そして若人たちは今に至る…
季節は移ろい、10月2日。
悲劇の地となった演習場は閉鎖が決まり、前の月に犠牲者の慰霊碑が建立された。多数の若者が犠牲となった凄惨な事件として節目節目に報じられ、人々の記憶からは消えることはない。一方で日本の防衛能力強化を戦争準備とこじつけて軍拡はもちろん日本軍そのものを否定する左派の目に余る放言も、そのたびに沸き起こる。
そんな中で、龍栄は慰霊碑に足を運び花を手向けていた。
「龍栄。ここにいたか」
「佐伯博士」
献花し、手を合わせて犠牲者の冥福を祈っているところに、彼の育ての親である佐伯が龍栄に声をかけた。
「今日も献花か。君は犠牲者の月命日には必ずここに来ると聞いてな」
「うぬぼれかもしれないけど…俺が助けられた命があったはずなんです。誰よりも『異なる力』を持っているのに、あの時は…」
言葉に詰まって強く拳を握る龍栄の肩に佐伯は手を置く。
「…その想いはそれでいい。だが、決して自分を責めることはするな。力があることは確かだが、いかにあっても生身の手でできることはたかが知れている。必要以上に悔やむことはない」
「博士…」
「悔やむのなら、さらに力をつけて、これからの命、未来を救うことを考え、動け。それがここで命を終わらされた彼らへの報いになる」
「…分かっています。いかに力があっても過去は変えられないし、俺にできることは未来に繰り返させないこと。それだけです。でも…それでも、悔やまずにはいられません。おかしい感覚かもしれないけど、ここに来ると気が落ち着くんです。学友になる、あるいは同じ戦地に立つかもしれなかった人たちの声を聞くことで、そんな逸る気持ちやいら立ちが鎮まるんです」
「…それが、彼らからの願いなんだろう。龍栄。これからも精進を怠らず、そしてその気持ちを忘れないでやってくれ」
「はい」
初めいささか沈んでいた表情が少し晴れやかになっていた。いたずらっぽく敬礼をして、龍栄は立ち去っていく。その後ろ姿を見て佐伯は思った。
(本当に…良き『心』を持っていてくれた。力とは心があって初めて意味を成す。それがないただの力は国家の存亡すら左右する危険因子でしかない。育てたものとして願うのは…あの心が壊れないことだけだ…。それだけ、彼は頼もしくあり、恐ろしくもある…)
残暑の気配がかすかに残る陽光の合間を吹き抜ける風…。それが佐伯をなでていった。
ところ変わり、関東某所の「後天性強化人間訓練所」。そこでは無数の管に繋がれた凛奈が、機動兵士のコックピットを模倣したシミュレーターに座っていた。イヤホンから試験官のアナウンスが入る。
『それではこれより、新月型ライドファイターの疑似飛行訓練を行う。準備はいいか』
「問題ありません。機体も、私も」
『途中、迎撃目標が映し出される。最低限の攻撃にて破壊せよ。…では開始』
凛奈の目の前のスクリーンが起動し、模擬操縦が始まった。実機ほどではないが飛行時にかかるGを体験できるなど、精巧な機能を持つシミュレーター。凛奈は顔色一つ変えず、時折入る指示も的確にこなす。
彼女の試験、いや【実験】を指揮するのは佐伯である。別室でモニターに映し出される彼女の表情、シミュレーターから送られる各データに目を通す。その場にはこの日、磯部も立ち会っていた。
「被験者バイタル、血圧、心拍数、脳波、すべて正常。次回以降、実機での試験実施が可能です」
試験官の一人から伝えられた報告を聞きながら、佐伯はこれまでの試験結果を記したレポートにも目を通していた。
「…これまでの後天性強化人間たちは何だったのか…。今までの被験者たちは、投薬開始直後に全身の拒絶反応で死に至ったケースの方が多く、生き残ったとしてもシミュレーターを操縦するどころか、ベッドから起き上がることすらままならなかったのに…凄まじい適応だ」
「これも、一種の才能とでも言うのかな。佐伯博士」
「いえ。こんなことに才能などあり得ません。仮にあったのだとすれば、その人体は免疫が機能不全とも言えます。異物を受容するということは、極論ワクチン投与で死ねます。適応の要因としては…おそらくは【執念】でしょう」
「執念…か」
「科学者が科学に基づかない論を上げるのは馬鹿げてますが」
「あり得ん話ではなかろう。時に計算を逸脱した結果を生む、それもまた人間だ」
「…それだけ、妹と兄への強い愛情、そして父への憎悪が計り知れないというわけですね」
「そういうことだ」
苦笑する佐伯に磯部は頷いた。磯部も凛奈のデータが記された資料、そして同じ試験を受けた一般人のそれと見比べる。
「彼女単体ならばわからんが、普通の人間のそれと比較すれば明らかだな。この、拳銃射撃のデータ見ても、熟練の人間と比較しても命中率や目標視認から発射までの反応速度は雲泥の差だな。…今すぐ配属しても、凡庸な予備役の数倍戦力になる」
「ついでに…こちらもどうぞ。龍栄のデータです。彼女とのデータと比べてみてください」
手渡された別の資料、龍栄の同試験の結果を見ると、磯部が眉間にシワを寄せた。
「…先天性強化人間とは、かくも恐ろしい。受精卵の遺伝子を操作するだけでここまで違うのか」
驚愕の色を浮かべる磯部に、佐伯は顔をむけずに頷く。
「ざっと見で計算ができず申し訳ないが、実際のところ龍栄と凛奈でどれぐらいの差があるのだ」
「今後の経過次第ですが、最も順調ならば龍栄を10としておよそ7,8割となるでしょう。それにもう一つ問題が出てきます」
「なんだ?」
「彼女に付与することになるであろう機動兵士についてです。あれは先天性強化人間の搭乗を前提としているため、彼女には想定以上の負荷がかかる…文字通り命がけの運用となるでしょう。特に、例のシステムを使うとなると…」
「『ブレイン・リンク・システム』か。確か、搭乗者の脳波を機体と直接的に連結し、自分の身体のように自由に動かせるという…。こういうだけで相応の負荷がかかるのは素人目にも分かる。だが、現状彼女の代わりとなれるパイロットはいるのかね」
磯部の問いに、佐伯はあっさりと首を振る。
「いませんね。いえ、いないことはないでしょうが…そもそも軍属できてる先天性の数は少ないですし、その中で機動兵士乗りともなると…」
「ならば、整備部に私から彼女向けへのグレードダウンを進言しよう。多少本来の想定よりも落ちるだろうが、それでも強力な存在であることに違いはない。遊び駒を作るために数十億の国家予算をつぎ込んだわけでもあるまい。博士は引き続き、彼女の様子を見ておいていただきたい」
「…分かりました。磯部中将」
用件を伝えて退室しようとする磯部を、佐伯は呼び止めて聞いた。
「中将。あなたは彼女を、そして龍栄を…『人』として見ていただけますか?」
背を向けていた磯部は、振り返って答えた。
「無論。『人』であるからこそ日本の未来、安寧を託したいですからな」
さらに月日は流れ、国防士官学校の入学式を半月後に控えた初春。国防省。
一人の女性士官が緊張した面持ちで廊下を歩く。人とすれ違う途中、何度か敬礼を交わしたが、彼女とすれ違った人は皆「あっ…」と驚いた表情を浮かべた。制帽を目深く被っているためにその素顔すべてを確認はできないが、彼女を覚えている者は多い。中にはこう言って目を潤ませる者もいた。
「よくぞ帰ってきた…」と。
そしてその女性士官は、磯部中将の部屋に着き入室を許される。部屋に入り扉が閉まると、中で待っていた磯部と権田中尉に向かって彼女は敬礼し、言った。
「半藤澪乃少尉。本日より、国防省に復帰いたしました」
「ご苦労。…よくぞ、戻ってきた」
半藤澪乃。あの富士4.2事件において、式典に出席した軍関係者で復帰を果たした唯一の存在だった。戦闘で言うところの、全滅とも言える死者を出した国防軍所属の列席者であったが、わずかながら生存者もいた。しかしその多くは身体欠損、あるいは精神崩壊で除隊を余儀なくされたが、半藤は心身ともに最大限の治療を尽くし再び軍服に袖を通したのだった。
「しかし、その傷は取らなかったのかね。外見というよりも、フラッシュバックのトリガーとして君を精神的に不安定にしかねなかったと思うが」
向かい合わせにソファーに座り、制帽を脱いだ彼女の顔を見て磯部は尋ねた。半藤は少し俯いてから真っすぐに見返して言った。
「正直、考えました。それに、おっしゃる通り入院当初は何度もそれを起こしてのたうちまわりました。ですが、これもまた後世に伝える上での『有効な物証』です。あのような惨劇は二度と起きてほしくないし、それでいてその惨劇が実際に起きたのだということを伝えねばならない日が来るでしょうから」
「…頼もしい限りだ。その精神力あってこその復帰だろう」
半藤の顔、前髪で隠された額の左側には事件の負傷で、牙の輪郭のような傷が刻まれている。磯部が気遣ったように、現代医療の技術をもってすれば完全な除去も可能であったが、最終的に彼女は残すことを選んだ。事件、そして死んだ上官や先輩の無念を忘れないために。
澄んだ瞳で強く言った彼女の言葉に、磯部は静かに頷いた。
「やはり、君は強い。よって、この任務を託すに相応しい。権田中尉」
権田は頷くと、彼女の前に『神威小隊計画』と書かれた分厚い資料と徽章が乗せられた黒盆が置かれた。
「これは…!」
半藤は資料の分厚さよりも、黒盆に乗せられた徽章に目を見張る。そんな彼女に気を止めず磯部は続けた。
「半藤澪乃少尉。4月2日付で三階級特進とし、秘密遊撃部隊・神威小隊の司令官に任ずる」
「神威…小隊?」
突然の昇進と聞き慣れない部隊名に唖然とする半藤。磯部は咳払いののちに説明を始めた。
「詳細についてはあとでその資料を読んでもらいたいが、簡潔に言えばあの事件の生存者のうち、入学を希望する当時の新入生たちに、志願して編入・入学をした者を加えた生徒を士官学校の一つのクラスとして受け持ち、そのまま一つの部隊として編成し、固定に配属せず有事に馳せ参じる機動兵士の遊撃小隊として行動してもらう」
「つまり、私が担任となったクラスが、そのまま新部隊となると…」
「うむ。副司令官と機動兵士の母艦となる潜水空母の艦長はこの権田中尉、いや、大尉が務めることになる。クラスにおいては実技指導を担当することになる」
「そういうわけだ…。よろしく頼みます、半藤少佐」
「え、あ、はい!こちらこそお願いします、権田先輩」
武骨な風貌に似合わぬ茶目っ気を含む笑顔を見せて敬礼する権田に、半藤は慌てて立ち上がり敬礼を返した。
「君をはじめ、あの悲劇を生き残った者同士としての結束。それは何物にも代えがたい、この小隊の中核だ。よろしく頼む」
「は、はい!ご期待に沿えるよう、身命を賭します!」
そして、士官学校での『神威小隊』クラス最初のホームルームにて。
「起立!!敬礼!!」
半藤と権田が教室に入るや、日直を務める凛奈の号令で生徒全員が立ち上がる。凛奈の他、龍栄や漣聖、さらには同じく事件を生き残り入学を希望した者、さらには志願して編入してきた生徒らを合わせ、総勢40名強の生徒達が二人と対峙した。教壇に立った半藤は敬礼を返し、呼びかける。
「授業の開始を前に、まずは1年前の事件で命を失った人々に対し黙祷を捧げます。…黙祷」
それに応じ、全員が目を閉じる。1分後、ほぼ全員が同じタイミングで目を開けた。半藤が続ける。
「このクラスは指導全課程を終了後、一つの部隊として編成されます。そしてその部隊は日本本土防衛の切り札として位置づけられます。あの悲劇を知る者、その中から士官を志し続けてくれた者、あの事件にかられ国を護るためと志願してくれた者…。私とこちらの権田大尉はそうした若い希望を預かり、育て、そして…有事無事問わず、その時々に応じた任務を命じます。この日本のため、命がけで学び、鍛え、国を護る士官となりましょう。いいですね」
「「「はいっ!!」」」
勇ましい声が教室中に響く。こうして神威小隊が生まれ、今に至るのである…。




