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XXX XXX2

僕は3階校舎から中庭を見つめていた。あたりはもう暗い。

秋の夕暮れは早い。そろそろ特別な物語に幕を下ろさなくてはいけない。

ずっと彼女を見てきた。ずっと見つめるだけだった彼女が中庭にいる。ついに会いに行く日が来た。来てしまった。

ことさらゆっくりと中庭に向かう。階段を下りる足が重い。

このまま永遠につかなければいいのに。そう思えるほどだ。

絶望するほど早く中庭へと続く扉の前にたどり着いてしまった。

中庭へと続く扉の鍵を学生証で開ける。ピッと軽快な音を立てて鍵が開く。

しかし扉はさび付いた音を立てて重い。

会いたい。会いたくない。

でも会わなくてはいけない。


「こんばんは」

僕が声をかけるとピクリと彼女はピクリと反応し、ゆっくりとこちらを振り返った。

幽霊のような白い顔。読めない表情。

でも僕と目が合うと彼女はにこっとほほ笑んだ。

うれしいような悲しいような、涙が出そうな気持になる。

「こんばんは。時々校舎から私を見ていたのはあなた?」

「うん。そうだよ」

にっこりと笑って見せる。うまく笑えているか自信がない。でも僕は種明かしに来たのだ。すべてを明らかにして次のステップへと進むための。

「僕は君の願いをかなえに来たんだよ。名前のない君」


すぐに空気が凍ったことが分かった。彼女ににらみつけられている。

怒りという感情が見て取れた。いやでもうっすらとあきれられているような冷めたような気配を感じる。

あぁ彼女ってそんな感情を表せることができるんだ。

「……なにをいっている」

先ほどからは考えられない低い声で彼女が僕に告げる。野生の獣じみた雰囲気だ。

これは知らない彼女だ。でもやらなくてはいけない。

「君の願いを叶えに来た。そう言ったんだ」

そういう僕を、彼女は鼻で笑った。きっと安心したんだろう。

「はっ!今までにも私に!私の願いを叶えるといってきた男はいた。でもそのことごとくは失敗した!何一つ十分ではなかった」

彼女は石碑の上にゆっくりと仁王立ちとなった。僕を見下ろしている。

あたりは急に真っ暗になった。この時間にここまで暗くなることなんてない。

そしてこんなに彼女が叫んでいるのに誰も中庭に出てくる様子がない。

いや、窓から何かがこちらを見ている。そう何かだ。人ではない何か。

月が赤く輝いている。

「ほかの人のことなんて僕は知らない。でも僕は君の願いを知っている」

僕はゆっくりと深呼吸をする。ほほにびりびりとした痛みを感じる

「君は、君の正体を知りたいんだろう?」

窓の向こうの何かがざわめく。でも彼女は微動だにしない。

変わらず僕をにらみつけている。

「言ってみるがいい。ほかの男どもと同じように陳腐なことしか言えないのならそれまでのことだ」

彼女の目が赤くきらめく。期待とあきらめ。そんな感じかな。圧倒的な威圧感。

期待に応えるしかない。

「……君は今君が乗っている岩の由来をもう知っていると思う。その岩は大きな戦争の前、この地に開拓の人々が入る前まで現地に住む人の信仰の対象であった。毎日のように祈りがささげられ、時にはお祭りが開かれた。そうとも君も知っての通り、その岩は信仰の対象だった。そしてこの地にはそういったものがたくさんあった。

でも開拓が進んでしまってそうもいかなくなった。この岩のある山は買われ、そして岩も開拓の邪魔だという理由か、現地の信仰を恐れたのか、様々な理由の元、他のものと同様に壊されることが決まった。

でも決行の前日、その岩は山から下りて人里まで動いてしまった。山を転がったにしてはきれいな様子で。

人々は怖くなって岩の爆破を取りやめた。その後、学校を開きたい外国人に岩ごと土地を売って。この岩はこの学校にある。ここまでがこの岩がここに来た経緯だ」

僕は一息ついた。彼女は変わらない赤い瞳で僕をにらみつけている。

ちゃんと話すから大丈夫なのに。

でも死刑台の階段を上っているような気持にもなる。

「では、君が何なのかといった話に移る。現地の人々の信仰の対象があったであれば、名前があり、どんな神様であったかという物語があった。その岩は願いを叶える神様としてあがめられていた。でも信仰が途絶えた。信仰が途絶えてしまった以上神様も消えるしかない。本来この岩も、岩の神様もここで終わるはずだった。

でも、この岩はこの地で信仰を集めてしまった。この学校で。

由来のしれない岩。撤去もされない。しようとしても必ず校長が反対する。なぜか厳重なセキュリティがかかっている中庭。生徒も教員も考えた。この岩には何かあると。

そして多感な年ごろの子供たちは他とは違うものに敏感だ。

あの石碑は願いを叶えてくれる。と噂が立つのも仕方がないものだろう。

よくある話だと思う。特定の桜の木の下で告白すると成就するとか。それは成就した人が吹聴して、成就しなかった人が口を噤んでいるだけだろう。

学校の七不思議だってそんなものだし。

でもその願いが、祈りが、本来この岩が持っていた信仰、役割と合致してしまった。つまり願いを叶えること。

だから本当に偶然の一致で、新しい信仰の対象として君が生まれた」

僕は息継ぎをする。のどがカラカラに乾いていく。息を吸う隙に彼女を見上げる。たなびく紙が邪魔で彼女の目が見えない。

いつからかごうごうと風が吹き巻いている。中庭なのに。窓も開いていないのに。

「君はおそらく、自分のことをかつての現地信仰の神であると思っていたのだろう。信仰が失われたから記憶を失っているのだと。だからその神の名を知りたい。そうすれば思い出せるかもしれないと。

でも君は現地信仰の神様ではないんだよ。偶然による相性一致で生まれた、でも神様ともいえない妖精のようなものだよ。きみにはこの学校の些細な信仰はあっても、その願いを叶える力もないただの幽霊のようなものだよ」

僕が言い終えると。ぴたりと風がやんだ。彼女の顔は見えない。でも反応は予測できる。落胆と怒りだ。

「……結局お前も一緒ではないか。今までの男たちも私の正体がわかったと吹聴するものがいた!でもみなでたらめではないか」

ばつっとはじけるような音がした。窓ガラスがガタガタと揺れている。

そして、にじみよるような寒さを感じるふと見ると窓が凍り付いている。窓辺の何かがおびえているのがわかる。

「でたらめではないよ。君が信じたくなくて、信じていないだけだよ」

僕は静かに告げる。もう後戻りはできない。

「証拠があるのか!!!!!見せてみろ!!!!」

強い口調、視線だけで僕を殺せそうだ。ギラギラドロドロと赤い光が僕を見つめる。

「あるさ」

「君の物語がそう定められているからだ」



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