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都平阿坂の苦難2

不安を煮詰めた夕食が始まった。

デミグラスソースのハンバーグ。マッシュドポテト、湯剥きされたトマトと、ほうれん草のソテー。

白米。オニオンスープ

うん。おいしそう。でも食欲がない。

自慢だが、僕の母の手料理はおいしい。とてもおいしい。

だからと言って食欲が付いてくるかというかは…話は別だ。知ってるだろうか?空腹感と食欲って別物なんだよ。

僕はこの歳で初めて知ったよ。

連理はおいしそうにパクパクと食べている。

食事については大丈夫そうだ。安心した。

母はそれを嬉しそうににこにこと見ている。そしてよく噛むように注意している。

父は無言で食べている。

「おいしい♡」

はーとが語尾につきそうな勢いで連理が母に告げた。

母は嬉しそうだし、父は頷いている。

絵に描いたように和やかな食卓だ。幸せをかみしめる。食欲はマイナスにふりきっているけどね。

「阿坂はたべないの?食欲ない?最近ずっとよね」

ふと母が僕のほうをふり見いて心配そうに問いただす。僕はあいまいに笑ってごまかすことしかできない。

ストレスですとは言えない。最近はずっと連理のことで眠れなかった。すべてうまくいったとは言え、胃が回復しているとは思えない。

「お茶漬けにしようかな。ごめんね母さん」

僕はお湯を沸かそうと席を立った。

「ねぇ」

そんな僕を、連理がくぃくぃと僕の服を引っ張った。

驚いて連理を見るとすごくキラキラした目をしている。こんな目で見られることなんて一生ないと思っていた。感動と困惑に頭がいっぱいになる…

「食べていい?」

そんな気持ちを遮るように連理は僕に告げた。

なるほど。食欲が勝っている。

「いいよ」

僕はにっこりとほほ笑んだ。たくさん食べることはいいことだ。

連理は僕ににっこりとほほ笑み返してくれると、僕の皿ごと自分に引き寄せる。幸せそうに食べる彼女を見ているとなんだか幸せな気持ちになる。

でも、連理は割と細身である。僕自身もともと大食漢ではない。連理は僕を元にしている。

そんな連理に2人分のハンバーグを食べる余裕はあるのだろうか。


結局連理は自分と僕の分の半分を食べた時点で動きを止めた。

しかし握った箸は離さない。

「おなか一杯になったんじゃないの?残してもいいのよ」

母がそう告げるが連理は不服そうだ。

「でも…せっかくこんなにおいしいのに…入っていかなくて」

苦しそうにも見える。ちょっと顔色が悪い。

「おなかいっぱいなんだよ。もうやめなよ」

僕も心配して声をかけるが、ふいっと横を向かれてしまった。

そうか今まで貢物(たべもの)をもらって拒否することはなかっただろうし、おなかがいっぱいっていう人間の感覚も初めてなんだろう。

でも食べすぎはよくないし。止めなくてはいけない。

僕と母があわあわとしていると父がボソッとしゃべり始めた。

「連理。デザートにプリンがあるが、食べないのか?食べるのならそれは残しなさい。明日お父さんが食べるから」

「……ぷりん」

連理は父の言葉を吟味しているようだ。

「未来がおいしいって…」

「そうよ。お母さん手作りのプリンよ。お茶を飲みながら待ってて。あとかたずけをしたら食べましょ」

母も畳みかける。

連理は両親の説得にしぶしぶ頷いたようだった。真代さんに感謝をしなくてはいけないことが増えた。

母を見ると安心したように僕と目を合わせてうなづいてくれた。

「母さん。僕が洗うよ。休んでで」

なるべくゆっくりあとかたずけをしよう。結局僕はシンクを磨いて拭き上げるまでやった。

連理は食べすぎて苦しいのか、早くしろとは言われなかった。


1時間かけてキッチンを磨き上げ、デザートの時間になった。

連理はプリンをおいしそうに食べ、お代わりしようとして止められていた。

本当にいっぱい食べる……

そうして長い夕食が終わって部屋に戻った僕は安心しきっていた。

もうないだろうと。

安心し切って、明日の準備に取り掛かった。宿題は終わった。予習も終わった。

「ふたりとも~お風呂沸いたわよ~」

そんな時母ののんきな声が聞こえた。

その瞬間嫌な予感が走馬灯のように頭を駆け巡ってきた。

まさかそんなはずはないという気持ちと、今までの経験からわかるはずないだろという気持ちだ。

一度安心しきっていただけにつらい。

僕はゆっくりと、勉強の手を止めて立ち上がる。

のそのそと動き出し扉を開ける。ちょうど同じタイミングで連理も部屋から出てきた。

こっちを見ている。

「……ふろのつかいかたわかる?」

なぜかひらがなで問いかけてしまった。

連理は小首をかしげた。

終わった。終わった。どうすればいい。そしてふと、ふと違う疑問も頭をよぎっていった。

「もう一個聞いていい?帰ってきてからトイレって行った?」

連理は首を逆方向に傾げた。

終わりが来たことを僕は悟った。


とりあえず、僕は動画配信サイトを懸命にあさって、日本のトイレの使い方、お風呂の入り方の動画を見せた。

トイレはクリアできた。本当に良かった。これでだめならどうすればいいか本当にわからなかった。

そしてお風呂に入ることになった。

二人そろって風呂場に入る。両親にばれないようにこっそりとだ。

もちろん一緒に入ることはない。

断じてない!

シャワーの使い方と、シャンプーとかを教えるためだ。

その前に連理の着替えを用意するというSAN値チェックをされている。もちろんチェックには失敗した。

寿命が減った気がする。

名誉のために言うが、下着は自分で用意してもらった。

「連理。シャワーがこれで。このハンドルを上に上げるとお湯が出るから…シャンプーはこれ、ボディソープはこれ。顔を洗う石鹸はこれ。……大丈夫そう?」

連理は不思議そうに僕を見ている。

だめかもしれない。

「シャワーはわかったんだけど。何を洗うの?」

「……髪と顔と、体かな」

答えながら僕は物理的に頭を抱えた。そっかぁ…そこからかぁ…

「……母さん呼んでくる?」

僕は連理を見ずに聞いた。流石に…流石に僕は男性で連理は女性だ。無理がありすぎる。

「お母さんは急に娘がお風呂の入り方をわからないって言い出しても疑問を抱かないタイプなの?」

抱くタイプだよ!!!

心配して病院に連れていくタイプだよ!

何でそんなに、変なところで冷静なんだよ!!

「~~~~~~~~」

僕は天井を見上げた。覚悟を決めるしかない。

「連理…」

「今からぬれてもいい服持ってくるからそれに着替えて。ある程度やり方を教えるから明日からは一人で入ってくれる?」

僕は一度2階に戻ることにした。

急いでぬれてもよくて洗濯しやすくて、脱ぎやすい。服を選ぶ。

そして慎重に1階の風呂場に戻る。

親は出てきてないからきっと気付いていないはず…。

「連理。これに着替えてくれる?」

連理に服を渡す。連理の表情は見えない。だって顔を見れないからね!!!!!

連理受け取ったことを確認して、一度風呂場を出た。

母親がいた。

SAN値チェック。

「あら?喧嘩してたと思ったら仲直り?一緒にお風呂に入るの?」

「入るわけないだろ!!!!

高校生だぞ!!!

……ちょっと…風呂場で倒れていないか心配で…」

母親はにこにこしている。あらあらまぁまぁなんて言ってる。

「お母さんを怒鳴るなんてお兄ちゃんサイテー」

脱衣所から連理の声が聞こえる。

人の気も知らないで!!!!

血管が切れそうだった。


母親は仲直りしてくれてうれしいわって言い残して、自室に戻っていった。どうやら飲み物を取りにキッチンに行っていたらしい。

みられた瞬間は本気で終わったと思った。いや?もう終わっているのか?


体感5分待って風呂場の扉をノックすると、「いいよ」と声が聞こえたので風呂場に入る。

着替えた連理がいた。

もうこの時点で心が死んでいく音が聞こえるようだった。脱衣所の鏡に映る僕の目は明らかに生気がなかった。

僕は心を無にして体の洗い方を伝えて、髪の毛の洗い方を教えた。

やけになって髪の毛は洗ってあげることにした。

わしゃわしゃと泡立てたシャンプーで連理の頭を洗っていく。

「かゆいとか気持ち悪いところとかはある?」

シャンプーをする際の定型文だろう。念のため聞いた。

「人ってなんだか面倒ね。おなかがいっぱいになって食べられないとか。トイレとかお風呂ってそういうことしないと生きていけないのね」

違う解釈に聞こえたらしい。

人になって気持ち悪いところがないかということか。

「そっか。おなか一杯になるのも、トイレも風呂も気持ち悪い?」

「いいえ。楽しいわ。面倒だと思うけど。何事も初めてで楽しい。

ご飯も美味しい。シャンプーはいい匂い。何もかも知らなかったこと。初めてのこと。

初めてのことがこんなに楽しいなんて知らなかったわ。

あと、お兄ちゃんが困っているのもすっごく楽しい」

連理は人間になってどうやらよくない趣味を覚えたようだ。とてもよくない。でも僕はそれでもいいんだろうね。彼女が生きてさえいれば。

「だろうね。僕はもうなんていうか死にそうだよ」

素直に認めよう。疲労感が半端ない。

女に生まれていればもうちょっと…と自分の書いた小説に文句を言いたい気持ちになっている。

そんな僕に連理はふふふと楽しそうに笑っている。

「ごはん。食べれてないんだ。私のせいでしょ」

「そうだね」

そうとも。君に対する計画がうまくいくかどうか不安でしょうがなかった。

わかるだろうか。自分のせいで命が消えるという重荷を背負うということが。

「違うでしょ。自分のせいでしょ?」

連理が意地悪そうな顔をして僕を見上げた。

そうとも。僕自身の責任だ。何もかも自業自得で自分で選んだ苦難であり、苦痛である。

でも今はそれよりも言わなくてはいけないことがある。

「……連理。シャンプー中に目を開けると目にシャンプーが入るよ」

案の定シャンプーが目に入った連理は痛い痛いと喚き始めた。

今なら悟りを開けそうな気がする。

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