都平阿坂の苦難1
番外編というか、都平連理1と2の間のお話です。
なぜ阿坂が疲れていたのかというお話です。
全4話です。よろしくお願いいたします。
「ただいま」
「……ただいま?」
僕たちはそろって帰宅した。
結城先生はふらふらとしていた連理を随分と心配してくれていて、申し訳ないくらいだった。
送っていってくれるとまで言ってくれた。
家に帰るくらい問題がないと思っていた僕はその申し出を断ったが、正直失敗だったと思っている。
バスに乗るのも一苦労だった。学校から出たことのない連理は何に対しても好奇心旺盛だった。
やれあれはなんだ。
ぴってしてみたい。
降車のボタンを押してみたい。
トンネルで誰かに呼ばれた。
あの建物はなんだ。
バスに誰も乗ってなかったからよかったものの、つらかった。
まじで、こんなことになるとは思わなかった。
子供を育てたことはないけれど。これはある意味子育てなんじゃないかな。
はしゃぐ彼女をなだめながら僕らはなんとかバス停で降りることができた。
そのあともまぁ。信号のボタンを押してみたい。
コンビニに寄ってみたいなど、あれこれ寄り道をしてようやく家についた。
もともと学校を出るのも近かったせいで、時刻はもう7時を過ぎている。
あたりは真っ暗だった。
「おかえり。遅かったわね。大丈夫?」
母の声がする。リビングにいるんだ。
心臓が急に存在感をもって僕に告げる。
嘘つき。ばれたらどうする?
急に息子と同じ顔をした女の子と息子が帰ってきたら親はどんな反応をする?
しかも双子の妹だって?
お前の頭を疑うか、自分の頭を疑うかじゃないのか?
息ができない。
胸を押さえた。息ができない。
「なにしてるの?」
連理が不思議そうに僕に尋ねる。
僕は笑ってごまかすしかない。今更だ。今更過ぎる。
僕は僕が犯した罪を償うと決めたんだ。
この何の罪もない夫婦も利用して。
リビング続く扉から、飼っている黒い猫がこっちを見ている。じっと僕を、いや連理を見ている。
行かなくちゃいけない。
しかしそんな僕の躊躇を、葛藤を気にしないやつがいた。
「いかないなら。私が行く!!ただいま!!」
何の躊躇もなく連理がリビングに駆け出していく。靴は脱ぎっぱなしだ。
僕は慌てて靴を連理の分も整えて、リビングに向かう。
ばたんと勢いよく扉を開けて連理がリビングに入っていく。
僕もそれに続く。扉はすぐ閉めないと猫が脱走してしまうのに。
「…ただいま。母さん」
リビングに続く扉をくぐると、何とも言えない光景が目の前にあった。
連理がソファに座る母さんに抱き着いて、母さんが連理を撫でている。
どうやら僕の心配は杞憂だったようだ。
うまくいったようだ。
幸いなことに。最悪であるように。
「おかえりなさい。阿坂、連理。今日のご飯はハンバーグよ。手を洗って着替えていらっしゃい」
母は穏やかに微笑んでいる。いつも通りの母だ。穏やかで包容力があって、この世界に生まれ変わる前の母とそっくりな母。
「そうする。連理。部屋に行くよ」
感傷に浸ってはいけない。ひとまず今日はもう早く休みたい。
「いや」
母にぎゅーぎゅーと抱き着いて連理が言う。でももう僕には対処法がわかっている。
「あら。晩御飯食べたくないの?」
母の一言で、連理はばっと立ち上がった。どうやら先を越されたようだ。
母は連理の扱いがわかっているようだ。娘だから当然と言えば当然だが……
きちんと世界は書き換わったらしい。
「たべる!!」
はじけるように連理は立ち上がった。僕はくすりと笑いながら2階に上がる扉に手をかけた。
この家は1階が両親の部屋と生活スペース、2階が子供たちの部屋と客間、収納スペースとなっている。
「連理。君の部屋はそっち。こっちは僕の部屋。わからないことがあったら聞いて」
そう言って僕は部屋に入って部屋着に着替えた。なんだかどっと疲れた。それは仕方がないことだ。
どすっと音がするほど乱暴にベッドに腰掛ける。
すると、となりからやけにどったんばったんと音が聞こえる。
しばらくほっといたが鳴りやまない。気のせいだと信じたい。でも音は止まらない。
…確かめなくてはいけない。
だって僕たちはもう兄妹なのだから。
とんとんっとノックをする。返事はない。
どたばたとした音はする。いやな予感もする。
「連理?着替え終わった?」
声をかける。音が止まる。
時も止まったかのように何も音がしなくなった。不安は増していく。
「……はいっていい?」
「…いいよ」
どんどんと不安は募っていく。さっき母と会うときとは違う不安だ。
「念のため聞くけど服着てるよね!?」
「脱いでないから!!」
そういわれて恐る恐る部屋に入ると存外部屋は無事だった。
扉という扉、引き出しという引き出しが開いていなければ。
しかし僕は並べく平静な顔を保った。わかっている。彼女を刺激してはいけない。彼女はむくれているように見える。見てはいけない。
ここで僕がすべき対応はなんてことない顔をして連理の困りごとを解消することだ。
おそらく着替えろと言われたがどれを着なくちゃいけないかわからなかったのだ。きっと。
「部屋着を探せばいい?」
僕は焦点をずらしながら連理に聞いた。妹とはいえ年ごろの女の子の部屋をしっかり見ると社会的に死ぬような気がしてならない。
連理は縦に頷いたような気がしたので、タンスをあさることにする。
予感だが、連理の部屋と僕の部屋は同じ作りをしていた。
ということはここら辺に下着とかが入っているとかもわかる。ぜっっったいに開けてはいけない。
僕はあたりをつけて引き出しを開いてシャツとデニムのパンツを取り出す。
それを連理の目を見ず渡して速やかに部屋からでる。
後ろ手に扉を閉めて深呼吸をする。
大丈夫僕はまだ何も失っていない。きっと。多分。
永劫にも近い時間が過ぎたように思える。5分にも満たない気もする。
きぃぃと音を立ててドアが開いた。そこには着替えた連理がたっていた。
僕は第一関門をクリアしたという気持ちと、これから待ち受ける苦難に思いをはせた。
下校のあれこれと、部屋のあれこれでわかったことがある。そうでないことを祈っていた。
おそらく連理に人間としての生活の知識はないと思われる。
まじか……と思ったが、とりあえず連理にはシャツが後ろ前であることを伝えないと。




