっとする。これも人になって初めて得た感情。

もっと感じていたい。

「何もかも変わったんだって実感してたのに邪魔しないでよ」

そうだ。今私は私を感じている。

「……あぁ。でも変わらないものもあるわ」

私は唐突に浮き上がった気持ちのまま喋り出す。これだけは断言しておかないといけない。

「私お兄ぃちゃんが大嫌い」

私が笑顔でそう告げた。1番の笑顔を心がけた。さぞかし可愛らしく笑えていると思う。

でも兄は困ったように笑うだけだった。つまらなかった。

私は踵を返して歩き出す。

せいぜい楽しむとしよう。せいぜい苦しむといいだろう。

いろいろなことをしよう。いろいろなことができるのだから。

そうだ。せいぜい兄の前で未来と仲良くすることにしよう。罪悪感でつぶれてしまうように。


兄を無視して中庭の扉に向かってどすどすと向かっていく。

ついに中庭から出るのだ。

私にとって初めての経験だ。

私は気が付いたらこの中庭にいた。何度か建物は立て替えていたようだが、私はここから出たことがない。

私の世界はここだけだった。

「ねっ。ねっ。ぴってやるんでしょ。ぴって。やりたい」

私はくるっと兄を振り返り尋ねる。気に食わない気持ちはあるが、いまはおいてこう。

やってみたいことがいっぱいあるのだ。

あぁ。胸が弾む。私は自由を得るのだ。

何があるのだろうか。未来が、そして今まで私に貢物をよこしたものたちが私に語った世界がこの扉の向こうにあるのだ。

「鍵は中庭に入るときに開けるであって。出るときに鍵はいらないよ。だって外に出る時も鍵を開けなきゃいけないなら簡単に閉じ込められてしまうだろ。」

はしゃぐ私と対照的に冷静な兄の声に、なんだか気分が下がってしまった。むかつく。

ではもう遠慮はいらない。

扉に手をかけて引いてみる。

ふと、前の私はここから出ることを想像したことがあったのだろうかと疑問が沸いた。わからない。

ぎぃぃとさび付いた音を立てて扉が開いた。おじけづきそうな気持をおさえつけて私は一歩を踏み出す。

足元がふわふわする。

ふとほほを風が通り過ぎていく。懐かしい記憶が頭をよぎった。でも思い出す間もなく溶けて消えてしまった。

振り返ろうと思ってやめた。後ろには兄しかいない。不安を悟られたくなかった。

進むしかないのだ。

震える足を前に踏み出す。ふっと足から力が抜ける。かくんとひざが落ちた。

だめなのかもしれない。そんな思いが頭を駆け巡った。

血の気が引いていくのがわかった。

だめだ!!私はとっさに目をつぶった。


しかし、いくら待ってみても衝撃は襲ってこなかった。暖かい何かに抱き留められた。

兄かと思ったが違ったようだった。

「都平!何しているんだ。扉くらい支えてあげなさい」

見上げるとそこには、彼がいた。そうだ結城逡。この学校の先生。脅かしがいのある先生。みんながいつもからかっていた先生。

そういえばみんながいない。いや。見えなくなったのか。

「……いえ。その。自分でやりたいかなって。すみません」

兄がもごもごと言い訳をする。でも兄が正しい。そうとも。自分でやりたかった。そういうものだろうと思う。

その後も結城先生は、ふらふらしていたとかなんとか兄を責めながら私を立ち上がらせてくれていた。

「ありがとうございます。先生。でも。先生。忘れちゃったんですか?私のこと」

お礼をいって結城先生から離れて、そうして意地悪っぽく詰め寄ってみる。いつもの、未来と合っているときの私を装う。

確かめてみたいことがある。兄は本当にそうなのか。できたのか。

私のことを誰だと認識しているのか。

「すまん。お前も都平だったな。都平連理」

私は満足して笑った。

おやおやおや。本当に本当だったのか。心のどこかで信じられない気持ちだったが。

完全に信じる気になった。世界は、物語は変わったんだ。

私は走り出した。向かうのは階段の踊り場。未来が言っていた。

鏡があると。

私の姿が見てみたい。

名前を与えられた。人の身を得た。命を得た。(何かを失った)

兄や先生が驚いたような声が聞こえてくる。知ったことではない。

私はもう自分でどこにだって行けるんだ。

たどり着いた踊り場で私は鏡を見る。息が切れている。

仕方がない生まれて初めて自分で走ったのだ。

鏡を見つめる。背の高い女の子が移っている。

ほほに指をあてる。フニフニと柔らかい。

髪を触る。サラサラと指をすり抜ける。

ふふふ

思わず笑いがこぼれる。鏡の私が私に笑いかける。

鏡に映った女の子は都平阿坂にそっくりだった。

兄そっくりの私がほほ笑んでいる。

あぁ。これはきっと楽しいことになりそうだ。

そんな予感がした。

本編は次がラストです。

番外編を2〜3かくつもりですがちょっとお休みしてから書くと思います。

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