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XXX XXX3

「君の物語がそう定められているからだ」

虚を突かれたのだろう。彼女の動作が止まった。忍び寄る寒さは変わらない。

「私の…物語…」

「そう。君に課せられた物語」

苦しい。苦しい。苦しい。始めなくてはいけない。どんなに苦しくても今まで、そしてこれからの彼女の苦しみに比べればちっぽけなものなんだから。

「はっ…はっ……はは。とうとう頭でもおかしくなった?男どもの中でも、そんな妄言を言うやつはいなかった。なるほど新しいと言えば新しい」

自身を落ち着かせせるように彼女がまくしたてる。

それが悲しい。こんな彼女を見たいために始めたことではない。でもその先に進まないといけないのだ。

「君の物語だ。君には課せられた物語がある。神様でも幽霊でもない。何者でもない君という役割だ」

僕は種明かしを始める。この物語の種明かしだ。

これこそが僕の役割であるからだ。


「とあるところに少年がいた。名を津平阿坂。

少年は高校進学という節目でうまくクラスになじめずにいた。

そんな時に一人の少女と出会う。

少女は人とは違う雰囲気を醸し出し、どことなく庇護欲を誘われる風だった。

少年は思った。

いや明確に思ったわけではなく、心の隅で感じとってしまった。

このちょっとかわいそうな女の子に尽くす僕はきっと特別な物語を持っている。

思春期にありがちな自分は特別だという思い込みだよね。呆れ果てる。

でも、ある日少年は彼女と突然分かれることとなる。出会った年の秋の日、少女は少年の前から姿を消してしまった。

少年は少女との恋を記憶として特別なものとして自分の青春を飾ることにしたのだ。

しかしとあるきっかけで、少年は彼女のことを調べることとなる。

学校の歴史、石碑の由来。現地信仰。

そこで明かされたのは少女が人ならざるものであること。

でも少年は思ったんだ。

彼女がかつての現地信仰の残り香で、信仰の澱だったとしても関係がないと。

たとえ彼女が人でなくても過ごした記憶は特別であり、自身の経験は特別でも何でもないと気付いたんだ。

彼女との思い出を何の変哲もない青春の1ページとして胸に抱いて何でもない毎日を生きる。

少年はそう決めた。

めでたしめでたし…

そんな物語だ」


彼女は茫然とこちらを見ている。理解が追いついてないのかもしれない。もしかしたら心当たりがあるのかもしれない。

「この物語に与えられた使命は何事もそして何物も特別ではないということ。

少年にとっても、そして少女にとっても同じである。

そう。少女とは君のことだ。

君は神様でも、精霊でもなく、何者でもなく、少年に淡い恋を教えるだけの存在としてこの物語に意味を与えられた」

再び激しい風が吹きつけて僕は言葉を途切れさせられた。

彼女の怒りを感じる。戸惑いを感じる。

でも普通なら鼻で笑い飛ばしてもいい内容だ。それができないということは自覚があるということ。

あぁ。やはり彼女は自分が何者でもないことに気づいていたのだろう。

「なんで…!なんでそんなことが言える…なんだそれは!おかしいじゃないか!なんで!そんなはずない…じゃぁお前は私に意味なんてないと言っているようなものじゃないか」

激しい風と共に言葉が聞こえる。とぎれとぎれだが強い慟哭が届いている。

「なんなんだ!じゃぁお前は何だっていうんだ!…お前が言うことが正しいならなぜそんなことを知っている!お前が神だとでもいうのかおかしいじゃないか!!」

正しい反応だ。とても正しい。

「それとも…それともそれがお前に課された物語だとでもいうのか」

同じく物語を与えられ、物語の登場人物としてその物語の進むままに生きているならまだ寛容できる。

そんなことを言いたいんだろな。

彼女の姿に僕は感じては行けない感情が胸を締めていくのを感じた。

でもそれだけはいけない。哀れみを感じては行けない。

「違う。僕が伝えた物語は、僕に課せられた物語ではない。僕はこの物語の津平阿坂ではない」

どんなに彼女にとって残酷な内容だったとしても僕は伝えなくては行けない。

僕のために彼女のために。

「そして僕は神様ではない」

彼女の目を見る。彼女の目が赤く輝いている。

あぁ。物語の阿坂や真代さんのように僕もかな輝きに引き込まれて仕舞えば話は変わるのかもしれない。

「でも君の言うことは正しい。僕はすべてを知っている」

そうとも僕はこの世界の全てを知っている



「なぜならこの物語は僕がえがいた物語だから」



沈黙が辺りを支配した。風はもう吹いていない。

窓辺の何かも動きを止めた。

「………意味が分からない!!意味が分からない!!」

もう彼女はそうするしかないのだろう。彼女の痛みが苦しいと感じる。許されないのに。

「そうとも僕が描いた物語だ」

「僕は社会人になって数年後、とある小説を書いた。

もともと文章を書くのが得意で、小説の構想はあったけど、なかなかかける時間が取れなくて行動に出すことはできなかった。

でもある日、駅でポスターを見たんだ。

小説のコンテストのポスターだった。それを見て天啓のようにひらめいた。

小説を書こうと。あっという間だった。

取り憑かれたように僕は書いて、

そして出来上がった作品が“君は記憶の石碑に座る”だ。

この世界の話だよ」

彼女の手が、肩が震えているのがこの距離からでもわかる。

石碑とはこの物語ではお墓を示す。つまり君が今立っ「タイトルはの意味は、

君、つまり僕視点からの君、

君は記憶、記憶、記録それを求めていた。

そして石碑、石碑とは記録であり、墓だ。

この物語は君は記憶と記録の墓石に座っている。

そしてその墓石自体は君の墓石であるということを暗喩したものだ」

我ながら酷いネーミングセンスだといまでは思っている。

「書き上げて、賞に応募した。応募のボタンを押したその時に記憶は途絶えた。

そして気が付いたらこうなっていた」

彼女はもうぶるぶるとわかるくらい震えている。

激しい怒りだ。

理解してくれているとは思っていない。

「うそだ…」

でも僕は彼女に信じさせなくては行けない。彼女が信仰なしには生きていけないように。だから続けた。

「この学校の名前はクレザンテーメ。つまり菊だ。菊は墓標に捧げられる花」

「うそだ…嘘だ!嘘だ!!!!」

苦しそうに絞り出された声に、叫ぶ声に、痛ましい気持ちになってくる。わかってはいる彼女にひどいことを告げているということは。

「何でも聞いていいよ。なんでも答えるから。それが僕がこの物語の作者である証左になる」

僕が考えた世界。僕が考えた運命。僕が設定した未来。僕が決めた最後。

彼女は睨みつけるように、いや僕を睨みつけている。

何か言葉を発しようとしてやめて、躊躇している。恐れている。

「…なぜ…なぜおまえは…」

「僕がここにいる理由はわからないよ。気が付いたら僕は都平阿坂であった。小説を書いた記憶があり、この学校で何が起こるかわかっていた」

「生まれ変わったとかうことか」

「そうかもね。でも前の人生で死んだつもりもないんだけどね」

「……私がいま人の言葉を理解し人のようにしゃべっているのはなぜだ」

「人々の祈りだよ。君の今まであった人々が君にそうあれと願った結果だ。人の姿をとっているのも同様だよ」

「この岩の、宿っていた神の名前は?」

「ないよ。必要がない。名前を決めてしまえば記録に残ってしまう。かの神は登場しない。

だから残っていない。つまり僕は設定していない。この世界においても記録は散逸している。つまり名前なんてものはない。

君が仮の名前として名乗ったオキクルミも違う。そんな大神がこんなところにいるはずない」

「なぜ山からここに落ちてきた」

「運んだんだろうね。現地の、この岩をご神体と信じた人がきっと。もともとこの土地の持ち主と相談して。自分たちの歴史を、記録を残したくて」

「なぜこんな役割……」

「少年に与えられた物語のため。彼は自分が特別であると信じ、何も特別ではないという運命を提示される。それが彼の運命。彼の運命にキーパーソンとして人ではない君が設定された」

「なぜ神にしてくれなかった」

「物語の主題のためだよ。この世界にとって誰も特別ではないんだ。君にとってもそうだ。神様にしてしまったら特別になってしまう」

「なぜ人ではなかった」

「人ではだめだった。人であれば、かわいそうなバックグラウンドを持った人との話になる。でも世の中にはそういった恋愛にありふれている。親が子に対して愛情を持っていない、家にお金がない、だれにも大切にされない少女が、学校で優しい少年に出会って恋を育む。ありきたりだろう。でも僕はそういった小説が書きたかったわけではない。だからこそ少年の些細なミスで消えてしまう君がよかった。絶対にかなわない。病なんて言う誰にも責任のないものではなく、少年のミスによって、少年のせいで消えてしまう君がよかった」

「私は…消えるのか…」

「……信仰がなくなれば消える。信仰が残ったとしてももうこの岩は今年の冬を超えられないもう君は寿命なんだ」

「……手立てはないのか」

僕は答えられなかった。

「…どうして…こんな物語…」

言葉に詰まる。

「…うつくしいと…思ったんだ」

墜落するように彼女が石碑から落ちてきた。よろよろと僕に向かってくる。

「こんな…これでは私は何の意味もないではないか。何のために100年近くこの場所で動けもせず…

何年かに一度私を観測できるものにすがって…あまりにもみじめではないか…この感情もお前は作られたものだというのか!

たまたま…たまたまみたコンテストに応募しようと思って…

思いつきで作られた物語で…」

僕の胸倉をつかみ彼女が言い募る。何で…どうして…と、うわごとのような言葉が僕に浴びせられる。

「消えたくない?」

気が付いたらしりもちをついていた。どうやらかなり強い力で押されたようだ。

殴られる。そう思った。でもそんなことはなかった。

彼女は変わらず僕の胸ぐらを掴みなおしてガタガタとでも縋るように掴んでいる。

「あたりまえだ!

当たらら前だろう!!

何者かもわからず生まれ、何物でもないと消えていく。その気持ちがお前にわかるか!」

あぁ。そうか。よかった。

本当に良かった。

どうやら僕は彼女に手を差し伸べることができる。このためだけに、この時のためだけにすべてを用意していたんだ。

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